93.婚約者からの手紙【善】
報告書の後ろには私宛の手紙が二通あった。
「これは?」
「報告書と一緒に届いたんだってー」
「ヴィクトルと第十三皇子からの手紙〜」
ちょっと複雑な気持ちになる。クーヤくんと一緒に書いたのかしら。紙も封筒も和紙に近い肌触りで、クーヤくんとおそろいのヴィクトルの手紙に複雑な気持ちになってしまう。
そんな私とは対照的に、イェオリとライザは。
「フェリシア宛に皇子からの私信だと……!?」
「そんな、フェリシア様浮気ですか!? いやむしろこのおそろいの封筒、室長が皇子と浮気……!?」
私のコネに慄くイェオリと、いつもながらとんでもない方向に解釈していくライザに、私はひらひらと手を振った。
「クーヤくんとは以前、出張の帰りに偶然知り合ったのよ。誰が一番美味しいお米を炊けるかの祭りの優勝者。お米づくりのコツを聞きたくて」
「何言っているのかよく分からない」
「皇子が米……? フェリシア様が米作り……?」
嘘は言っていない。本当は転生者繋がりなんだけれど……出会ったのは米炊きコンテストだったので間違ってはいない。私が稲作しているのも本当。エリツィン伯爵領には小さな私の田んぼがあります。
「フェリシアと皇子の関係性はそれはそれは強いものだからねー」
「それはさながら、神樹ゴドーヴィエ・コリツァと神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤのように〜」
双子の言葉も間違ってないけれど。私が神樹の神子で、クーヤくんが神湖の神子……玄蒼国では化身というそうだけれど。まぁ、似たような役割を押しつけられた仲と言いますか、なんと言いますか……。
わいわいと賑やかさの増す中、私はしれっと手紙を開封する。業務時間中ですが、和気あいあいとおしゃべりしている人たちがいるので、ちょっとくらい良いですよね?
まずはクーヤくんの手紙から。
〝フェリシアさん、婚約おめでとう。去年はバタバタしてハルウェスタ観光できずに残念だったけど、めでたい話を聞けて嬉しい。ぜひとも新婚旅行は玄蒼国に来てくれ。俺は旅に出てることも多いけど、新婚旅行来てくれる頃には家にいるようにしておくからさ! そうそう。婚約祝いに、フェリシアさんへ良いこと教えてやるよ。興味が出たらぜひ調べてみてくれ。〟
そう言って記されていたのは、いくつかの名前。
〝ヘキジの氷室〟
〝傾国の美姫ラクヨウ〟
〝占い師シキ〟
〝レイウェイ・トレビシックのゴレン〟
〝刀工アイズミ〟
〝エノミヤの車輪〟
人名と肩書きや道具の名前。なんだろう、と思って目につくのは〝レイウェイ・トレビシックのゴレン〟。そもそも遺構の名前である〝レイウェイ・トレビシック〟が玄蒼国らしくない名前なのだけれど……直前に読んだ報告書と相まってぴんときた。
(もしかして、玄蒼国にいた転生者の名前?)
私と同じで、クーヤくんも転生者を探していた。それに神樹の神子が転生者だったとして……神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤの大陸で同じ立ち位置にいたクーヤくんが、自分の前任者たちについて調べていてもおかしくない。それが今のこの異世界に対して、オーバースペックの持ち主なら尚更。
六人という数が多いのか少ないのかは分からない。私だってもう同じくらいの転生者を見つけている。でもクーヤくんがわざわざ調べてみて、と言っているんだもの。これはきっと、調べてみて損はない!
とはいえ、今は玄蒼国からウミアユについての資料を取り寄せ中。新しく資料を取り寄せるには時間がかかりそう。すぐには調べられないのがもどかしい。まるで目の前に人参をぶら下げられた馬の気分。
ちょっと残念に思いながら、もう一通のヴィクトルからの手紙を読んでみる。
〝愛するフェリシア。〟
私は手紙を伏せて天を仰いだ。
「フェリシア様? どうしました?」
ライザが目ざとく私の挙動に気がついた。
私はつとめて平静を装う。
「なんでもないわ」
ただちょっと、仕事で見慣れているヴィクトルの字で〝愛するフェリシア〟はちょっと直視できない。恥ずかしすぎる。なにこれ。やだもう。顔が勝手に熱くなっちゃうのですが……!?
深呼吸をしてから、手紙をもう一度読む。大丈夫。たとえ何があっても私は動じません。大丈夫、大丈夫。
〝愛するフェリシア。この手紙が届く頃、君は何をしているのだろうか。君が外交官になってから七年が経つ。この七年間でこんなにも長く君の顔を見ずに過ごしたことなんてなかったね。君の笑う声や気難しそうに悩む声が聞こえないというのは、案外寂しく思うものだと初めて気づいたよ。出張の際に私信を誰かに送ることもなかったから、今こうして初めて手紙を書いてみて、気恥ずかしい気持ちもある。どうか読んだら捨ててくれるとありがたい。〟
どうしよう、思ったよりも糖度が高かった。なんですか、口説き文句ですか、寂しいんですか。ヴィクトルが綴った文字列を繰り返し読み返しては、恥ずかしさで胸がむずむずしてしまう。それなのに読むのをやめられない。あぁ、もうっ! ヴィクトルの魔性!
〝手紙に綴りたいことはたくさんあるけれど、それは君のもとへ帰った時の楽しみにとっておきたい。君の好きそうな美味しいものをたくさん見つけたので、共に玄蒼国に行くことがあれば、君にも食べさせてあげたい。クーヤ殿も君と会いたがっているから、なんとしても今回の任務を成功させて帰国しようと思う。もうしばらく待っていてほしい。君はすぐ何かに巻き込まれてしまうから、今も何か困っていないか不安でしょうがない。もし何か問題が起きても、一人で突っ走らないで周りを頼るように。僕が帰るまで、もう少しだけ待っていてほしい。必ず君のもとへ帰るから。それまで平穏無事に過ごしてくれ。――ヴィクトル・ミシリエ〟
ふ、ふぉ……これはあれだわ。れっきとしたラブレターだわ。すごく婚約者っぽいわ。
いやでも待って? 最後のほうは小言にも見える? ヴィクトルってば、私が問題の中にいると思っているの!? あたりですけど! 今絶賛問題に悩まされておりますけども!? でもそれは主にあなたの婚約者のせいなんですけどね……!
なんとも言えないムズムズが胸の中で渦巻いている。恥ずかしいやら、嬉しいやら、ちょっぴり文句を言いたいやら。この気持ちの行き場に困ってしまう。
「おやおやー、良い顔じゃないのフェリシアちゃーん」
「ヴィクトルの手紙にはそんな良いことが書いてあったのかな〜?」
悶々とする私を双子がからかってくる。イェオリとライザもこっちにを見てくるし。私はぶんぶんと首を振った。
「何でもないです、普通のお手紙です! 問題を起こすなって書かれてます!」
そう言った瞬間、執務室全体に「ああ〜……」という雰囲気が流れる。
「まぁ、室長がフェリシアに愛の言葉を囁くとか想像できないしな……」
「室長、仕事人間ですしね」
「手紙を書けたのに書くことはそれかー」
「もっと熱烈なヴィクトル見たかったな〜」
皆から好き放題に言われているヴィクトル。
これがうちの室長です。
「ま、でもこれでまたネタが一個増えたねー」
「次の夜会が楽しみだ〜」
「あまり変なことは言いふらさないでくださいね……?」
双子がうきうきわくわくしていると、なんだか不安が押し寄せる。悪だくみ……ではないと思うのだけれど。どちらかといえば、私の悪い噂をかき消そうとしてくれているんだし……。
別の意味で悶々としてしまう。
私、この件で何もできてないんですけど……私から行動起こそうにも、バラクシナ子爵夫人にはずっと無視されてるし。噂が下火になって、以前の脅しが有効なのかシーリン商会にも突撃していないと聞くし。良い感じに落ち着いているなら、このまま何もなく過ごさせてほしいんだけれど……。
そうは問屋が卸さない、だったりするのよね。
【ヴィクトルの出張日誌16】
玄蒼国にはヤマト遺跡群と呼ばれるものがあるらしい。フェリシアが好みそうなものだということで、クーヤ殿から教えてもらった。このヤマトという人物はフェリシアやクーヤ殿と同じ、ニホンという国からの転生者の可能性が高いらしい。そのヤマトが玄蒼国成立以前に各地を放浪していただろう名残が、玄蒼国各地に残っているのだとか。しかし、この遺跡について未知の部分が多いことからあまり調査が進んでいないそう。ということで、クーヤ殿はぜひとも玄蒼国へフェリシアに来てもらい、共同調査をしたいそうだ。
本日夕食:クーヤ殿の底意地の悪さを知った。毒を持つ食材を使った、美食家のためのフルコース。前菜はモリーユダケのスープ。モリーユダケという茸を下茹でする際、湯煙に毒が混ざるらしく調理が危険なのだとか。次にオカウナギというヘビのカバヤキ。血や粘液に毒が含まれるが、職人が念入りに炙ることで食べれるようになるらしい。さらにテッサと呼ばれる刺身。内臓に猛毒を持つ魚らしいが、内臓を破裂させなければ普通に食べられるらしい。試されているかのようなこのフルコースに、同行していた官吏は死を悟ったような顔をしていた。もちろん、生きている。




