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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第三部

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91/101

91.親友へありったけの祝福を

 社交界ではエリツィン伯爵令嬢は悪女だと噂が流れている、らしい。


 神子だと嘯いたり、金目当てで商家の男と婚約したり。男職場を良いことにいろんな男に粉かけたり。


 せっかく社交界に復帰したのにそんな噂が流れてしまえば、通訳の仕事もはかどらない。今年は神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭の影響もあり、例年ほど国際交流が盛んではないので良いものの……上の人からはまたしばらく社交界からは身を引くよう言われてしまった。そういうわけなので、去年同様、私は事務仕事をコツコツとこなす日々。


 そんな上からの命令にライザは激怒。明らかに噂を流している相手のほうが悪い。このまま相手を助長させるのは私の名誉を棄損する行為だと猛反発。イェオリも納得いかなかったようで上の人に今回の件について報告をあげたらしい。その上で「通訳業務に支障が出る」というのが、上からの判断だった。


 私は私でどうにかしようにも、バラクシナ子爵夫人がこちらの話を聞こうとしないので何も進展はなし。何か誤解があるので、と出した手紙にも返信はなし。無視はするのに社交界では私の噂話に精を出しているようで、ライザの心配通り相手を助長させているだけの状況。


 当然、社交界に顔を出している両親の耳にもこの話しは入っていて、父からも正式にバラクシナ子爵家に抗議状を送っているそう。それすらも無視しているバラクシナ子爵夫人の度胸は相当なもの。噂だけなので貴族院に告発しようにも、罰金や厳重注意程度で終わるのが関の山。罰金だって、今のバラクシナ子爵家に支払い能力があるのかは甚だ疑問。


 そうやって私がバラクシナ子爵家に頭を悩ましている間、世間は神官が神樹の枝を持ってハルウェスタ王国内の領地を巡礼していることも話題に上がるようになった。既に領地に訪れられた貴族は百年ぶりのめでたい行事に鼻高々だし、これから領地に神官を迎える貴族は早めに社交界を離脱したり。いつもと変則的な社交界で、私の噂も入れ代わり立ち代りいろんな貴族の耳に入っていく。


 当然、その噂は友人のリリアーヌの耳にも入って、久方ぶりにお茶会に誘われた。


 リリアーヌとも二年近く会っていない。ずいぶんと久しぶりに会う彼女とのお茶会で目にしたものは、以前より少しふっくらした友人のリリアーヌと……揺りかごで眠っている小さな赤ちゃん!


「ふ、わぁ……あ、赤ちゃん……! 待って、リリアーヌ様、赤ちゃんいるのに王都への長旅、大丈夫でしたの!?」

「ええ。神樹の巡礼が終わってからゆっくり王都に来ましたの。そのせいでシーズンも半ばを過ぎそうだけれど……去年は私も妊娠していて、フェリシア様と会えなかったですから。今年はぜひお会いしたくて」


 目もとを細めながら、少女の時と変わらない可愛らしさではにかむリリアーヌ。嬉しいことを言ってくれる彼女に、私もつい照れてしまう。


 きっと赤ちゃんを見せてくれるために来てくれたのね。去年の今頃、妊娠した旨のお手紙をもらった記憶があるもの。あの頃は色々あって私も社交界出禁でしたし……リリアーヌも妊娠していたから、嫁ぎ先の領地から出られなかった。だからお互い去年は会えずじまいで。話したいことはお互いに積もりに積もっていたものね。


「そうですか……リリアーヌ様がお母様に……時間の流れを感じますわね」

「そうですわね。私たちが出会って、もう十年以上経ちますもの。フェリシア様も婚約なさったと聞いたのに……あの噂、いかがいたしましたの」


 リリアーヌの眉間にしわが寄ってしまった。赤ちゃんがいたから彼女の王都入りは遅かった。社交界シーズンも半ばの今、貴族の中でまことしやかに噂されているのは、エリツィン伯爵令嬢が悪女という噂。……それは友人のリリアーヌも驚くわよね。


「ふふふ……ちょっと色々ありまして……バラクシナ子爵夫人に喧嘩を売られてるんです」

「もう……まさか社交界であなたの噂を聞くとは思っていませんでしたわ」


 実は去年もめちゃくちゃ噂になっていたのですが、領地にいたリリアーヌの耳にはそれが入っていないみたい。神子騒動のことは、知らないのなら知らないままでも良いと思うので、聞かれるまでは黙っておきましょう、そうしましょう。


 あははー、と誤魔化し笑いをしていると、リリアーヌはティーカップを口もとに運びつつ、ふぅと息をつく。


「バラクシナ子爵家といえば、あそこのご夫婦、上手くいっていないらしいですのよ」

「そうらしいですね。私もそう聞きました。婿養子の旦那様が事業に失敗して、夫人はお金の工面に困っているようだと」

「当然と言えば当然ですわね。うちの使用人にも例のお香を使っていた者が何名かいて、主人が代表して貴族院にバラクシナ子爵家への慰謝料を要求しておりますの」


 エリツィン伯爵家には幸いそういった被害はなかったものの、リリアーヌのお家は問題の渦中にいたのね。話だけでそこそこ大きな被害規模だったと聞いてはいたけれど、身近にいなかったから想像力が足りていなかったわ。


「それは大変でしたね……今は、その方たちは?」

「療養の甲斐あって、今は業務に復帰しておりますわ。本当にバラクシナ子爵家の事業ははた迷惑なものでしたもの。そんなことがありましたから、バラクシナ子爵夫人があなたを目の敵にしていると聞いて心配しているのですわ」


 リリアーヌはふぅと息をつく。

 バラクシナ子爵が起こした事件の爪痕はまだ根強く残ったまま。バラクシナ子爵家への社交界での信用も最底辺。そんな最中、私に対する悪評が垂れ流されている。しかもその出どころがバラクシナ子爵夫人。私が彼らの事件に巻き込まれていないか、リリアーヌは心配してくれたらしい。


 私も同じようにティーカップを口もとに運ぶ。香りが芳醇な紅茶。こくん、とひと口いただいて。


「リリアーヌ様は、バラクシナ子爵夫人がもともと、ミシリエ男爵と婚約していたのはご存知?」

「あら。ミシリエ男爵は、あなたの婚約者でしょう?」

「私とお会いする前に、バラクシナ子爵家のお家騒動で、ミシリエ男爵は婚約破棄されたそうですわ」


 私が知らなかったくらいだし、やっぱりリリアーヌも知らなかったみたい。ぱちくりと瞬いて、小首を傾げる。


「たしかミシリエ男爵はもともと……あなたの家庭教師でしたでしょう?」

「ええ。よく覚えていらっしゃいますね」

「だってそれが理由で突然外交官になると仰ったじゃない。あの時、本当に驚きましたのよ」


 当時のことを思い出す。たしかリリアーヌからお茶会に誘われて……お手紙で欠席のお返事をする際に、外交官になると伝えたの。それに驚いたリリアーヌが私の都合に合わせて、会いに来てくれたのだっけ。


 懐かしさに二人でくすくすと笑いあう。仕事ばかりの私のせいでなかなか会えないけれど、私とリリアーヌの付き合いもずいぶんと長いから。こうして共有できるものがあるのは嬉しいこと。


 でも、懐かしい思い出に浸ってばかりもいられない。


「バラクシナ子爵の話に戻りますけど。どうやらお金の工面に困って、ミシリエ男爵との再婚をしようとなさっているみたいなんです」

「まぁ! それはどこからのお話ですの?」

「シーリン商会からです。結婚の準備で色々と出入りしてくれているのですが……バラクシナ子爵夫人とも取り引きがあるようで」


 ヴィクトルが元々平民だということは少し調べれば分かることだし、城務めをしている人たちなら周知の事実。リリアーヌにも婚約の話をした時にその辺の事情は伝えてあるから、これだけ言えば伝わるでしょう。


 私の言葉の意図を汲み取ったリリアーヌはため息をついた。


「ミシリエ子爵はこのことを……?」

「ご存知です」

「浅はかですわね……」


 リリアーヌの言う通り。見え透いた目先のためだけに騒ぎを大きくしているバラクシナ子爵夫人に、私もつられてため息をついてしまう。


「再婚を、とのことですけれど、子爵はまだご存命でしょう。貴族院を通じて、離縁なさるつもりでしょうか」

「子爵は入婿と聞いておりますから。バラクシナ子爵家の状況を鑑みるに、子爵夫人が申し出れば離縁は可能でしょう」


 貴族の婚姻には国王の許諾が必要。爵位にも関わるし、国王承認のもと結ばれた婚姻だから、一度婚姻関係を結べば簡単には離婚できない。それでも、重大な事由をもって離婚を求めた場合、貴族院の審判で妥当性が証明されれば離婚はできる。できる、けど……。


 バラクシナ子爵夫人は一度ミシリエ男爵と婚約破棄しているから、たとえ離縁できたとしても、ヴィクトルとの婚姻が認められるとはとうてい思えない。


 それなのにバラクシナ子爵夫人はヴィクトルに執着している。婚約破棄してから八年近く経っているのに。八年越しにヴィクトルを求めるのはどうして?


「フェリシア様、ご不安ですか」

「あらやだ……顔に出てましたか?」

「ふふ。昔からフェリシア様はお気持ちを隠すのが苦手ですもの」


 さすがリリアーヌ。私のことをお見通し。

 私は苦笑して、ティーカップを満たしている紅茶を見つめる。


「覚悟はしていたのです。もともと身分差がありましたから。たとえお互いに適齢期が過ぎていても、社交界で悪しざまに言う人はいるだろうことは分かっていました」


 でも実際、噂として悪女だの何だのと言われると、気にしないふりなんてできなかった。たとえ事実と違っても、噂好きな貴族は真実より醜聞を好むから、良い方向へ収拾がつかなくなっている。ほんの少しずつ、胸の奥に悪意が降り積もっていく感覚がして。


 こんな時、ヴィクトルがいたら、どうしたのだろうと考える。さらっとバラクシナ子爵夫人の問題を解決できたりするのかしら。


「ミシリエ男爵は今、出張中でしたかしら。帰ってきていただくことは難しいの?」


 リリアーヌの言葉に、私は首を振る。

 あまりにも距離がありすぎて、今から帰国を促しても意味がない。手紙が届く頃には帰路に立っている可能性のほうが高いもの。


 それに、たとえもし手紙が届いたとしても、ヴィクトルは自分の任務をまっとうする。


 だって。


「ヴィクトル様は、私との身分差を埋めるべく、玄蒼国へと発たれました。この出張で成果を上げることができれば、子爵へ陞爵されるかもしれませんから」

「まぁ……」


 リリアーヌが大袈裟なそぶりで口元を隠す。目元を細めると、楽しそうに笑って。


「愛されておりますのね。借り物の身分ではなく、ご自身の力で爵位を得ようなんて」

「ヴィクトル様はそれができるから。私、とても尊敬しているんです。……本人には内緒ですよ?」


 言ってからちょっと恥ずかしくなってしまって、私はリリアーヌに口止めをお願いする。でもリリアーヌはくすくすと笑うだけ。


「愛、ですわねぇ」

「リリアーヌ様、楽しそうですね?」

「ふふ。私にもそんな年ごろがあったのかと思いましたの」


 結婚して赤ちゃんも生まれたリリアーヌからしたら、婚約したばかりの私とは雲泥の差がある。お茶会の間もすやすや眠っている赤ちゃんのほうへと視線を向けて、リリアーヌは優しい表情を浮かべた。


「夫婦であれど、家の都合で決められた婚姻ではすれ違いも多くあります。それでもお互いに尊重して共に人生を歩めるのか……愛がなくとも、連れ添ううちにそういったものを育めたら。たとえ意にそぐわない婚姻でも、うまくいきますのよ」


 リリアーヌの表情はとても優しい。きっとそうやってリリアーヌは旦那様と時間を共有してきたんだろうというのが伝わってくる。その結晶が、今すこやかに眠っている赤ちゃんなんだろうな。


「先達の言葉を大切にいただきますね」

「ふふ。フェリシア様は旦那様との愛ある結婚ですから、必要のない助言かもしれませんけれど」

「んもぅ、リリアーヌ様ったら!」


 恥ずかしくて頬が熱を持ってしまう。愛だなんて、そんな。適齢期を過ぎてそんな言葉でからかわれるなんて。


「ともかく。私よりもバラクシナ子爵夫人のことです」

「そうですわね。フェリシア様の幸せのためにも、バラクシナ子爵夫人の横暴を許してはおけませんもの。私もほんの少しですが、お力になりますわ」


 そう言ってもらえるだけで、どれほど嬉しいか。

 悪意に染まる社交界も、味方がいれば百人力です。


【ヴィクトルの出張日誌14】

神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤの畔にある神京、蒼璃に来た。社と呼ばれる場所へ赴き、第十三皇子との面会を申し入れる。案の定、件の皇子はクーヤ殿だった。いつもならふらふらとどこかへ旅立っていて不在にしているらしいが、皇位争いが過激化しているのを理由に呼び戻されて社にいたらしい。クーヤ殿本人は皇位争いから外れているらしいが、神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤの化身(玄蒼国では神子ではなく化身と呼ぶらしい)として見届ける義務があるのだとか。ちなみにクーヤ殿は中立と言いつつも、実情は第二皇子派らしい。皇位争いについては今後も注視しておくべきだろう。


本日夕食:卵かけご飯。クーヤ殿こだわりの卵らしく、生で卵が食べられるらしい。卵は加熱しないと食べられないのが常識だが……「フェリシアさんなら絶対食べたがると思うんだけどなー」と言われたら食べるしかない。生卵を炊きたての米にのせ、醤油でいただく。醤油のしょっぱさが、濃厚な卵のコクを引き立てた。ずるりと啜るように一杯を完食してしまう。これははしたないと思いつつも、米と卵をもう一杯いただく。今度は醤油の代わりに、乾燥した海藻を乗せられた。ノリというらしい。ノリの香ばしさとほのかな磯の甘みが卵と絡んでさらに旨味が引き立つ。これは駄目だ。三杯目をいただいてしまった。翌日、同行していた官吏が食べ慣れない食事で腹痛を起こしていた。……食べ過ぎには注意しなくては。

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― 新着の感想 ―
ヴィクトルさんは遠い国へ出張でたいへんだとは思うけど、自分の元婚約者のせいで現婚約者が酷い目に遭ってるのにフェリシアに手紙くらい書いてもいいんじゃないかなー クーヤ君と会って個人的な話をしてると思うし…
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