85.親は子の鑑
プリンを食べ終わる頃、ようやくドロの両親も到着した。ドロの両親はドロによく似ていた。でもドロと違ってその顔に浮かぶのは警戒ではなく、領主の屋敷に連れてこられたことによる緊張。一挙一足が失礼にならないようにという、身分をわきまえているからこその緊張だわ。
ドロと彼の両親をソファーに座らせ、私とコルニリー先生が向かいに座る。ノエルはカミラと一緒に部屋の隅で待機。
改めて、コルニリー先生がドロの目について両親に説明する。
「正直に申し上げて、目の負傷に対する治療は現代医療ではほぼ不可能です。今は緩和しつつあるようですが、今後、時間が経つにつれて著しく視力が低下する可能性もあります。失明の可能性もないとは言い切れませんので、十分に気をつけて生活するようにしてください」
「ありがとうございます。十分に気をつけます」
ドロのお父様がコルニリー先生の説明に頷くと、ソファーから立ち上がり、深々と頭を下げた。ドロのお母様も同じように立ち、頭を下げる。ドロも立たされ、お父様に頭を抑えられて、無理やり頭を下げさせられた。
「この度はうちの馬鹿息子がご迷惑をおかけしました。その上でお嬢様にはこんなにも手厚く手当をしもらい、なんとお礼とお詫びをしたら良いのか」
「息子がお嬢様の建てられた塔に勝手に入ったこと、私どもの落ち度でございます。罰するのであれば、息子に代わって親である私たちが罰をお受けします」
ドロの両親は誤魔化すことをしなかった。貴族と平民という上下関係を正しく理解し、僻むことも妬むこともない、誠実な人たち。身分関係なく、子どものためにここまで潔く言えるような人って立派だわ。
ドロも両親の言葉を聞いてばつが悪いのか、俯いたまま。私はそんな彼らに言葉をかける。
「頭を上げてください。ドロへの罰はすでに与えられました。失明の可能性もある以上、これ以上の罰は不要でしょう。それにあの塔が何のためのものか、どういう危険があるのか、近隣に住む方々に説明を怠ったことは私の落ち度です。謝罪申し上げます」
そう伝えれば、ドロの両親は驚いたような顔をした。それからハッとしたようにお父様がぶんぶんと首を振った。
「とんでもございません! そもそも他所様の家に勝手に入るのは盗人と同じです! この馬鹿息子が悪いんです!」
「ねぇ、ドロ。あんたどうして勝手にあそこに行ったのさ。あそこは近づくなと言ったろう」
ドロのお父様が叱り飛ばすようにドロの頭を掴んでもう一度頭を下げさせた。ドロのお母様は憔悴した面持ちで我が子に問いかける。
両親から詰められたドロはお父様の腕を無理やり引きはがすと、両親を睨みつけて。
「うるさいなぁ! おればっかりに言うなよ!
おれ以外だってあそこに入っていた子どもがいたんだ! おれだけばっかり怒るのはひどい!」
ドロの目にはじわっと涙が滲んでる。
私は困ってしまった。
「きっとノエルを見たのね。ノエルは私よりも専門家だから、彼女に助言をもらっていたのよ」
「違う! 男だった! さすがに女と男を見間違えねぇよ!」
私はそっと背後を振り返ってノエルに視線を送る。察しの良いノエルはさっと挙手をした。
「その男の子、帽子をかぶっていましたか?」
「お、おう」
「生成りのシャツに、茶色のズボン?」
「そう、だけど……」
「それなら私です」
「はぁ〜!? なんで女が男の格好してるんだよ!?」
「動きやすくて?」
きょとんとして小首を傾げるノエルに、ドロが唖然とする。開いた口がふさがらないとはまさにこのことね。
「見間違えるのも仕方ないわ。勝手に入っている子が他にもいたらその子たちも叱らないといけないけれど、ノエルだったら叱れないわね」
「ず、ずるい! なんでそいつは入れるんだよ! 子どものくせに……!」
「言ったでしょう、ノエルは専門家だと」
私はノエルを手招いて自分の隣に立たせた。ドロはきっとノエルを睨みつけるけれど、ノエルは涼しい顔。
ドロを納得させるには、さて。
「ドロはあのテネッコンが何をするものか分かるかしら」
「月を見る道具だって聞いた」
「それで太陽を見たのはどうして?」
「……月が見れるなら、太陽も見れると思って」
ぼそぼそと話すドロにうんうんと頷く。そう考えてもおかしくはない。見えないものを見ようとするのは自然なこと。
でも。
「ノエルはテネッコンで太陽を見る?」
「見ません。失明の可能性が高いですから」
「それはどうして?」
「テネッコンの仕組みは眼鏡と一緒です。眼鏡は遠いものや小さいものを大きく見せます。一番良い例を挙げるならば、虫眼鏡です。虫眼鏡に太陽の光を集束させると紙や服が燃えます。それと同じで目が焼けるから、絶対に太陽を見ません」
すらすらと述べられたノエルの説明に、ドロは困惑。ドロの両親もノエルの説明を半分も理解していないようで、同じような表情を浮かべている。
「これが、ノエルがあの塔に出入りできる理由よ。ノエルは子どもだけれど、大人と同じかそれ以上の専門知識があるの」
話してからふと気がつく。
ちょっとした既視感。そういえば、ついさっきもノエルに似たような話をしたばかりだわ。
なんだかそれが面白くて、くすりと笑ってしまう。
「おや、お嬢様? 今の話で笑うようなことがありましたか?」
「ふふ、ええ。ついさっき、ノエルに似たようなことを言ったばかりなのよ。ね、ノエル」
「う……そうです、けど……」
コルニリー先生に聞かれて答えれば、ノエルが気まずそうにたじろいだ。ノエルはもにょもにょと唇を動かしたけど、結局は何も言わずにそそくさとカミラのいる壁際に戻って行った。ちょっとからかいすぎたかしら?
でも、そのおかげでドロにも伝えやすくなった。
「ドロ、自分と人が違うのは当たり前のことよ。だからこそ、自分の常識が人の常識と同じだとは限らないから、気をつけましょう」
さっき、ノエルにも伝えたことと同じ言葉。
それをまっすぐに目を見て伝えれば、ドロの瞳が揺らぐ。
そして、ここで初めて。
「……ごめん、なさい」
ドロが自分から謝った。
彼の両親は驚いて息子を見て、また再び私へと頭を下げる。謝罪はもう十分だと言っているのに。
「このたびはご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「頭を上げてください。ドロ自身が理解してくれたのなら、もう二度と同じ過ちを犯しはしないでしょうから」
それに今回のことは私にとっても教訓になった。私が思っている以上にこの世界の教育水準は低い。子どもの悪戯が致命傷になるほどに。
今回の事故、前世の日本だったら小学生の理科でやるような内容だった。ノエルやドロくらいの子どもなら、勉強して知っていたような出来事。
それが、この世界では通用しない。
そこまでの教育ができない。
身近に学校がないから当然だけれど、それじゃあ学校を作りましょうとは簡単には言えない。ハルウェスタ王国にはすでに王立学園がある。それ以外にも貴族が運営する私塾のような学び場もある。エリツィン伯爵領にもそういう場所はある。
でも私塾で教えるのは読み書き算数くらい。たまに歴史を教える先生もいる。でも理科のような専門的なことは教えていない。教えられる人がいないから。
今回のような事故を未然に防ぐには、もっとそういったことを広く子どもたちに教えていかないといけない。それにはやっぱり大規模な教育改革が必要で、子どもたちにそれを与えられる環境も必要で。
前世では当たり前だったことが当たり前じゃないのが、この世界。
私自身、自分の物差しで比べようとして間違えてしまうことも多い。でもそれに気がついて教えてくれる人がいる。
それがどんなに恵まれていることか。それを忘れないでいたい。
【ヴィクトルの出張日誌8】
最後の港、スイヨウ港に停泊。玄蒼国と一番近い港のため、玄蒼国風のものがちらほらと見える。特に布類が顕著だ。玄蒼国のゆったりとした形の服装が目立つ。織物も玄蒼国から輸入しているようだ。ハルウェスタ王国を含め、僕らの住んでいる大陸は綿花から糸を紡ぐが、玄蒼国の糸は虫の繭から紡がれるらしい。これは新しい発見だ。
本日夕食:ウミアユの塩焼き。玄蒼国の海沿いで昔から食べられてきた魚らしい。潮の流れによって、今の時期は玄蒼国よりもこのスイヨウ港のほうが漁獲量が多く、玄蒼国へ輸出しているほどらしい。まずは塩焼きで、ということだったので食べてみたところ、爽やかで芳醇や風味があった。この船旅でたくさんの魚を食べてきたけれど、魚だけでも調理法や味など違いがたくさんあって、世界はまだまだ広いと感じた。




