84.領主の娘と平民の子ども
お父様は書斎で家令と何事かを話していた。
私はノエルを連れて書斎に入る。お父様は家令との話をきり上げると、私のほうへと向いた。
「フェリシア。ちょうど呼びに行かせようと思っていたんだよ」
「子どもの件ですよね。カミラから聞きました」
やっぱりお父様の耳にも入ったようで。家令がいるのもその件でしょうね。
私は一つ深呼吸する。身内に真面目な話をするのは何年たっても慣れないもの。緊張してしまって、自然と視線が下へと向いてしまいそうになる。それをぐっと堪えて、お父様をまっすぐに見た。
「子どもの件、私に一任していただけないでしょうか」
「おや。急にどうしたんだい」
お父様の目が細くなる。穏やかに微笑んでいるのに、目が細くなっただけでなんだか迫力が出る。いつもは穏やかなお父様だけど、今のお父様は領主としての顔つきだからかしら。
そんなお父様に、私はお願いをする。
「ベプオークの丘に建てた塔での怪我と聞きました。あそこに塔を建てたのは私ですし、テネッコン開発の責任者は私です。テネッコンに関わる事故なら、私が対応するのが筋でしょう」
お父様は考えるように腕を組んだ。とんとんと自分の腕を指で叩いて、私に問いかける。
「フェリシアに任せても良いが……フェリシアは今回の件、どうするつもりだい。怪我の治療を全面負担したり、援助したりする? それとも塔への不法侵入で子どもを罰するかね?」
お父様の問いかけに、胃がきりっとした。
たしかに私は、子どもの怪我の治療を援助するつもりでいた。テネッコンに関わる事故によって子どもが怪我を負ってしまった事実。実際の状態を見ないことにはなんとも言えないけれど、最悪失明する可能性だってあると、私は思っている。それをふまえて、治療の援助をするつもりだった。
でも、そもそも。悪戯で塔に勝手に入ったのは子どもが悪い。それも平民が貴族の私有地に入った。これが貴族の邸宅だったら、笞刑か杖刑か。物を盗んだり壊したりしたら徒刑だってあり得る。だから罰されるのは当然。
ここで問題なのが、飴と鞭のバランス。
子どもへの治療と、子どもへの罰。
秩序を保つ領主の娘が領民を甘やかすだけの前例を作ってはいけない。だからこそ、この飴と鞭の使い方をお父様は私に問いかけている。
私は瞑目した。
書斎に来る道中、頭の中で組み立てた弁を舌に乗せる。
「怪我の程度にも寄りますが、治療費は立て替えるつもりです。その上で状況を確認し、悪質なものであれば罰します。治療費の立て替えに関しては、テネッコンについて周知していなかった私の落ち度もありますので」
今後はテネッコンやベプオークの丘に建てた塔に関して近隣の村に周知させる。子どもが悪戯で近づかないように伝えておけば、今回のような事故は二度とないはず。
本格的に観光地として運営していけば貴族の来訪も増えていくと思う。そうなったら付近には宿泊施設とかも増やしていくことになるから、改めて村の人たちと話し合いの場を設けたいし。そのためにも、近隣の村人との関係性は悪化させたくない。
だから今回の怪我に関しては、角を立てずに丸く収めたい。
そう思って、答えたら。
「――良いだろう。好きなようにしなさい」
お父様からの許可に、私は詰めていた息を吐き出した。よし、これで言質はとれた。
お父様にお礼を言ってから、ノエルを連れて書斎を出る。さて、これからの段取りを考えないと。
とりあえずノエルには執事長を探して来客の用意をしてもらう。その間に私はカミラを見つけて状況確認。お医者様はすぐに来てくれたけれど、子どものほうは往復で一時間はかかる。先に状況をお医者様に話して、必要になるだろう物資があれば先に手配をさせて。
そうこうしているうちに、エリツィン伯爵邸に早馬が飛び込んできた。使用人に背負われて少年が客間に運ばれてくる。お医者様の前に少年を降ろしてもらって、私、ノエル、カミラ以外は退室させた。
片目を抑えている少年は怯えたように震えていた。医者を見て、私、ノエル、カミラを順に見た。中でも私を見て、顔を青褪めさせている。
「お、おれ、ご、ごめんなさ……」
「謝罪はあとで聞きましょう。今はあなたの怪我が最優先。コルニリー先生、お願いします」
私がいると緊張してしまうならと、少年の視界から外れそうな壁際へ立つ。カミラがささっと椅子を持ってきてくれたので、それに腰掛けた。私の両脇にノエルとカミラが立つ。
コルニリー先生の診察が始まった。
「さ、まずはお名前と歳を教えてくれるかな」
「……ドロ。十三歳」
「じゃあドロ君。目を見せてご覧」
ドロ少年はノエルと同じ歳だった。ずっと体を強張らせているドロに、コルニリー先生は優しく声をかける。柔和なおじいちゃん先生だからか、ドロもおそるおそるといった様子で診察を受けてくれた。
「目が見えないのかね?」
「今はぼんやり見えるよ」
「痛がっていたと聞いたけど」
「痛くはないけど……目が変になって、びっくりして手で抑えてたら、大人たちがなんか騒いだんだ」
ふむ、とコルニリー先生は顎に手をやり考える素振りを見せた。
「目が変になるというのは?」
「眩しくて……なんか目を閉じても眩しかったんだ。目を開けても眩しいし……」
「少し目を開けられるかね。視界の中に黒い点は見える?」
「黒い点? 見えない」
問診は続いて、それからコルニリー先生は視力検査のようなこともした。この世界にはランドル環がないので、離れた距離に立ったコルニリー先生の指が何本立っているか、みたいな簡単な検査だったけれど。……これ、ランドル環を発明したら、医療分野で私の名前が残ったりするのかしら?
そんなことを考えているうちに、コルニリー先生の検査が終わる。自分の手帳にメモをしたためながら、コルニリー先生は今回の経緯についてドロに尋ねた。
「さて。もう少し質問をさせてもらうよ。目が変になる前に何をしていたのかな」
「それは……」
途端、ドロは口籠る。口をへの字にして俯いてしまった。
だから代わりに、私が答える。
「報告では、テネッコンで太陽を直視したと聞いています」
「テネッコン、ですか。それはなんです?」
「ベプオークの丘に建てた塔に設置した、天体観測機です。本来は月を見るためのもので……太陽の直視をすれば、おそらく通常の何百倍もの太陽光が目に入ります」
このあたりの説明は、事前にコルニリー先生にも話している。それでもコルニリー先生がもう一度聞き返してきた理由。
それはきっと。
「ふむ。通常の何百倍ものですか……何もない状態でも、太陽のように強い光を発するものを見続けると失明することがあります。それなのにその何百倍もとなると……失明する可能性は、それこそ通常の何百倍にもなるでしょうね」
「しつ、め……!? おれ、目が見えなくなるのか!? そんなのイヤだ……!」
可能性の一つをコルニリー先生が提示すると、ようやく事の重大性を理解したのか、ドロが叫んで立ち上がった。コルニリー先生は困ったようにドロを見上げる。
「可能性の話だよ。今のところは重症ではなさそうだけれど、数日の間は後遺症を警戒したほうがいい」
「こ、後遺症ってなんだよ……! 治らねぇって言って変な薬とか買わせるつもりなんだろ!? そういうのには引っかからねーぞ!」
思っていたよりしっかりした子みたい。詐欺だと思うくらいには考える余裕があるのね。だけど残念ながら詐欺師ではないのです。
「大人しくして頂戴。村の薬師では手に負えないからと、お医者様を呼んだのよ。お医者様のお金も、今回は私が立て替えるわ」
「なんだよっ、エラソーに……!」
一応、領主の娘ですからね。村の少年Aより偉いと思います。
でも、そこで張り合っても意味はないので。
「コルニリー先生、この子のご両親を呼び寄せています。もうすぐ到着されるので、話の続きはご両親が来てからにします?」
「そうですねぇ……危急の状態ではありませんし、点眼薬の処方についてはご両親にもお伺いしましょうか」
コルニリー先生が頷いたので、とりあえずドロの両親の到着を待つことに。カミラに指示して、お茶とお菓子を用意してもらう。
「さ、遠慮しないで食べて頂戴」
「おや、珍しいお菓子ですね」
「フェリシア様のお菓子、変わったものが多くて好きです」
今回カミラが用意してくれたのはカスタードプリン。気分はデニッシュクロワッサンだったけれど、せっかくならと、目新しいものを用意してみることに。
プリンは卵黄と牛乳とお砂糖があれば作れる甘いお菓子。ふとした瞬間に食べたくなって、料理長に再現してもらいました。プリンのレシピくらい覚えていたら良かったんだけどね……材料しか分からなくて、分量までは覚えていませんでした。ついでとばかりに料理長には牛乳の代わりに出汁を入れることも教えたので、茶碗蒸しも作れるようになったとさ。
わいわいしながらプリンを食べる私たち。
そんな私たちを警戒するように見ているドロ。
ドロの目の前ではぷるぷるのプリンが鎮座している。
「あなた、食べないの?」
「……」
「なんで黙っているの?」
ノエルがドロに尋ねる。ドロはふいっとノエルから視線をそらした。ノエルはプリンを持って、ドロの視線の先に回りこむ。
「フェリシア様のプリンよ? 二度と食べられないかもしれないわよ?」
ノエルの口調がちょっぴり私に似ている気がするのは気のせいかしら。同い年の子に敬語を使うのもおかしいと思った、ノエルなりの気遣いなのかもしれない。私はプリンをつつきつつ、子ども二人のやりとりを見守る。
「ほ、ほどこしなんか、受けないぞ! どうせ贅沢をしてるってのを見せつけたいだけだろ!」
「フェリシア様はそういうことをしないわ」
「貴族のお前に、おれの気持ちが分かるかよ……!」
「私、平民だけど」
ノエルの淡々とした言葉に、ドロがぎょっとして振り向いた。まじまじとノエルを見つめる。
「……ど、どうせ金持ちなんだろ」
「お金はない。色んな人にお金を借りてこの国に来たの。大人になったら、私はお金を返さないといけない。そのためにフェリシア様とテネッコンを作っているの」
水色の瞳がひたりとドロを見つめている。
ドロは気まずそうにたじろいだ。
「平民の私も食べてるんだから、あなたも食べればいいのに」
そう言ってノエルは自分のプリンをぱくりとひと口。プリンを頬張った瞬間、ノエルの表情がとろける。
「おいし……」
「……」
ドロの喉がごくりと動く。そろそろと視線をさまよわせながらも、目の前にあるプリンに指先が伸びて――
「う、うめー……! すげぇ! うめぇ!」
顔を輝かせてプリンを頬張る少年少女たちに、私もコルニリー先生もカミラも、ほっこり笑顔になった。
【ヴィクトルの出張日誌7】
嵐が過ぎ去り出港から四日。小大陸オストロリーチにあるマヤコン港に入港した。同行する官吏がまた船酔いで絶望を味わった四日間だったため、彼を港の宿に運び込む。そろそろ遺書を書くべきか、などと世迷言を言い出したのでベッドの中に押しこめた。遺書を書く気力があるのなら、道中で立ち寄った港の視察報告書をまとめてほしい。ずっと僕がやっているんだが、本来は彼の仕事だろうに。
本日夕食:タラモッタの魚卵スープとタラモッタのムニエル。この船旅で色々な魚料理を見てきたけれど、魚の卵を食べる料理があるとは思わなかった。ぷちぷちと口のなかで弾ける食感と濃厚なスープはとても美味しかった。魚卵の持ち主であるタラモッタという赤身の魚はムニエルにすると鶏肉のような食感で食べ応えがある。……そろそろ肉が食べたいね。




