123.米王ライスマン
疲労が蓄積されていたのか、コトヨリ様は早々に眠ってしまわれた。寝やすいように寝支度をお手伝いしたあと、彼女を起こさないようにあてがわれた船室を出る。
私も眠るべきだけれど、なんだか目が冴えてしまった。夫婦だからとあてがわれている船室に戻っても、ヴィクトルはニエストルさんと帰路についての打ち合わせ中のようでひとりぼっち。寂しいのを紛らわせるように、私は甲板へと上がった。
夜空を見上げれば満天の星。下を見れば広大な大河。私たちが下っているこの河は、神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤから繋がるクォルオゥー河。橋をかけられないほどに幅が広く、また深い河だそう。
ゆったり流れていく船からの景色を眺めながらぼんやりとしていると、不意に日本語が耳へと飛び込んできた。
「フェーリシーアさん! お煎餅食べる?」
「クーヤくん」
振り返れば、声をかけられた通りにクーヤくんの手には何がしかがある。はい、と手渡された固いそれ。齧れば醤油煎餅だった。醤油の香ばしい香りが鼻腔をくすぐっていく。
「クーヤくんたら、このお煎餅どこから持ってきたの」
「俺の非常食! いつでも炊きたてご飯が食べられるとは限らねぇからな!」
ばりんっと景気よく音を立てて、クーヤくんはお煎餅を齧った。私もぱりんっと小さくお煎餅を囓る。
大河を進む蒸気船の上で囓る醤油煎餅……私は異世界かつ異国の地でいったい何をしているのでしょうか……。
「それにしても、フェリシアさんとこうして落ち着いて話すの初めてだなー」
「なんだかんだと、いつも誰かしらいるものね」
玄蒼国に来て、クーヤくんとお話する機会はけっこうあったけれど、いつもヴィクトルやカズミヤさん、誰かがそばにいた。日本語で話すことも多かったけれど、意思疎通が玄蒼国語よりもスムーズだったからという理由なだけ。
今は離れたところにある見張り台で騎士が不寝番をしている以外、そばに人はいない。わずかに日本語を理解できるヴィクトルも、カズミヤさんだって。
「さてと。昼間の話の続きをしようぜ、フェリシアさん」
「そうね」
夜風が頬を撫でる中、私はひと口だけ齧ったお煎餅に視線を落とす。昼間の話の続きといっても、どう切り出したら良いか。
「ちなみにフェリシアさんは、ヴィクトルの兄ちゃんにはもう前世のこと、きっちり話してるんだよな?」
「ええ。結婚した日に」
「なら俺から聞いて良い?」
「もちろんよ」
クーヤくんの申し出にありがたいと頷く。クーヤくんはお煎餅の残りを口の中に放りこむと、豪快に音を立てて咀嚼した。
「んっし、じゃあ改めて自己紹介しよーぜ! って言っても、もう三回目くらいだけど」
「そうだったっけ」
「初対面で一回、アニマソラで一回やってるし」
おぉ……たしかに、アニマソラ神樹国で、私が錯乱していた時にも自己紹介をしていた記憶がうっすらある。そう思えば、私たちはお互いに前世の名前だけは知っているのよね。
「言い出しっぺの俺からなー。俺は東山隆。西暦1993年生まれの享年三十一歳」
やっぱり。
クーヤくんの前世は私より生まれるのが早いし、年上だわ。
「私は水森咲千。西暦2001年生まれの享年二十四歳です」
「やっば! フェリシアさん、二十一世紀生まれの子だ……!」
「反応がすごくおじさんくさいわね……」
「言ったじゃん。俺、前世足したらそろそろ五十越えるぞって」
そんなことを言われたら、私だって似たような精神年齢になるけれども……!
色々と言いたくなるのをぐっとこらえる。改めて考えると、精神年齢アラフィフという事実はちょっと心にダメージが入る気がする……!
私はこほんと咳払い。
「クーヤくん、前世ではどんなところで働いていたの? 蒸気機関車とか蒸気船とか、クーヤくんは専門知識が必要な分野でチートしてるけど、そういう仕事をしていたの?」
「まぁ、近いところかなー。俺、大学でバイオ燃料の研究をしてたんだよ。院までいって、そのあとは推薦もらって再生可能エネルギーを電力化する機械を開発する企業で働いていたんだ」
「え、エリート……!」
聞いたこともない経歴におののいてしまう。再生可能エネルギーを? 電力化する? 機械を開発する企業? 聞くだけでもとんでもないエリートということしか分からない。
「えっと、それがどうして蒸気機関車と蒸気船につながったの……?」
「どっちかといえば大学院での研究の成果だな。元々、蒸気機関車と蒸気船の設計図は、俺より前の転生者たちが残してくれたって言ったのは覚えてる?」
「え、ええ。ゴレン氏とエノミヤ氏よね」
「そ。当時実現不可能になった理由は動力源となる燃料なんだ。石炭や石油みたいな化石燃料がゴレンやエノミヤでは見つけられなかったんだよ。それを俺は見つけられたってだけ」
な、なるほど……?
「さっきボイラー室で見た石炭っぽいやつ覚えてるか? アレ、どうやって採取できるかフェリシアさん分かる?」
「えぇ……? 知らないわ」
「あれ、雄鶏の卵」
「雄鶏の卵!?」
お、雄の鶏が卵を産むの……!?
「玄蒼国語で〝hyypc〟って鳥なんだけど、雌鶏の卵を守るために土を食って、体内で固めたものを疑似卵として排出するんだ。それが石炭の役割を持つ鉱石になる。俺から言わせれば石炭鳥ってところだなー」
「すごい生態ね……なのにまるで焼き鳥みたいな字面……」
「バイオマス燃料の研究だからこその発想だろ?」
残念ながら、私はその分野に明るくないので分かりかねます!
「今はその鳥の家畜化に力入れてる。ちなみにフェリシアさん、卵かけご飯食べた?」
「食べました! 二十五年ぶりの卵かけご飯に泣きました!」
「その卵、石炭鳥から取ったやつ」
「ニワトリじゃなかった……!」
石炭を生み出す鳥から取れる卵……前世の生卵と遜色なかったけれども! 石炭もどきと卵が一緒に生み出される光景を思うと、知らないままでいたほうが幸せだったかもしれないわ……。
私が愕然としていると、クーヤくんは楽しそうにケラケラ笑う。こうしてみると、普通の少年にしか見えないのに。中身は超エリート前世持ちの、現世は闇の深い生い立ちなんて……クーヤくん、まるで物語の主人公みたい。
「ちなみにお米が好きなのは……?」
「前世のじいちゃんが米農家だったんだ。でも発電所の大規模事故のせいでじいちゃん家が立ち入り禁止区域になっちまってさ。米が作れなくなった。それで大学進学したあと、院までいって再生可能エネルギーの開発に携わったんだ」
「り、立派すぎる志……! え、クーヤくんの前世だけで立派な伝記が作れちゃうじゃない!」
「そうかー?」
「そうよ!」
私なんかすごくうるっときてしまったんだもの! 微に入り細を穿つように話を聞いてしまったら滂沱の涙に溺れてしまいかねないわ。それくらいクーヤくんの前世は立派な人だと思ったもの!
私が全力で頭を縦にすれば、クーヤくんはちょっとはにかんで。
「そう言ってもらえる人生なら、俺の前世はそう悪くなかったなって思えるな」
クーヤくんほどの立派な志の人は早々いないと思うわ。それに伴う行動力を持つことだって。今更ながらに理解した。クーヤくんの行動力。転生者を探すために大陸を横断し、蒸気機関車さえ実現させてしまったその力。この力はクーヤくんの前世から変わらない、きっと彼の根幹となるものなのだと思う。
「俺の話はこんなもんか。じゃあ次、フェリシアさんだな」
「私なんて、クーヤくんに比べたら凡人の見本みたいな人生よ……?」
「転生者の痕跡を集めようなんて発想できる人が凡人っていうのはちょっと無理あると思う」
そうかしら……?
そう思いながらも、私も訥々と自分の前世について話していく。うーん……やっぱり大学で歴史を勉強しただけで院にも行ってないし、就職も全然関係ないところだった私は、クーヤくんに比べたら何の変哲もない凡人だと思います。
「いやいや……フェリシアさん、自分を凡人だって言うけどさ。転生者リストなんて、かなりの専門性があると思うぜ?」
「でも、特別なことは何もしていないわ」
「特別じゃなくても、転生者を探すために外交官になって、各地の資料を自力で翻訳してるフェリシアさんは十分にすごい人だと思う。今何カ国語話せるんだよ」
そう言われると困ってしまう。母国語であるハルウェスタ語はもちろん、貴族のたしなみとして隣国のクロワゼット語、大陸共通語の役割を持つアニマソラ語、外交官になるきっかけとなったエルパダ語、貿易の要となるガムラン語、通例の長期出張のために覚えたサピエンス語、そして醤油や味噌を求めて覚えた玄蒼国語。他にも日常会話程度にできる言語もあるので両手では足りないかもしれない。
そう考えると、転生者リストのためにこれだけの言語を覚えた私ってすごい。ちょっぴり誇らしい気持ちになれた。
その後も、私とクーヤくんはお互いに前世のことを話した。
年の差はあっても、生きていた時代は同じ。もうずいぶんと朧気だった日本での人生も、クーヤくんとの話の中でしっかりとした輪郭をともなっていく。
〝水守咲千〟と〝東山隆〟が生きていた事実と実感。
それを忘れずに、大切にしてあげたい。
【米王ライスマン】
玄蒼国出身のクーヤ。前世の名前は東山隆。転生者を探すためにあらゆる米関係のコンテストを総なめしたらしい。すごい米の炊き方にこだわりがある。手紙ですごくおいしいお米の炊き方を教えてくれた。この世界のことがあんまり好きじゃないみたいだけど、いつか彼もこの世界のことを好きになってくれると嬉しい。(追記:彼については、その生涯を隣で見守り続けた人物による伝記があるので、詳細はそちらで。)
#『女神の化身クーヤ伝』カズミヤ著より序文抜粋#
フェリシア・エリツィン伯爵夫人が『転生者目録』なるものを編纂されていると聞き、僭越ながらわたくしめも我が生涯を捧げる主について記すことといたしました。我が主クーヤ様の前世は自然のなかで循環する安全な燃料(日本語〝再生可能エネルギー〟/英語〝sustainable energy〟)を開発する研究者でございました。かつて日本では大災害により、燃料の素材を原因とする重大事故が起きたとか。その重大事故により土地が汚染され、米農家だったクーヤ様の御祖父様は水田を失ったと聞きます。そんな御祖父様のためにクーヤ様は土地を汚染しない安全な燃料の開発をしていたとおっしゃいました。その知識が玄蒼国を発展させるきっかけとなったのです。蒸気機関車と蒸気船が発達したのは、ゴレン氏が設計図を残し、エノミヤ氏が改良を重ね、クーヤ様が蒸気機関を動かす燃料を発見したからこそ。本著ではクーヤ様の前世から、彼が転生し、〝女神の化身〟としてミギワ皇帝陛下の治世へ貢献していく姿を語ってまいりましょう。





