122.強いぞぼくらの蒸気船
私たちは手早く造船所の中へ入ると、クーヤくんの案内で船へと乗りこんだ。かなり大きな船。帆船かと思いきや、クーヤくんの言葉に目を丸くする。
「フェリシアさん、技術者は全員カズミヤと一緒に操舵室へ行かせて。騎士は二人だけ俺と一緒にボイラー室。他は兇手の邪魔が入らないように見張らせて。説明しながらすぐに船を出すから」
甲板に降り立った私は呆れてしまった。
なるほど、ボイラー室。
「クーヤくん、蒸気船まで作っていたのね……」
「おう。蒸気機関車を最優先で作っていたから、こっちは後回しにしていてさー。まだ試作段階だけど動きはすると思う。蒸気機関車だと駅で待ち伏せされたり、線路を破壊されたりしたら厄介だしな」
クーヤくん曰く、ミギワ様とはこうなる可能性もあることを考慮して私たちの帰国手配を進めてもらったらしい。私が思うよりもクーヤくんは頭が切れる賢い子で、何にも力になれない私はちょっとだけ気持ちが落ち込んでしまう。
クーヤくんがボイラー室でさっくり騎士たちに説明したあと、私とクーヤくんは操舵室へ向かった。操舵室ではカズミヤさんと技術者の人たちの通訳をヴィクトルがしていて、難しい専門用語もなんとか噛み砕いて説明している様子に私はほうとため息をつく。
「どうしたん、フェリシアさん」
「ヴィクトル様はすごいな、と思って。私、玄蒼国語の説明をあそこまで噛み砕いて説明できないわ。日本語でも難しい用語がいっぱいあるのに」
「専門用語だしなー。仕方ない」
「でもクーヤくんはこれらを理解した上で開発できているんでしょう? あなた、前世は何者だったの?」
言ってから、しまった、と口を抑えてしまった。今ここで聞くつもりはなかったのに。
私の仕草に気がついたクーヤくんが「ははっ」と声を立てて笑った。ヴィクトルや技術者たちがその声につられてこちらを振り向くけど、クーヤくんは笑いながら何でもないよ、と手を振って。
「別に聞いちゃいけないルールはないじゃん。堂々と聞いて良いんだぜ?」
「うっ……それはそう、なんだけれど……なんというか、プライバシー的な……?」
「フェリシアさんは気にしすぎ。でもまぁ、良い機会だし、あとでゆっくり話そうぜ。ここから出たら、港まで川下りになるしな」
クーヤくんからの前向きな提案に私はほっとした。これまで聞く機会はいくらだってあったのに、私は彼の前世について深くふみこむことはしなかった。出会った頃、日本への帰還を願っていたクーヤくん。そんな彼に前世のことを聞く勇気がなかったから。
うっかり口にしたことは元に戻せないけれど、クーヤくんの雰囲気に少しほっとする。良かった、私の転生者リストにもぜひ載せたいものね!
そうこうしているうちに、カズミヤさんがハルウェスタ王国の技術者へ説明し終わったらしい。技術者が二人ほどどこかへ向かう。クーヤくんへ聞けば、機関室に向かうだろうとのこと。船を動かすって大変です。
『クーヤ様、出発します。少し心もとないですが、ボイラー室の燃焼をいかがしますか?』
『規定値になるまで耐える。さすがに試運転をまともにしていないからな。手順通りいく。ハルウェスタの騎士には申し訳ないが、もう少しだけ耐えてくれ』
クーヤくんからの言葉は、マトヴェイさんが外にいる騎士たちに伝えに行った。一人に伝えれば、騎士たちにはまたたく間に広まっていく。
そんな中、外で警戒にあたってたはずのオリガさんが一人の兇手を引きずって来た。
「カズミヤ殿が門に叩きつけた兇手です。コレ、どうしますか。尋問しますか?」
今のところ、私たちを追っていた兇手とはにらみ合い状態のようで、騎士たちは造船所の外で引き続き警戒しているそう。向こうはおそらく増援を待って、私たちを襲う魂胆なのでは、というのがオリガさんやニエストルさんの見立て。
私では判断がつかないのでクーヤくんに相談したところ、船が出航したあとでクーヤくんも尋問に立ち会うとか。私も通訳のために立ち会ったほうが良いのかと思ったら、マトヴェイさんがすっ飛んできて自分がやると主張した。皆さん、頼もしいです。
そんなことを思っていたら。
どぉおおんっ!
大きな爆発音。
ぎょっとして外へ出ようとするのを、ヴィクトルに止められる。クーヤくんはカズミヤさんのところへ駆け寄った。
「造船所の壁が破壊されました! このままでは船にも禁術を投げ込まれてしまいます!」
甲板で見張りをしていた騎士が一人、報告してくれた。私たちの間に緊張が走る。造船所の壁を吹き飛ばすくらいだもの。爆弾をこの船に当てられてしまったら……!
『落ち着け。造船所は木造だから仕方ねぇ。この船は鉄製だ。あれくらいの爆発なら、船が壊れることはないはず。ヴィクトルの兄ちゃん、弓で威嚇するよう伝えてくれ。決して船体に乗り込まれないようにしてほしい』
『分かりました』
ヴィクトルは顔を強張らせながらも頷いた。私も、何かできることがあれば良いのに……。
手持ち無沙汰になりながら、私はひたすら出航までの時間を待つ。船室にいるコトヨリ様のもとへ行こうかしら、と考えたところで、カズミヤさんの透きとおるような声が操舵室に響いた。
『クーヤ様、出航準備完了です』
『よぉしきたぜ! フェリシアさんたち、そこの伝声管で適宜俺の言葉を船中に通訳して!』
『はいっ!』
玄蒼国語で言われるまま、私とヴィクトル、それからマトヴェイさんは伝声管の前にスタンバイする。クーヤくんはそれを見てから、声を張り上げた。
『総員、出航準備! 乗組員、配置につけ! 〝olsygtail〟!』
『待ってクーヤ様! 〝olsygtail〟何!?」
『船体を繋いでる縄を外せって意味!』
「甲板の騎士に伝達、解纜!」
知らない単語に思わず聞き返せば、意味を理解したヴィクトルがすぐさま甲板にいる騎士たちへ向けて、伝声管に声を張る。視線を窓の外へ向ければ、甲板にいる騎士たちは次々と縄を剣で切り払っているのが見えた。
『機関室、前進全速! 蒸気いっぱい!』
「機関室、前進全速! 蒸気いっぱい!」
私は機関室とボイラー室へ繋がる伝声管へ向けて声を張り上げる。汽笛が大きく鳴り響き、窓の外の景色がゆっくりと動き始める。
「た、大使! 出口が空いていないが良いですか!?」
操舵のサポートをしている技術者から声が上がる。私は思わず操舵輪を持っているカズミヤさんを見た。クーヤくんは船長が座るだろう椅子に余裕そうに座っている。
『クーヤ殿、このままでは扉に当たります!』
『そのまま突っ込んでいいぞ! 木製だから船のほうが強い!』
「そのまま行け! ぶち破れ!」
ヴィクトルの雄々しい声にちょっとはからずしもきゅんっとしてしまった。ヴィクトル、そうやって声を荒げることもあるんですね。
そんなことを思う間にも、船首が外に出るための大きな扉へと接触する。力任せに船は進み、扉を押し破った。
茜色の太陽が水面に反射して、視界を灼く。眩しさに目を細めたのもつかの間、私たちの船は神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤへと滑りだした。
『船尾確認! 追捕の手はどうだ』
「船尾、追っ手がいないか確認してください」
マトヴェイさんが船尾に配置した騎士たちに確認を取る。問題なし、と報告が返ってきて、ここでようやく私たちは肩の力を抜いた。
『とりあえず、これで港に着くまでの安全は確保できたなー。カズミヤ、あとは任せた』
『承知。ヴィクトル殿、騎士を数名お借りできないでしょうか。港に出るまで三日はかかります。技術者殿たちと交代できる程度に説明をしておきたいのですが』
『分かった。騎士の選抜はニエストル殿と相談するよ』
カズミヤさんとヴィクトルが相談しあって、ヴィクトルは操舵室から出ていく。マトヴェイさんはこのまま伝声管のもとで待機。私はコトヨリ様の様子を見るために船室へ向かうことにした。





