121.兇手の一本釣りでございます
神樹暦と神湖暦で暦がズレていることを失念していたため、本文中の経過時間とそれに伴う年齢等を修正しました。今は神樹暦1403年半ば頃(フェリシア結婚時から二年経過)、神湖暦1405年年明けとなります。空白の一年間、フェリシアはテネッコンの改良やお米の品種改良、ヴィクトルはせっせと出張に向けて準備していたと思います。
ミギワ様の屋敷は女神を祀る一族に囲まれている。
私たちは使節団一行にこれからの動きを説明すると、帰国の準備を整えた。その間にコトヨリ様もわずかな休息をとられたようで、旅装となって私たちと合流した。
『あら。懐かしいです』
『……懐かしい、ですか?』
『クーヤ様と初めてお会いした時のお衣装ですよ』
玄蒼国らしい形の衣装に、ついつい緊張もほぐれて和んだ。コトヨリ様は知らない大人に囲まれて所在なさげにしているけれど、私の言葉にほんの少しだけはにかんだ。
『このお衣装は、クーヤお兄様からお借りしたのです』
『俺のお古でごめんなー。女の子っぽい格好をさせてやれんくて』
『いいえっ! クーヤお兄様には、感謝しきれません……っ! 妾が、お父様の……っ』
コトヨリ様の表情はまたくしゃりと歪んでしまう。クーヤくんも言葉選びを間違ったことに気がついて、気まずそうに頭を掻いた。私はそんな二人を見かねて、コトヨリ様の肩へとそっと手を乗せる。
『長い髪は帽子にしまっておきましょうか。カズミヤさん、道具はありますか?』
『こちらをどうぞ』
カズミヤさんから渡された髪結いの道具一式をざっと眺める。旅の道中でも使い勝手の良いものを、と。
「あら、簪。素敵だわ」
シンプルな一本差しの簪を見つけた。金属製で少し重みがあるけれど、細やかな文様が掘られているだけで余計な装飾が無い。これを使いましょう。
私はコトヨリ様の髪を拝借すると、簪でくるくると髪を巻いてお団子にした。コトヨリ様は髪が長いけれど一本の簪でも綺麗にまとまってくれる。うん、これで帽子にもすんなりと入るでしょう。
『すご。フェリシアさん、器用だなー』
『フェリシアは伯爵令嬢ですが、自分で身支度できるくらいには器用ですよ』
『意外な特技』
ちょっとクーヤくん、ヴィクトル。聞こえてますよ。外交官の出張にメイドを連れて行くのも申し訳ないから身につけたんです。自分の髪を結うのって大変なんですよ?
コトヨリ様の身支度も終わると、私たちはいよいよミギワ様の屋敷から出立する。
ミギワ様は明日の朝出立する蒸気機関車の便を早めて、今夜駅を発つつもりで根回しをしてくれていた。でも、これだけ屋敷の周囲を取り囲まれてしまうと、私たちは身動きが取れない。それをどうするべきかと話し合った末、囮の馬車を出したあとで駅を目指そうという結論に至った。
そしていよいよ囮役となったミギワ様の手の者が馬車に乗り込み、裏門から出た。私に似せた金髪のウィッグをかぶせて、窓からわずかに垣間見えるようにするのも忘れない。私たちの動向を探っていた人たちが馬車を追っていった。
『裏門が手薄になりました! 出るなら今です!』
囮が上手くいったようで、使用人が私たちを呼びに来た。私たちは頷き合うと、案内役のカズミヤさんとクーヤくんを先頭にし、ニエストルさんの指示に従って裏門を駆け抜ける。
けれど門を出てすぐ、どこからともなく現れた全身黒ずくめのいかにも怪しそうな兇手が私たちを囲んで。
ハルウェスタの護衛騎士たちが剣を抜き、カズミヤさんもどこから出したのか短刀を構える。ニエストルさんはコトヨリ様を片腕で抱き上げると、私を肩に担いだ。うぇぇ!?
「オリガは後衛、他は側面へ回れ! ヴィクトル殿、カズミヤ殿に先陣を切るよう頼んでくれ!」
『カズミヤ氏、前へ! 我々で支援します!』
ヴィクトルの通訳により、ニエストルさんの指示通りさっと陣形を取るカズミヤさん。クーヤくんは兇手たちを一瞥すると、私のほうを見て日本語で叫ぶ。
「だめだ! このまま駅へ手を回されると困る! 行き先を変更するぞ! フェリシアさん、カズミヤを後衛にまわしてほしい! カズミヤ、釣りは得意だろ!」
「もちろんですとも。ほどよく釣ってまいります」
カズミヤさんの言葉を合図にクーヤくんが走り出す。私は慌ててそれをニエストルさんへ伝えると、オリガさんが素早くカズミヤさんと立ち位置を入れ替わった。私たちの移動が始まれば、オリガさんが行く手を阻む兇手たちを問答無用で斬り払う。戦っているところを初めて見たけれど、オリガさん強い……!
一方のカズミヤさんは後衛で苦戦を強いられる……フリをしている? カズミヤさんが押されているようにも見えてはらはらしてしまうけれど、カズミヤさんの表情はいつもと変わらないすまし顔。
ニエストルさんは私とコトヨリ様を抱えてクーヤくんの後ろを駆けていく。ヴィクトルたちもそれに続いた。たまに横合いから矢が飛んでくるのを護衛騎士たちが斬り払う。私たちを抱えるニエストルさんは駆ける足をちっとも緩めない。成人女性と女の子抱えながらの速さじゃないと思います……!
クーヤくんは大通りではなく小路を選んでどこかを目指す。方角的に蒸気機関車の駅じゃない。ヴィクトルやマトヴェイさんもそれに気づいたようで、怪訝そうな顔。そういえばクーヤくんは行き先を変えると言ったけれど、いったい何処へ行くつもりなのかしら。
狭い道。前からくる敵はオリガさんがたたっ斬る。あ、倒れた兇手をクーヤくんが踏んだ。ニエストルさんも踏んだ。びっくりしたヴィクトルたちは避けたけれど、最後にカズミヤさんが踏んだ。……あぁ、仲間にも踏まれて可哀想。
「ここまで露骨にやってくるとは思わなかったな。ちゃっかり俺まで狙うってことは、クソ野郎の指示か。先回りはされてないっぽいし、こっち選んで正解だったか」
クーヤくんが私にも聞こえるように日本語でしゃべっている。たぶん、玄蒼国語だと兇手に会話を聞かれる可能性があるから? とはいえ、私は何も言わない。今何かを話したら舌を噛む自信があるもの!
「それにしても、こんな露骨なことしてあいつらしくない。だいぶ派手にやってるけど、後先考えねぇこの投げやりな感じ……何を考えてるんだ? フェリシアさん、どう思う?」
えええ、私に振らないでほしい。私もなんでこうなっているのか聞きたいけれども!
市街地を抜け、雑木林の中へクーヤくんは突っ込んだ。護衛騎士たちの間に緊張が走る。でもクーヤくんは足を止めない。
「もう少しだ! この先に造船所がある! 蒸気機関車だとクソ野郎の手が回ってるだろうから、船で下って港まで行くぞ!」
ようやくクーヤくんの意図に気がついて納得。
クーヤくんの伝言をハルウェスタ語で伝達しようと顔を上げた時、きらりと上のほうで何かが光る。木の上から弓でこちらを狙っている兇手!
「上! 矢が来ます!」
ニエストルさんが舌打ちする。まだ雑木林は抜けない。騎士たちが兇手を探して視線を巡らせるより早く、矢が放たれる。まっすぐ飛んだ矢はクーヤくんの背中へ刺さり——そうになる前に、振り向いたクーヤくんが袖で叩き払った。
……え?
「く、くーやくん!? 今、えっ、クーヤくんっ!?」
「ん? フェリシアさん、怪我ない?」
「ええっ? クーヤくん、今、袖でぱんって」
「それくらいならできるぜ? 俺の側付きはカズミヤだぞ? 色々仕込まれた」
玄蒼国の衣は袖が広くて分厚い形をしているとはいえ、まさか袖で矢を払い落とすとは思わない。盾とかで防ぐならともかく。なんてこと。クーヤくん本当に転生チートでは? おにぎりを握っていた少年は何処?
目を白黒させている間にも、私たちは風のように雑木林を駆け抜けていく。騎士のオリガさんは剣を振りながら、ニエストルさんは私とコトヨリ様を抱えながら、カズミヤさんは兇手の足止めをしながら。間にいるヴィクトルたち使節団一行はもう息が上がっていて限界が近いのに、息一つ乱さず先導するクーヤくん。私は文字通りのお荷物です。
『そろそろだな。カズミヤ! 釣れッ! 門は壊してもいいぞ!』
『承知』
カズミヤさんがクーヤくんの合図で懐から何か縄のような物を取り出した。それをぶん投げて、兇手の一人を巻き込むと、近くにある背の高い木を駆け上って空中へと躍り出る。
『兇手の一本釣りでございます!』
そのまま全力で縄を引き上げる。まるで釣りのように兇手も空中へと躍り出て、そのまま遠くへ飛んで行った。……えぇぇ!?
どぉんっと少し離れたところで音がした。それと同時に私たちは雑木林から飛び出す。
「うーわ……やっば」
「とんでもない女だな……」
オリガさんとニエストルさんがドン引きしている声。いったい何がと思っている間にもニエストルさんはソレの横を通り過ぎて、私も彼らと同じような、なんとも言えない気持ちになる。
造船所の門へ顔面から叩きつけられたらしい兇手がすごく痛そうに顔面を腫らし、白目を剥いて気絶していた。





