120.大陸戦争と神樹の神子
それまで黙っていたヴィクトルが、不意に声を上げた。
『皇太子はどうやって禁術を得たのでしょうか。そんな危険なものが皇太子の手にあれば……玄蒼国、ひいては私たちの大陸にも脅威をもたらしかねません』
ヴィクトルの言いたいことはよく分かる。爆弾はとても恐ろしい兵器だもの。人を殺すために用いるなんて言語道断。それが既に、人を殺すために使われたのだからその懸念も御尤も。
『……もとはといえば、俺が悪い』
固い声はクーヤくんのもの。
クーヤくんは苦悩するように顔をしかめていて。
『アニマソラから、蒸気機関車が禁術に触れないか確認の連絡が入った。当然、そんな禁術と言われるような危険なことはしてねぇよ? でも俺がそう抗議してもアニマソラは納得しねぇ。……三百年前、大陸戦争を引き起こした神樹の神子が語った知識と、たいそう類似してたそうだぜ』
『神樹の神子が大陸戦争を引き起こした……?』
驚いたのは私だけじゃなかった。ヴィクトルもマトヴェイさんも驚いた。だって神樹の神子は大陸戦争を終結に導いた人物でしょう? それがどうして、戦争を引き起こしたと……
(違うわ。三百年前の神子も転生者だったなら。自分がきっかけで引き起こした戦争を、自分で終わらせたということ?)
三百年前の神子についての記述は実在の人物としては極端に少ない。どこの誰だったのか名前すら分からない。ただ戦争の最中、アニマソラ神樹国に突然現れた神子とだけ伝わっている。神樹の神子という言葉はその頃から文献の記述に見られるようになったけれど、それ以上の〝神樹の神子〟という個人的な特徴を記載するものは見つからなかった。
それがもし、意図的に消されたものだとしたら。
神樹の神子が終戦へと導いたと言われているけれど、そもそもその戦争を神子が引き起こしていたとしたら——それを知られるのは、平和を望む人々にとってあまりにも都合が悪い。
『クーヤ殿下。大陸戦争で神樹の神子は邪悪なる武器を封じたと伝わっております。一度使えば、泡のように人がはじけ、血の雨が降る残虐な代物だったと。それをもたらしたのが、神樹の神子だと言うのですが……!?』
マトヴェイさんが信じられないと声をあげるけれど、クーヤくんはそれに苦々しい表情になる。
『あぁ。間違いねぇ。俺もその武器とやらには心当たりがある。フェリシアさんもだろ』
なんてことを振ってくるのかしら。
クーヤくんの言葉に私まで苦々しい気持ちが広がってしまう。ほら、マトヴェイさんが信じられないような表情で私のほうを見てきた。
私がそういった危険な知識を持っていることは、これまで公にしてこなかった。神樹の神子なんて名ばかりで、肩書だけと思ってる人のほうがずっと多いと思う。マトヴェイさんも然り。本当の事情を知らなかった彼からしてみたら、青天の霹靂でしょうね。
私は苦虫を噛み潰したような気持ちで頷く。
『爆弾……今回皇太子が使った禁術、ですか。でも、クーヤ様が蒸気機関車に使った技術と爆弾は違います』
『その違いがアニマソラ神樹国には分からなかった』
クーヤくんの蒸気機関車は蒸気を作り出し、その蒸気を利用して車輪を動かす。その過程で石炭のような資源を大量に燃やすことはあるけれど……爆弾のように火薬を扱うわけじゃない。むしろ蒸気機関車に火薬なんていれたらとんでもないことになるのに。
『……これ、内緒にしてほしいんだけどさ。フェリシアさんがアニマソラに神樹の神子として祭り上げられた時、ちょぉっとブチギレちゃって、俺、アニマソラの禁書庫のヤバい書物燃やしちゃったんたよね。そのせいで俺の言い分を理解できなかったんじゃね? って思ってる』
「クーヤくんなにしているの!?」
燃やしたってあの禁書庫の中身を!?
「嘘でしょう!? まだ私の知らない転生者の足跡があったかもしれないのに!? 私の書庫を燃やしたの!?」
「アニマソラの禁書庫っていつからフェリシアさんのもんになったん」
「だって私は神樹の神子! アニマソラの謀略さえなければ正面から悠々自適にあの禁書庫に乗りこんで転生者の足跡を探せる立場!」
転生者の記録は何事にも代えがたい。それをクーヤくんは燃やしてしまったなんて!
いきなり立ち上がって日本語で叫び出した私を、皆がミギワ様とマトヴェイさんが驚いたような視線で見上げてくる。日本語が少しだけ分かるヴィクトルからは生ぬるい視線を向けられるけれど、私は自分の主張を取り下げない。いいですか、記録は一度抹消されると復元なんてできないんです! 歴史は今ある人たちが守らなければ消えてしまうんです!
真顔でクーヤくんを見つめる。じっとりと見つめ続ける。どうしてくれるんですか。今の話を聞くに、その爆弾をこの世界にもたらしたのが三百年前の神樹の神子だという証拠があったのでは? その知識がアニマソラ神樹国に残されていたとしたら、当人である三百年前の神樹の神子についても記録があったのでは!?
私の言いたいことはありありと顔にでも書かれていたのでしょう。クーヤくんは吹き出した。ようやくいつものように天真爛漫な笑顔を浮かべて。
『俺の燃やした記録についてはごめんだけどさ。そこもまぁ、フェリシアさんが残してくれるんだろ?』
はい?
『そいつの記録についてはごめんだけど、そいつが生きていたことはフェリシアさんがまたいつか見つけてまとめてくれるんだろ? それさえ残ればいい』
もしかして私の転生者リストのことを言っています? 待って、いや、本当に待って!?
「ちょっとクーヤくん!? 私の趣味の転生リストと何百年も遺されてきた貴重な史料を一緒くたにしないでくれる!?」
「おんなじだろ? 千年後のやつらにしたら、まとまってるほうがありがたくね?」
「そういう問題じゃなぁい……!」
思わず日本語でまくし立てれば、クーヤくんはケラケラ笑った。私は頭を抱える。クーヤくんは歴史史料の貴重さを理解していない……!
『話がそれちまったな? そういうわけで、エイガが禁術を知ったきっかけは俺にある。陸社の書庫にもそれらしいもんはあったから、コトヨリが探し出してそれを伝えたんだろうな』
『そのことが女神を祀る一族に知られたらコトヨリ姫は良くて死刑でしょう。そうじゃなくても、エイガに口封じで殺されます。故に誠に身勝手ながら、ハルウェスタの方々にはコトヨリ姫の亡命に一枚噛んでいただきたいのです』
『俺も反省して三百年前の神樹の神子に倣って後始末をするつもりだしな』
私の話を無理やり終わらせて、クーヤくんはにやりと口の端を上げた。ミギワ様もクーヤくんの説明を補完するように付け足す。
ヴィクトルは私たちの日本語でのやりとりを理解したらしく苦笑気味。神妙な表情になったマトヴェイさんが食い下がった。
『仰ることは理解しましたが……具体的にはどうするつもりなのですか。三百年前の神樹の神子がどうやって禁術に対抗したのか……歴史としては、神樹の神子が大陸戦争を引き起こした旧タルフール帝国へ和平交渉を申し入れるために各地を奔走したと聞きます』
神樹の神子に倣うと言ったクーヤくん。倣うと言っても……と言い淀むマトヴェイさんに、クーヤくんは表情を崩さない。
『言葉の通りだぜ。俺は神樹の神子がどうやって講和へと持ち込んだのか、なんとなく分かってる。同じようにやってやろうと思ってる』
『だからそれは、どのように』
『簡単だろ。脅すんだ』
クーヤくんの簡潔な言葉に、さすがのマトヴェイさんも渋面になった。私だって同じ顔。脅すって……クーヤくんは神樹の神子が旧タルフール帝国を脅して講和のテーブルにつかせたと思っているの……?
思っていたことが顔に出てしまったのか、クーヤくんが私の顔を見る。今までの不敵な笑みをひっこめたクーヤくんから表情が刮げ落ち、私たちをゆっくりと見渡す。
『蒸気機関の先に何があるの知っているか? 大陸を横断するだけじゃない。人はやがて空を飛び、海を潜り、馬よりも早く駆けていくだろう。エイガの持っている禁術なんて比じゃねぇぜ。俺ならたった一人で皇都を吹き飛ばす爆弾も作れるだろうし、散弾銃を作ってここにいるやつら全員を秒単位で殺すことだってできるだろうな』
獰猛な獣のような鋭い光を金色の瞳に宿らせて、クーヤくんはそんなことを言う。
それを聞いたヴィクトルは険しい顔をし、マトヴェイさんは青ざめ、ミギワ様でさえ畏れるように視線を伏せた。
私は——そんなことをクーヤくんに言わせてしまうことが、悲しくて。
(本当は日本語で伝えたい)
出会った時、クーヤくんは楽しそうにおむすびの歌を歌いながらおにぎりをたくさんの人へ配っていた。クーヤくんのおにぎりは私も好き。日本を感じさせてくれる温かかなおにぎりを作る手で、そんな残酷なものを作るだなんて言わないでほしい。
でも、クーヤくんがあえて玄蒼国語で、この場にいる人々に伝えた意味を思うと、私が気軽に日本語で反論するべきではなくて。
玄蒼国語で言いたいことを言えないままでいれば、案の定クーヤくんは。
『エイガも女神の一族も〝俺ら〟の知識を甘く見てる。あんたたちでもそんな顔をするんだ。あいつらは俺の言葉が嘘じゃないことが分かるだろうから、抑止力にはなるだろ』
そんな危険なことを、事もなげに話して。
誰も、何も言わない。ミギワ様さえも、クーヤくんを止めない。クーヤくんの言葉の危険性を、誰もが見て見ぬふりをする。
だから、私が言うしか。
『……それではクーヤ様が危険です。その知識のせいで死んでしまったらどうするのですか!』
『そん時はそん時。ごめんな、フェリシアさん。俺、こうするしかもう、エイガたちを止められねぇ』
『止められない、とは』
クーヤくんの言葉に、ヴィクトルが訝しげに聞き返す。それに応えたのは、ミギワ様。
『……エイガと女神を祀る一族が全面対立するとなれば、建国以来の玄昌と蒼璃の全面対決となります。そうなれば今度こそ、国を二分する大戦となるでしょう。そうなる前に私たちは、エイガへ今回の禁術の責を問い、皇太子の座から引きずり落とすつもりです』
意思の宿った強い金の瞳が私たちをひたと見据えた。凛とした視線に、マトヴェイさんがたじろぐ。
『引きずり落とすとは……では次の皇太子には』
『クーヤだけに苦労をかけるつもりはありませんから。私が立ちます』
これは、水社の爆破を契機とした皇位継承争い。
私たちハルウェスタ王国に介入する余地はない。
ヴィクトルが思案げに一度瞑目すると、ひたりとクーヤくんを見据えて。
『コトヨリ様の亡命の件、承知いたしました。これより帰国の準備をさせていただきます』
ヴィクトルの言葉で方針が定まる。
私たちハルウェスタ王国エリシン国交樹立使節団は帰国することとなった。
【大陸戦争と神樹の神子】
公としては本名と出身地ともに不明とされ、記録には〝神樹の神子〟と記される。男性で、大陸戦争を終結させるため、旧タルフール帝国とその傘下の国々に講和を申し入れるべく奔走した。〝女神の化身〟であるクーヤの見立てでは、大陸戦争に用いられた禁術は〝神樹の神子〟の知識によるものではないか、とのこと。
#フェリシア女史死後、後世の研究者による注釈#
私は神樹の神子の研究者だ。実は先祖の手記にそれらしき記述がある。というのも、旧タルフール帝国領に接していたレルナフィン王国コルマール伯爵家初代当主トレデアの手記だ。神子の名前はルーカス。旧タルフール帝国に捕らわれた捕虜奪還作戦の際、たまたま居合わせたルーカス氏を、レルナフィン王国の騎士だったトレデアが連れ帰った。ルーカス氏を保護したことで、彼が開発に携わったという旧タルフール帝国軍が使用した兵器〝bombe〟への対抗が進む。ルーカス氏のもと各国で共同戦線を張った際、アニマソラ神樹国の介入を受けた。ルーカス氏の知識を危険視するアニマソラ神樹国だったが、まずは大陸全土を巻き込むこの戦争を終わらせるべく、ルーカス氏を神樹の神子として祀り上げることとなった。神樹の神子がルーカス氏だと気づいた旧タルフール帝国軍はルーカス氏の暗殺や奪還を狙うが、尽く失敗。ついにはルーカス氏の呼びかけにより、旧タルフール帝国軍傘下にあった属国も主国から離反した。最後、〝bombe〟により焦土と化した旧タルフール帝国領は現在、サピエンス合衆国として名を変え、知識の正しい使い方を模索する土地となった。しかしルーカス氏はこの戦争を引き起こした戦犯として、生涯アニマソラ神樹国に幽閉され、サピエンス合衆国の知識が誤った使われ方をされないか見極めることを使命とした。以降、アニマソラ神樹国では神樹の神子を擁立することが慣習となった。(神樹歴1526年、筆者はトレデアの手記写本をエリツィン伯爵家へ寄贈した。)





