116.世紀の大発見
『あの、神樹の神子様は……何を探されて……いらっしゃるのでしょうか……』
『フェリシアで良いですよ、コトヨリ様。私はヤマト古語と女神の化身について調べております』
一緒に探すと提案したからか、コトヨリ様も私が探しているものを聞いてくださった。素直に答えると、コトヨリ様が不安そうに瞳を左右に揺らす。何か言いたそうな顔。私はじっとコトヨリ様のお言葉を待つ。
『どう……して……その、それ、を……?』
『私が神樹の御子であることをご存知ならば、隠すことはございませんね。私ならヤマト古語が読めるかもしれないからです。女神の化身については、そうですね……彼らがどこから来たのかについて、興味があるからです』
そう伝えると、コトヨリ様はすっと口を真一文字に結ばれてしまった。納得してくださったのかしら。その心境は分からないけれど、コトヨリ様はよろよろと移動しはじめた。私も本を探しましょう。
ぱらぱらと本棚から本を出してはめくっていく。なるほど。本が多いと思った理由は、歴代斎宮の記録が多いからだわ。日記……というよりも、日報に近い。第三者による斎宮の記録。ただ書き手によって淡々とした事務的なものもあれば、枕草子のように情緒たっぷりと記載されているものもある。面白いわ。
どうやら本棚は年代ごとに並んでいる様子。斎宮イチダの置いてあった本棚はまだ空棚も多い。なんだったら、斎宮イチダの並びのあとにあった本を手に取ったら、案の定クーヤくんの記録だったし。
すごく読んでみたい気持ちに駆られたけれど、まるで本人のいぬ間に日記を読むような気持ちになって居心地が悪くなってしまった。本人に聞けば教えてもらえることなので、そっと本棚へと戻しておく。
私はいくつか斎宮の記録を手にとって、年越しの儀式について詳しく書かれているものを探した。けれど、年越しの儀式は神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤの中に立つ祭儀用の社の中で行われるようで、第三者によって記された記録の中に詳細は書いてなかった。
本棚ごとに適当に本を手に取って年代を遡っていく。コトヨリ様がこの部屋に探しにこられたということは、どこかに儀礼書が集まっている棚もあると思うけれど。
そう言っているうちに、初代斎宮らしき記録に当たった。玄蒼国の古語かしら。字が今よりも複雑で飾りばっている。さすがにこれは読めるかどうか怪しい。現代で使われている字に近いものも見受けられるけれど、そうじゃない字のほうが圧倒的に多い。
それならと次の棚の本へと指を伸ばす。年代ごとに並んでいるなら、たぶんこのあたりも古語の気がするけれど……あぁ、やっぱり。読めない字が多すぎた。
でも、面白いものを見つけた。
「これ、ラクヨウ氏についての記録だわ」
読めない字が多くても、ラクヨウという名前の文字は現代と変わらないまま。これは面白そう。今日のところはこれを解読してみるのも面白そうかしら。
本のあたりだけつけておいて、コトヨリ様の探している本探しは続ける。えぇと、儀礼書、儀礼書……。
『……ぁ』
『あら? 本は見つかりましたか?』
次の本棚へ移動しようとした時、ひょっこりとコトヨリ様が顔をだした。それからおどおどしながらも近づいてきて私の袖をちょんと引く。その腕には二冊の本。その一冊を私に差し出してくれた。
『これは……ヤマト古語の書ですね。ありがとうございます』
にこりと微笑めば、コトヨリ様はこくりと頷いた。衣を翻して、てってっと書庫の奥に行く。私もあとをついていくと、日当たりの良い読書スペースがあった。
コトヨリ様は書台付きの椅子に腰かけて先に本を読み始めている。カウチらしき長椅子もあったので、私はそちらで本を読むことにした。
ぺらりとめくったヤマト古語の本。中身を見て理解した。
(これ、クーヤくんの言っていた、ヤマト遺跡の礎石に刻まれていたヤマト古語の写しね。どれもかすれているみたい)
ヤマトの足跡をなぞるように、東から西へ向かう遺跡順に写しを描いてくれている様子。私は空中で指を動かした。
(画数が少ない。かなり崩されているわね。消えている文字もあるから、特定が難しい……)
何度も指を動かしてみるけれど、元の漢字の推測が難しい。同じ人が書いているもの。一つ読めれば、前後の文字の予測もたつのだけれど。
私はぺらりとページをめくっていく。比較的、原型の残っている文字があったら——
「……〝海ヲ越エ 別レヲ惜シムハ ロジェーニヤ〟?」
なんとか原型が残っている字があった。かすれている字もあるけれど、前後の文字と合わせて意味が通じる。私は震えた。ぐるぐる頭が回る。
海を越え? つまりヤマトは海を渡ったというの? ロジェーニヤって誰? ロジェーニヤ……大陸のこと? 神湖のこと? スロイスティエ・ ロジェーニヤ……ヤマトの時代には、この名前がすでにあったということ?
それに、なにより驚くのは。
「片仮名……」
私たちの時代から数えて千年以上も昔に、片仮名を書いた人がいた。
ぞわりと背筋に何かが走る。
(待って、待って待って待って!)
今、何か、とてつもないことに気がついてしまった気がする。私は今まで見つけた転生者について思いをはせた。
(日本人転生者は、私と、クーヤくん。日記を残していたベルナベウ氏。イチゴと名付けたカクーマ氏。ひな壇にイロハ唄を添えたナライン氏。そして刀を伝えたアイズミ氏……あぁ、お年玉の話もだわ)
片仮名はいつ頃から使われていただろうか。平仮名と違って、片仮名の伝来がおぼろげだ。でも、私の中にある片仮名のイメージは、昭和の、戦前くらいの。
じっと片仮名を見つめる。もし、私がイメージする時代よりもっと古い時代の文字なら、平仮名と同じく異体字がもっと多いはず。でもここにある片仮名は整然と整っている。現代仮名遣いに等しい。
「年表を……年表を作らなきゃ」
私はさっと立ち上がる。私の気配に驚いたのか、コトヨリ様が私のほうを見た。にこりと笑って退室の旨を伝えると、足早に書庫を出る。女官さんに声をかけて、あてがわれた部屋まで案内してもらう。部屋まで戻ると、私は一目散に自分の荷物へ飛びついた。
「フェリシア? 戻るのが早いじゃないか」
「少し、考えを整理したくて。机、私も使っていいですか?」
「良いけれど」
報告書を書いていたヴィクトルが、紙束を端に寄せて私のための空間を作ってくれる。私はそこにいつもの手帳と筆記用具を出すと、自分の考えと推測を綴っていく。
〝神樹歴1377年 フェリシア 平成〜令和〟
〝神樹歴1384年 クーヤ 平成〜令和〟
〝神樹歴1200年頃 ベルナベウ 昭和?〜〟
〝神樹歴1200年頃 カクーマ 昭和?〜〟
〝神樹歴不明 お年玉 〜明治?〟
〝神樹歴不明 ナライン 江戸〜明治?〟
〝神樹歴不明 アイズミ 室町〜?〟
〝神樹歴不明 ヤマト 昭和?〟
アイズミ氏とヤマト氏の正しい存命期間はあとで調べ直すとして。お年玉の話とナライン氏の時代についても詳細に調べ直したいところ。そして彼らが使った文字と伝えた文化から算出した、転生前の推定年代。
ベルナベウ氏の日記は難なく読めた。昭和以降の私とそう変わらない時代の人だった可能性が高い。
カクーマ氏は料理のレシピをたくさん残した。ケチャップやフライドポテト……私にもなじみの深い近代的食べ物。たしか、フライドポテトが加速度的に普及していったのは昭和の頃だったはず。マクドナルドが日本にフライドポテトを広く普及させたきっかけになったとテレビで見た記憶がある。ベルナベウ氏と同じく昭和以降の可能性が高い。
着目するのは、この二人は同じ時代に生きた人物だったというところ。私と、クーヤくんのように。
さらに考察を進めましょう。
お年玉の話。私が民俗学の本で読んだ記憶のある特徴的なお年玉の話は、たしか明治頃のフィールドワークがもとになっていたはず。昭和の高度経済成長期によりお年玉がお金の文化になっていた背景があるので、お年玉の話をした人物は明治くらいの時代の人物と推定。
ナライン氏はくずし字でいろは唄を残していた。ひな壇の文化自体が江戸時代に生まれたものだったはず……なので、江戸からくずし字が使われなくなっていった明治頃までの人物と予想。
そしてアイズミ氏。刀鍛冶兼定の話を思い出す。歌仙兼定の話が戦国時代の話なので、兼定派は室町後期くらいには成立してたはず。ただ、何代目の兼定かは不明。あぁ、でも待って。兼定はたしか、土方歳三の刀を打った兼定がいた。その兼定は関出身じゃなかったはず。あえて〝関〟を残すということは……初期の、室町から江戸初期くらいまでの兼定の可能性が高い?
そしてヤマト。片仮名を現代仮名遣いで遺している。文章を残す際、片仮名で文章を残すことは平成や令和では珍しい。よく見かけるこの使われ方は、戦時中や戦前の公的文書や……宮澤賢治の『雨ニモマケズ』のような詩歌とか。
(あっ……!)
詩歌で思い出す。
さっき解読したヤマト古語、季語がないけど形式は俳句と同じ五七五! これが他のヤマト古語も同じ形式なら、明治以降の時代の人で間違いない!
この中で一番時代が古いのは、間違いなくヤマト。
でも、ヤマトが昭和の人だとするなら。
「……時間が、ねじれてる」
「フェリシア?」
独り言を聞きつけたヴィクトルが顔をあげた。
私は爛々と目を輝かせる。
「ヴィクトル様。世紀の大発見をしてしまったかもしれません」
もし、私の推測が正しいのなら。
「魂は時間を超えられます!」
ヴィクトルの眉間にきゅっとしわが寄った。





