115.あぁ、愛しのTKG
拾った土器を手に第二皇子ミギワ様のお屋敷に戻ったのもつかの間。クーヤくんは年越しの儀式があるため、玄蒼国のもう一つの都・神京蒼璃に帰って行った。
年越しの儀は玄蒼国の中でも重要な年中行事。皇帝代理として皇太子を筆頭に、重鎮たちもこぞって神京蒼璃へと向かうそう。
その間、政治は完全に止まってしまうそうで、下々の者にとっては束の間の冬休み状態らしい。
そんな忙しい時に押しかけてしまった私たち使節団一行ですが、クーヤくん曰くそれも想定内のこと。むしろ「うちの年越し味わって行きなよ!」と言われ、第二皇子ミギワ様の予定に合わせて私たちも神京蒼璃へ移動した。蒸気機関車から眺めた神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤの湖面の美しさは絶景でした。
そんなわずかの旅路から一夜明けまして。
「卵かけご飯! 卵かけご飯です! ヴィクトル様、卵かけご飯です!」
「フェリシア、分かったから。お行儀よくして」
神京蒼璃にある神湖の陸社。その一画。私とヴィクトルは一行から離れ、クーヤくんの好意でこの社に滞在させてもらっていた。他の使節団の面々はミギワ様と一緒に蒼璃にある皇族用の離宮に滞在中。
そして宿泊二日目の朝、私は全力で目を輝かせたのです。
そう、目前で黄金の輝きを放つ、卵かけご飯に!
「チョコレートも感激でしたが、卵かけご飯も感動ものです。ああ、さすが日本人のソウルフード……」
「大丈夫? マトヴェイが前に食べていたとき、お腹を下していたけど」
「駄目だったときは駄目だったときです。クーヤくんのことですから、衛生方面は徹底しているでしょうし、もし私がお腹を下したときは私の胃が軟弱であるだけのことですので」
明らかに乙女として良くない会話だと思いながら、それでも私は卵かけご飯を食べることを止められない。前世では身近だった卵かけご飯。ふっくらつやつやのお米を包む黄金の輝き。そこにたらりと垂らされる至極のお醤油。あぁ、素晴らしきかなTKG。
私は満面の笑みで朝食をいただく。クーヤくんは現在、儀式前の潔斎に入っているようで、年越しの儀式が終わるまでは会えないそう。もしクーヤくんがここにいたのなら、卵かけご飯についてたくさん語り合ったのに残念です。
「それにしてもフェリシア、今日からどうするつもりだい? 年越しの儀式が終わるまで社に滞在しても、クーヤ殿には会えないんだろう?」
めざしのような小さくて細い焼き魚へ箸を伸ばしつつ、ヴィクトルが尋ねてきた。私は卵かけご飯を匙ですくいつつ答える。
「クーヤくんから書庫の入室許可をもらったので、そちらに行こうかと」
むしろそのために陸社に招いてくれたと言っても過言じゃない。クーヤくんが入室許可をくれた書庫は歴代の〝女神の化身〟についての記録が残されている書庫。そんな重要な場所に私が入っても良いのかと思ったものの、〝神樹の神子〟である私なら問題なしってクーヤくんが言っていた。クーヤくんがこの神京蒼璃で一番偉い人なので、文句を言える人もいないと思うけれど。
「ヴィクトル様はいかがしますか? 一人では退屈でしょう。使節団と合流します?」
「いや、君を一人にはしておけないから。色んな意味で」
半眼になるヴィクトル。私はしれっと卵かけご飯を口に運んだ。チョコレート騒動のせいか、ここ数日のヴィクトルの過保護が増し増しな気がしています。
ヴィクトルの小言を聞きつつ、朝食に舌鼓。すっかりお腹が満たされた頃、社の女官が私を呼びに来た。
『神樹の神子様、お迎えにあがりました。女神の化身様より、書庫へ案内するよう仰せつかっております』
『はい、私です。今、行きます』
ちなみにヴィクトルも同行して良いかと聞いたけれども、否、と断られてしまった。仕方ないのでヴィクトルは今日一日、これまでの報告書をまとめるそう。私は女官について、書庫へ向かった。
書庫に着くと、女官は戸の外で待機すると言ったので私だけが中に入る。書庫内は火気厳禁。灯りは陽光のみとのことで、日が落ちるまでなら好きに過ごして構わないそう。
さっそく私は読むべき本にあたりをつけた。片端から読んでいきたいけれど、すべてを読む時間はない。〝神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤ〟〝女神の化身〟〝ヤマト〟このあたりのことが記された本があれば良いけれど……
「……ちょっとどころか、だいぶ探しづらいわね……?」
悲しいことに、背表紙がない。手にとっても表紙にタイトルが書いていないこともしばしば。中身を見たらなんかの図面だったりもした。アルファベットの書き込みのある図面……これはクーヤくんの言っていたエノミヤさんの字?
ということはこのあたりの棚はエノミヤさんの手によるものかしら。事細かに書かれた図面が多い。一冊の本かと思ったら、折りたたまれた大判の図面だったりもする。うちの技術者が見たら垂涎ものね。
うろうろしながら棚ごとに本を開いていく。図面よりも記録が知りたい。また一冊、手に取った。
玄蒼国語の見慣れない文字列。
第百二十四代■■……何かしら。字的に神官……巫女……? それとこの字はイチダと読むのかしら?
ぺらぺらと中身へと目を通す。どうやら〝イチダ〟という女性に関する記録みたい。生まれは女神を祀る一族で……十三歳の時に陸社の〝■■〟になる。神官長のようなものかと思ったけれど、そうでもないみたい。女神のお世話をするための修行の日々……そして皇帝に見初められて身ごもり、その資格を失った……未婚の乙女であることが条件なら、この知らない文字〝■■〟は斎宮のようなものと認識すべきかしら。なるほど、この本は〝第百二十四代斎宮イチダ〟の記録ということね。読み方はあとで女官さんにでも聞いてみましょう。
記録の年を見ればずいぶんと最近のこと。十八年前の話だった。ということは、今は代替わりした斎宮がいるということ? あら? でも今の社の権力者はクーヤくんと聞いているけれど、女神の化身と斎宮は並立するものなのかしら。
そんなことを思いながら本を戻す。年代が近いということは、もしかしたらクーヤくんの記録もこの近くに——?
手近の本へと指を伸ばした時、きぃ、と蝶番の軋む音がした。衣擦れの音。誰かが書庫に入ってきた? ここに入れる人は限られていると聞いているから、もしかしてクーヤくんかも。私は本棚の影からひょっこり顔をのぞかせた。
「クーヤくん?」
『っ、っっっひぅ』
小さな悲鳴。私は驚いた。
書庫へ入ってきたのは女の子。年は十三くらいかしら。クーヤくんと同じ黒い髪に金色の瞳。行儀見習いにしてはお召し物が立派だわ。
私たちは視線をぴたりと合わせて固まった。どうしましょう、すごく怯えられている気がする。私も驚いている。ここに入ってくるのはクーヤくんくらいだろうと思っていたのに、まったく違う子だった。でも外にいるはずの女官さんが通したということは、この子も書庫に入る資格があるということ……?
とにもかくにも、このまま見つめ合っているわけにもいかない。怪しい者ではありませんと言うように、私はゆっくりと玄蒼国風の礼をとった。
『驚かせてしまい申し訳ございません。私は〝女神の化身〟であるクーヤ殿下より滞在を許可されておりますフェリシア・エリシンと申します。大変失礼ながら、御身の御名を教えてはいただけないでしょうか』
『あ……妾は……コトヨリ、と……』
怯えながらも答えてくださったコトヨリ様。怖がらせないように、にこやかに微笑みかけてみる。
『コトヨリ様はこちらに何か御用がございましたのでしょうか』
『は、はい……〝caski〟の……儀式書を……探しに……』
カスキ? の儀式書? どういったものかと尋ねれば、字を教えてくれる。さっき私が斎宮と翻訳した字だった。なるほど理解。
しかしながらどうしてそんなものを、と思って、はたと気づく。さっきのイチダさんという方の記録。十三歳で斎宮になったと書いてあった。
私はじっとコトヨリ様を見つめた。びくっと肩を震わせるコトヨリ様。カタカタと震えて、だんだんと青褪めていって。
『あ、あぅ……あぅ……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ! け、けけけしんさまが、いらっしゃるのに、ぎ、儀式を、やるなんて無礼を……っ』
『よく分かりませんが……コトヨリ様。ご心配なく。実は私、読みたい本が見つからずに困っていたところなのです。一緒に読みたい本を探しましょう』
膝を折って、コトヨリ様と視線を合わせる。コトヨリ様は何度もまばたきを繰り返すと、おずおずと問いかけられて。
『妾と……探してくださる、の……?』
『もちろんですとも。その代わり、私が読みたい本を見つけたら教えてくださいね』
にっこり微笑むとまだ緊張した様子はあったけれど、ほんの少しだけ警戒を解いてくれたようだった。それからコトヨリ様は『斎宮による年越しの儀式』と『女神の化身による年越しの儀式』について書かれているものを探していると仰った。私はそれを二つ返事で引き受けたけれど……やっぱりもしかしなくとも、コトヨリ様が当代斎宮ということでしょうか。
もし、そうだとして。
(『化身様がいらっしゃるのに儀式をやるなんて無礼』って……何か、斎宮と女神の化身との間で、確執があるのかしら?)
卵かけご飯が好きで卵が高騰しても卵だけはケチらず買っています。昔、姫路城の城下町で食べた卵かけご飯食べ放題のお店が忘れられません。





