114.土器にドキドキ
「ラクヨウと女神の化身についてもっと知りたいなら、蒼璃に行こうぜ。あっちのほうが色々資料もあるし。あぁ、でも、蒼璃に行く前にヤマト遺跡に行くか!」
そう言ったクーヤくんの提案で、私はヤマト遺跡に行くことになった。とはいえ、睡眠不足で遺跡探検はよろしくないので、そのさらに翌日のこと。
同行者は私とクーヤくん、そして私の護衛にオリガさんと、クーヤくんの護衛にカズミヤさん。この四人でヤマト遺跡へ。
ヴィクトルも行きたそうにしていたけれど、皇帝陛下との謁見前の根回しがあるとのこと。第二皇子ミギワ様と一緒に外交関係を司る長官とご挨拶があるとか。私も居たほうが良いかと思ったけれど、玄蒼国ではまだまだ政治は男のものという文化が根強いそうなので席を外すことに。その間の暇つぶしとして、皇都玄昌からほど近い場所にあるヤマト遺跡をクーヤくんが案内してくれるのです。
さっそく私たちは馬でヤマト遺跡へと向かった。私は一人で乗れないのでオリガさんと相乗りさせてもらう。クーヤくんは一人で馬を疾駆させていた。その姿が様になっていることと言ったら。男の子の成長ってすごいわ。
「ヤマト遺跡は玄蒼のあちこちに散らばっている。今日はその中でも玄昌に一番近いところだなー」
「たしかヤマト古語が残されている遺跡の総称よね、ヤマト遺跡って」
「そ。この遺跡がまぁ色々多岐に渡ってなぁ。玄昌に一番近い遺跡は醸造蔵って言われてる」
「醸造蔵!」
クーヤくんの言葉にテンションが上がってしまう。
ちなみに専門用語が交わされることも考慮して会話は日本語。護衛のオリガさんには申し訳ないけれど、どちらにせよ彼女は玄蒼国語も聞き取れないので、どっちの言語を使おうと人目をはばかる必要はないと判断した。
そうして聞こえてきた醸造蔵という単語に心が弾む。
「醸造ということは、お酒やお醤油?」
「そ。ここの遺跡は味噌だな。もっと西のほうには醤油蔵の遺跡があるし、蒼璃に近いと水田ばっかになるから酒蔵が増える」
「味噌と醤油で蔵の場所が違うの? たしか材料は同じでしょう?」
「醤油に必要な小麦の生産がそっちのほうが盛んだったぽい。米でも代用はできるから、今じゃ米麹の醤油もあるけど、ヤマトは米を使った醤油の作り方は伝えなかったっぽい」
各地域に散らばるヤマト遺跡の性格。今の話だけでも十分に面白い。生産する地域の作物によって、ヤマトは醸造の知識を伝えたということになる。
「ヤマトは玄蒼国が成立するよりも前の人でしょう? その頃はまだ国の概念もなくて、多くの集落があったと聞いているけれど」
「一番大きかった集落は蒼璃だと思う。ヤマトの痕跡が一番最初にあるのも蒼璃だしなー。そこからヤマトは西へと向かって旅しながら、道中の集落に色々と残していったっぽい」
ヤマトについてはお米や醤油について調べていた頃にたくさん資料を取り寄せた。当時、遺跡の詳細について資料から読み取れる部分は少なかったけれど、さすが現地。訪れることで初めて分かることも多いわ。
クーヤくんから話を聞きながら、心のメモにしかと書き留めていく。ふむふむ。ちなみにクーヤくん曰く、ヤマトは男性だったらしい。
「ついたぞー。正式名称は〝ヤマト・コル遺跡〟。かつてのコル族集落にあったヤマト遺跡だ」
そこは丘陵地にさしかかる場所だった。土地は広く、木々がまばらに生えている。外周には二重の石垣と堀らしきものがあって、すぐそばにある川から水が流れ込んでいる。一重目の石垣の内側には何もなく、二重目の石垣の内側も見渡す限りでは何かが残っている様子はなかった。
「広いわね」
「まー、何もないからな」
「それもあるけれど、この規模の集落だと広いほうだと思うわ。クーヤくんは吉野ケ里遺跡に行ったことある?」
一重目の石垣の入り口から、石垣沿いに半周して二重目の石垣の内側に入る。常歩でだいたい三十分ほど。簡単に計算すれば、外周は四キロメートル程度ということになる。だいたい直径で一キロメートルちょっとくらいかしら。うん、そこそこ広い。
頭の中で計算しながらクーヤくんに聞いてみれば、クーヤくんは思い出すように頭を揺らす。
「あー……吉野ケ里遺跡は行ったことないや。あれだよね、弥生時代のムラ?」
「そうそう。それじゃあ城趾とかは?」
「観光で姫路城は行ったかなー」
姫路城、良いよね。日本人なら一度くらいは拝んでおくべき白鷺城。かくいう私も、一度だけ旅行で連れて行ってもらったっけ。
そんな記憶を思い返しながら、私は馬から降りて、二重目の石垣に囲まれた場所へと降り立つ。
「吉野ケ里遺跡遺跡よりもね、姫路城のほうがすっごく広いのよ。戦国時代のお城って城下町も含むから」
クーヤくんたちも馬から降りる。オリガさんとカズミヤさんが近くに生えている木に馬を繋いでいる間も、私はクーヤくんに向けて話を続けて。
「千年以上前の遺跡って聞いていたから私、吉野ケ里遺跡とか古墳とか、ピラミッドみたいなのを想像していたのだけれど……ここはまるで城趾のようね。石垣がしっかりしているもの。この広さなら住んでいた人もかなり多いと思うわ。集落と聞いていたから、てっきり百人……多くても三百人くらいいれば良いほうかと思ったけれど、この広さなら千人くらいの規模の集落でもおかしくないかもね」
「へぇ、フェリシアさん、そういうのも分かるんだ」
「ふふ、ただの素人考えよ」
城巡りなんて、内曲輪から本丸までの距離を隅から隅まで歩こうと思ったら二時間くらい余裕でかかる。構造上、内曲輪はたいてい家臣団の住居が多いし、戦国時代の家臣団の規模を想定すれば概算でこれくらいは算出できる。ただし専門家ではないので素人目線の憶測程度ですが。
まぁ、何を言いたいかと申しますと。
「これだけの規模の集団を形成していたのなら、国が生まれてもおかしくなかったはず。玄蒼国ができるまで、国の形成はなかったのかしら」
「そのあたりの記録って玄蒼統一で全部消えちまってるんだなー、これが。あ、フェリシアさん。ほら、あそこ。あそこに石があるだろ。あのあたりが醸造蔵の跡地」
「醸造蔵!」
歴史は勝者が語るもの。玄蒼国が統一した際にそれまでの歴史が失われたというのなら、さもありなん。そんな中、こうして遺跡として形だけでも残っているのは重畳かと。
そんなことを思いながら、示された石へと駆け寄る。綺麗に整地された開けた場所。足元を眺めると大きな石が等間隔に露出している。石にはわずかに磨り減った窪みが見受けられた。礎石かしら。
「大きな建物だったのね。醸造蔵の造りは伝わっているの?」
「蒼璃に現存している酒蔵の造りから、おおよそは見当ついてる感じだなー。このあたりが入り口のはず」
「そう」
私は礎石を一個ずつ歩きながら眺める。やっぱり広い。てくてくと歩き回る。雑草があちこちに生えているせいか、少し歩きづらい。
「ねぇクーヤくん、ここの遺跡の調査ってどれくらいされているの?」
「そんなに。ヤマト古語があるから、女神を祀る一族の管轄なんだけど……読める人がいねぇし、滅んだ集落のものだから現存維持って感じ」
「読める人がいない?」
「そ。ええと、この石だったか?」
クーヤくんが礎石の一つに歩み寄る。一番奥のひと際大きな礎石。私もそちらへと近づいて。
「これ、フェリシアさんなら読める?」
「……雨風にさらされすぎてるわね」
「だろ。コレを知った時にすぐさま大陸中に人を送った。他のヤマト遺跡にも似たような字があるから、それの写しを集めさせたんだ。それも蒼璃にあるぜ」
「クーヤくん有能!」
「もっと褒めてくれ!」
胸を張ってドヤ顔するクーヤくんに拍手する。さすがクーヤくん。ぐう有能です!
「それにしても……手が入っていないってことは、出土物の調査もしていないってことかしら」
「出土物? ……あ、考古学的な?」
「そうそう」
「そっちはしてねぇと思う。女神を祀る一族がそういうのに制限かけてるから」
「暴かれたら困るものでもあるのかしらね」
それはもったいないと思う。当時を知るうえで、掘るという行為はとても大切なのです。それこそ私に考古学的知識がいっぱいあったら、スコップ片手にこのあたりの土を掘り返してみても良かったのだけれど。残念ながら、そこまでの技術も知識も持ち合わせてはおりません。あぁ、前世で考古学を専攻したかった……!
当時の情景に思いを馳せながら、あたりを散策する。広いようで狭いこの場所は、散策しているとなかなか面白い。
「あ、フェリシアさん。見てみて、野生の大豆だ!」
「あらほんと。たくましい〜」
礎石から少し離れたところに、たくさんの大豆が実っていた。ここに畑があったのかしら。それにしても生え方がまばらで、畑の規模としては小さいような。
『クーヤ様。少し離れたほうがよいかと。これは〝mazaanas〟の足跡です』
カズミヤさんがクーヤくんに何事かを進言する。マザーナス? 母なる茄子? 耳慣れない単語に、クーヤくんも渋面になる。
『マジかよ。近い?』
『今はいませんが、この足跡の様子から、縄張りなのは間違いないかと』
不穏な物言いになんとなく察する。野生の獣なのでしょうね。頭の中で四つ足歩行の茄子が爆誕した。クーヤくんの視線が私を向いたので、私はこくりと頷く。
「戻りましょう。獣がいるなら危ないもの」
「だな」
意見が一致したので、私たちは馬のある場所まで戻ることに。その途中、踏み場が悪かったのか、躓いて足をひねりかけた。
「はわっ」
「おっと。フェリシア様、急ぐ途中も足元は気をつけてください」
「ありがとう、オリガさん」
転びかけた私の腕を弾いてくれたオリガさんに感謝しながら足元を見てみる。大きな石でも踏んだのかしらと足元の草叢を見て、私はさっとしゃがんだ。
「え、わぁ、えぇ……!?」
「フェリシアさん? どしたん?」
「土器だわ! 土器片だわ! しかもなにか書いてある!」
「は?」
クーヤくんが私の手元を覗きに来る。赤茶色い大きな分厚い破片。それが地面に埋まっている。あきらかに自然物じゃない。その一部が露出していたようで、私はそれに引っかかったみたい。
「え、掘りたい。クーヤくん、掘っていい?」
「えぇー……? どうしような……カズミヤ、これ掘ってもいい?」
「そばに彼奴めはおりませんので、すぐ掘り返せば問題ないかと」
「んじゃ、掘って」
「承知」
クーヤくんの命令でカズミヤさんが手早く地面を掘る。その手際たるや。近くに転がっていた石を使ってさくさくと掘っていく。
『むむ。想定より大きな破片でございます。もう少し深く掘りましょう』
カズミヤさんがそう言いながらさらに掘る。ようやく掘り出されたのは、かなり大きな土器の破片だった。分厚いし、両手で持たないといけないくらいの大きさ。よくよく見れば、記号らしきものが薄らと書かれている。
「フェリシアさん、読める?」
「ううん……うーん……日本語じゃないと思う。あぁ、でもこれ、たぶん甕の縁かしら。なめらかになってる。円形の口だとして、その弧の上から半径をとって……」
近くに転がっていた枝を二本拾う。ドレスのリボンを一本ほどいて、枝に巻き付けた私は簡易コンパスを作ると、出土した土器の破片を元にこの土器の大きさを測って推測する。
「口の大きい甕ね。持ち運びなんてできなさそう。据え置きということは水甕かしら。あぁ、でも。味噌蔵だということはこの土器を使って味噌を発酵させていた可能性もあるのね。ということはこの描かれた文字のような模様は甕を区別するための記号とか? やだ浪漫がつまってる! クーヤくん、ここちょっと掘ってみましょう! もっと他にも面白いものが出土するかもしれないわ!」
つい高揚してクーヤくんに叫べば、クーヤくんはしきりに感心していて。
「すげぇ、懐かしいコンパス作図……義務教育で見たっきりだわ……フェリシアさんすげぇな……」
『クーヤ様、急ぎお戻りください。獣のお目覚めのようですよ』
『げぇっ! フェリシアさんごめん、掘るのはまた今度! 今は帰る!』
カズミヤさんとオリガさんがピリッとした雰囲気で私たちが去ろうとした方向へと視線を向ける。視野にはまだいないけれど、護衛さんたちは何か感じるものがあった様子。
仕方がないので、本日のヤマト遺跡探検はこれにて終了となりました。





