110.世界と時代を超えし技術者たち
蒸気機関車の旅はあっという間だった。
馬車なら一ヶ月や二ヶ月かかるような道のりを、蒸気機関車はたったの五日で走行してしまう。なんという速さ。初めて乗る使節団の面々も興奮を隠しきれない様子。特に同行した技術者たちは早く玄蒼国の技術者に会わせろとヴィクトルに詰め寄っているくらい。
そんな彼らを横目に、私は眼の前に広がる街へと視線を向けた。
玄蒼国皇都、玄昌。
ハルウェスタ王国から長い時間をかけてたどり着いた場所は、まるで日本の平城京や中国の長安を彷彿とさせるような整備された街並み。木造建築が多く、屋根は瓦が積まれていて、ハルウェスタ王国とも神樹の大陸の国々ともまったく違う異国情緒があふれている。
街の中へ飛び出していきたい気持ちをぐっと堪えて、使節団一行として姿勢を正す。とりあえず皇城へと使いをやらねば。そう思っていた矢先、私たち一行へ近づいてくる影があった。
「フェーリシーアさーん! おっひさー!」
「クーヤくん!」
不意に聞こえた日本語に、私は顔を上げる。短い黒髪を風になびかせ、金色の瞳をきらきらと輝かせながら歩いてきたのはクーヤくんだった。そばにはすまし顔のカズミヤさんもいる。私はクーヤくんに駆け寄った。
「クーヤくん、久しぶりね。あらっ、背が伸びてる! 大きくなったわねぇ」
「ふはっ、親戚のおばちゃんムーブやめてくれよー。すげぇ今成長期なんだぜ? 成長痛やばい」
「ふふっ、まだまだ大きくなるかもしれないわね」
以前、アニマソラ神樹国で会った時はまだ私のほうが高かったのに、とうとう抜かれてしまった。ヴィクトルと同じくらいの身長はあるんじゃないかしら。クーヤくんに聞いたら今十七歳らしい。すっかり声変わりして声も一段と低くなってる。成長期、恐ろしい。
せっかくの再会。前は神子騒動で大変だったから今回はゆっくりと話したいわ。
『クーヤ殿下、ご無沙汰しております』
『ヴィクトル殿も昨年ぶりだな! 今回の滞在についてなんだが、異母兄である第二皇子ミギワに一任している。これから橋渡しするから、ゆっくりしていってくれ』
にこやかにヴィクトルと挨拶するクーヤくん。使節団の前だからか、ヴィクトルもクーヤくんも公人としてやりとりをしている。お米をにぎにぎしていた少年クーヤくんの面影なんてどこにもない。成長期、恐ろしい(二回目)。
クーヤくんの案内で、私たちは玄昌の街へと入った。馬車の用意もしっかりしてあって、用意が良い。
『私たちが来ること、知っていたのですか?』
『もちろん。うちの情報網はすげぇんだぜ。カズミヤみたいな忍者がめっちゃいる』
『カズミヤさん、忍者なんですか!』
『どっちかっていうと御庭番的な? 俺のカズミヤはなんでもできるんだぜ!』
ドヤ顔するクーヤくんの横で、カズミヤさんはすまし顔で立っている。御庭番とか忍者とかのように、卒なく何でもこなせる大人の女性ってかっこいい。
カズミヤさん、かっこいいなぁと思いながら馬車へと乗りこむ。ゆっくりと進みだした馬車に、私は驚いた。揺れの衝撃がお尻に直にあたらない。小石を踏んでしまったときの、大きくぐらぐらする不安定な感覚もない!
「馬車の乗り心地が良いです……!」
「玄蒼国の技術の一つだよ。椅子の下に〝ressort helicoidal〟というものをつけているんだって」
れ、れそーる、へりこいだる……?
知らない単語が出てきて困惑する。そんな私を見て、クーヤくんがにやにやと笑って。
『なになに、馬車の話? フェリシアさんにはこっちのほうが伝わりやすいんじゃね? 〝bane〟とか〝coil〟とか』
『あぁっ! 理解しました! ええっと、あれ、なんだっけ……さす……さ……』
『〝suspension〟なー』
サスペンション! 車のバネ! そう、それだわ!
『蒸気機関車を作ったのもクーヤ殿下と聞きました! もしかして、このサスペンションもクーヤ殿下が作りましたか!?』
「フェリシアさんに敬称つけられるとちょっと違和感しかねぇなー。馬車の中だし、日本語でもいい?」
突然スンッとなったクーヤくんが日本語で話し始める。私は笑ってしまった。
「慣れてくださいませ、クーヤ殿下」
「ひぃっ、やだむり! フェリシアさん、からかわないでくれよもー!」
「ふふっ。でも日本語だと、カズミヤさんやヴィクトルも会話が……」
「クーヤ様の御庭番ことカズミヤめはクーヤ様がお生まれになる前からお迎えしておりますので、日本語ことヤマト古語も当然完璧です」
「ぼく、少しだけ」
日本語が堪能なカズミヤさんと、最近日本語を学び始めたヴィクトルが会話に混ざってくる。片言だけどヴィクトルは単語を少しくらいなら聞き取れるみたい。さすがは言語の魔術師なんてあだ名をつけられるくらいのマルチリンガルです。
それなら、とお言葉に甘えて私は日本語で会話を続けた。
「話を戻すけれど、クーヤくんがサスペンションを開発したの?」
「いーや、そっちは百年くらい前にすでに開発されてたかな。〝エノミヤの車輪〟に聞き覚えは?」
にんまり笑うクーヤくん。私は一瞬だけ疑問符を浮かべて……それからハッと思い出した。
「お手紙に書いてくれていたよね。たしか、そう! 私、〝刀工アイズミ〟を見つけたのよ! 彼女、転生者だったの! そうよ、だから……あぁっ! エノミヤ! エノミヤって人がサスペンションを考えたの!?」
「せーいかーい!」
興奮する私と、したり顔のクーヤくん。私たちはきゃー、と騒ぎ立てる。
「それじゃあ、クーヤくんがお手紙に書いてくれたあの人たちは皆、転生者なのね!」
「おう! 〝女神の化身〟として推定されているやつ……つまり転生者っぽいやつらだ!」
やっぱり!
突然見つかった転生者の痕跡に私は笑顔になる。〝エノミヤの車輪〟はつまり、エノミヤという人物が、サスペンションを発明して馬車に革命を起こしたということね!
「ちなみにフェリシアさん、面白いこと教えてあげよっか」
「なになに、なにかしら」
「蒸気機関車なんだけどさ、実は俺だけで開発したわけじゃないんだよ。〝レイウェイ・トレビシック〟……線路を百年かけて敷いたゴレンっていう人が九百年前にいたんだけど、その人が蒸気機関車の設計図を書いてくれていたんだ。でも当時は蒸気機関車を作っても、運行できるほどの燃料の確保ができなかったから頓挫したらしい」
理解した。線路だけ敷いて、長いこと蒸気機関車がなかったのは不自然なことだと感じていたけれど。当時は石炭や石油のような効率のよい燃料がなかったのかもしれない。それじゃあせっかく蒸気機関車を作っても無駄になりそう。
それでもゴレン氏は蒸気機関車で大陸横断させる夢を諦めなかった。彼の死後も線路を敷く事業は続けられて、今は遺構〝レイウェイ・トレビシック〟として残っているのね。
「でもな、ゴレン氏の蒸気機関車には欠陥があった。動力源の設計だけで、車体の設計は適当だったんだよな。それにメスを入れたのがエノミヤ氏。ゴレン氏の設計図を見て、足りないところを補完してくれた」
「ゴレンさんと同じで、エノミヤさんも技術者だったのかしら」
「かもなー。歴代〝女神の化身〟の遺したものをいくつか、実現一歩手前くらいまでに整備してくれてたんだよ。それを使って実現したのが俺ってわけ」
すごい。ということは蒸気機関車だけで、時代を超えた三人の転生者が関わっているということ。何という浪漫かしら。わくわくが止まらないわ!
「ということは、クーヤくんはゴレンさんとエノミヤさんについて詳しいのね」
「そうだなー。二人とも、女神の化身として国に保護されてたから、色々と記録が残ってるぜ」
「ぜひ知りたいわ!」
前のめりで聞けば、クーヤくんも「フェリシアさんならそう言うと思ったぜ!」と笑ってくれる。
滞在期間中に、他の女神の化身についても色々と教えてくれるそうなので、今から楽しみだわ。
【大陸横断の技術者】
九百年ほど前の女神の化身、ゴレン。男性で、昔から手先が器用だった人らしい。蒸気機関車を含め何枚もの設計図が残っているが、当時の技術力では実現不可能なものだった。唯一実現できたのは、線路を敷くこと。鍛冶師の友人と共に、最初は自分の村から隣町へ線路を引いた。推定中東アジアかインド人? 設計図を見せてもらったところ、英語らしき筆記体の中にアラブ文字だかヒンディー語の文字だか、分からないけれどそれっほい文字が所々に書いてあった。
【秘匿された技術者】
百年ほど前の女神の化身、エノミヤ。女性で、神京蒼璃にある〝女神を祀る一族〟の出自。ゴレンと同じ技術者だったようで、彼の遺した設計図とは別で使いやすいように翻訳した設計図が残されている。エノミヤの前世はフランス人男性で、カミーユ・ダリエと言うらしい。西暦1788年生まれ。六十歳近くまで生きていた記憶があったらしい。馬車に流用されたサスペンションなどはエノミヤによる提案から始まったらしい。そういったささやかで暮らしやすくなる技術の提案が多かったようだ。





