108.はじまりの刀工
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刃物屋からの帰り道、行きと違って私は落ち込んだ。宿に戻ってからも悶々として、ベッドに腰掛けメモを眺めては行き場のない気持ちがとぐろを巻く。
兼定は、兼定で合っていると思う。おそらくアイズミ氏の前世は日本の刀鍛冶。それも兼定派に属する人か〝兼定〟を継承した人だったんだと思う。……ううん、〝兼定〟の銘を贈ったのなら〝兼定〟を継承した人だった可能性のほうが高いかも。私は兼定の刀を鑑定できるわけじゃないから、ただの推測にしかならないけれど。そうだったら良いな、という希望的観測。
でも、これだけは分かる。
アイズミ氏は転生したことで、前世で培った刀鍛冶としての能力が十全に発揮できなかった。
刀鍛冶としての能力が発揮できなかった理由は……女性に転生したから。
(マキシとは反対ね)
かつてヘルマプロディートスで女性用の下着やドレスを作っていたマキシは、前世が女性で生まれ変わったら男性だった。そのせいで男性にもなりきれず、かといって女性としても生きられず。そんな葛藤を抱えながら生きていた。
それと同じことがきっと、アイズミ氏の身にも起きていたんだとしたら。
(アイズミ氏が死に際に残した詩は辞世の句だわ。彼女は女性として悔いはないと歌いながら、男性として再び刀を打ちたいと強く望んめいた……)
兼定だ、兼定だ、とはしゃいでいた自分に自己嫌悪。アイズミ氏がどんな思いで兼定の名を譲ったのかを考えると、自分の言動が信じられないくらい軽いものに感じてしまう。
「フェリシア」
「……」
「フェリシア」
「っ、はいっ?」
急に声をかけられてびっくりしてしまう。顔を上げれば、ヴィクトルが心配そうな表情で私の顔をのぞき込んでいた。
「フェリシア。ずっと上の空だね。せっかく話を聞けたのに嬉しくなさそうだ。あの店主の話は、転生者の話ではなかったのかい」
ヴィクトルの言う通り、今の私はアイズミ氏の話が聞けたのにちっとも嬉しくない。お話を聞くだけでトントン拍子に手に入った転生者の足跡なのに、私はなんだか神様に裏切られたような気持ちになってしまった。
でも、だめね。せっかくヴィクトルが私の我が儘に付き合ってくれたのに、辛気臭い顔をしてしまったら。私は笑ってみせた。
「ちゃんと転生者でしたよ。ただ兼定本人ではなく、アイズミ氏が、ですが」
「やっぱり。カタナとタマハガネをもたらしたからかい? 君が反応していたカネサダの名前も、アイズミ氏が決めたようだし」
「そうですね、その通りです」
「それじゃあどうしてそんな顔をするんだい」
そんな顔?
私はちゃんと笑っていると思う。ヴィクトルに心配をかけたくなくて、ちゃんと表情を取り繕えていると思う。これでも貴族なので、猫をかぶって本心を隠すのはお手の物。
だけどヴィクトルは、私以上に私のことをよく見ているようで。
「君は、何を悲しんでいるんだ」
悲しんでいる。
私はびっくりした。
私は、悲しんでいたの?
落ち込んでいる自覚はあったけれど、悲しんでいると言われて驚いた。でもヴィクトルにそう言われて、なんとなく腑に落ちる。
(私、悲しかったんだ……)
無責任に期待してしまった自分の過ちを落ち込んでいるだけじゃない。アイズミ氏のままならない人生を思って悲しくなったの。
肩から力が抜ける。
「ヴィクトル様はなんでもお見通しですね」
「フェリシアが分かりやすいのさ」
「そうでしょうか」
貴族として表情を取り繕うのは得意だと思っていた自分が恥ずかしい。ヴィクトルには敵いません。
「それで? あれだけごねて聞き出したんだ。アイズミ氏が転生者だと分かって喜ぶのは分かるけれど、いつもと反応が違うじゃないか」
ヴィクトルの言い方がひどい。私は落ち込んでいるので、もう少し優しい言い方をしてくれても良いんですよ……?
とはいえ、ヴィクトルの言うことはごもっとも。メモを傍らに置きながらら、私は素直に白状する。
「アイズミ氏が残した詩ですが、あれはおそらく辞世の句です。かつて日本には、死に際にこの世への別れや死への覚悟を詩にする文化がありました。アイズミ氏が遺した辞世の句の意味を思うと、あまりにも悲しく思うのです」
刃物屋の店主は〝ヤマト古語〟と言っていたけれど、それは紛れもない日本語だった。古語というくらいだから、メジャーではないんだろうけれど、玄蒼国には一部、日本語が伝わっているのかもしれない。
ヴィクトルが相槌を打ちながら、私の隣にそっと腰を下ろす。
「少しだけ聞き取れたけれど、あの詩は花を歌ったものだろう?」
それがどうして悲しいのかと言うヴィクトルに、私はアイズミ氏の辞世の句の直訳を伝えた。その上で、花が女性としての隠喩であることも伝えて。
——花のごとき女として生まれ死んでいくことに後悔はない。けれどもやはり、鎚を持って刀を打つ男に再び生まれ変わりたい。
「アイズミ氏は一度だけ刀を打ち、二度と刀を打つことはなかった。けれどアイズミ氏は死の間際に願ったんです。再び刀を打ちたいと。アイズミ氏は刀を打つことのできない葛藤を抱えて生きていたらと思うと、悲しくて」
「それは……仕方のないことだ。話を聞くだけでも、刀を打つのは重労働のようだし……非力な女性では荷が重い」
分かっている。それくらい分かっている。アイズミ氏もそれを痛感したんだと思う。だから二度と刀を打たなかった。打てなかった。
でもそれが、どんなに悲しいことか。
かつて息を吸うようにできていたことができなくなってしまう。人生を賭して手に入れたものがあっけなく失われてしまう。それはとても悲しくて……とても恐ろしくて。
「ヴィクトル様は自分らしさとはなんだと思いますか」
「自分らしさ? 僕の場合は……そうだな、外交官として働くことだろうか。言語を学び、実践する。それは僕らしいことだと思うよ」
「たしかに。ヴィクトル様はそうですね」
ちょっとだけ笑ってしまった。言語の習得と実践。それがヴィクトルらしさ。ヴィクトルからなくしてしまったら、ヴィクトルではなくなってしまうもの。
私はヴィクトルを見た。アッシュグレーの猫毛と菫色の瞳。ヴィクトルの色。彼からこの色をとっても、言語の習得と実践を繰り返す姿を見たら、彼はヴィクトルだと分かる気がする。
「ヴィクトル様。前に咲千だった私が、今の私に繋がっているって言ってくれたじゃないですか。それが〝私らしさ〟を作っているのなら……刀鍛冶だった前世を持つアイズミ氏は自分らしく生きられたのでしょうか」
もしアイズミ氏のアイデンティティが刀鍛冶であることだとしたら。悔いはないと歌ったそのあとで、もう一度男になりたいと歌ったのは。
「彼女は本当に悔いがなかったんでしょうか。幸せになれたのでしょうか」
それがずっと、胸の中に渦巻いている。兼定の名前を遺したあなたは、何を思っていたのだろう。
ぼんやりとヴィクトルの瞳を見つめていると、そっと視界が陰った。温かなぬくもりが私の身体を包む。
「死に際に嘘をつく意味がない。きっと悔いなく生きたんだと思うよ。君だって今も昔もフェリシアだ。君はずっと君のままだよ」
ヴィクトルが私を抱きしめている。
私はこてんとヴィクトルの胸へと頭を預けた。
「その私の中に、咲千はいます?」
「もちろんだとも。君のことは僕が遺すと約束したからね」
繰り返される約束の言葉に、私は安堵する。今では転生者リストを作ろうと決起したことが、咲千でありフェリシアである〝私らしさ〟になった気がするの。
迷子になりそうな時はこうやってヴィクトルが私の手を引いてくれる。この人と出会えることができて、私は良かった。
私にとってのヴィクトルが、アイズミ氏も……それこそ〝異世界の兼定〟がそういう存在であったらいいと思う。
「ところでフェリシア」
「……はぁい」
「今回、すごくカネサダについて詳しかったけど、どうしてサチはそれを知ったんだい?」
私はちらりとヴィクトルを上目遣いに見た。抱きしめられているから距離が近い。最近は慣れてきたこの距離感だけれど、じぃっと見つめられるとちょっと照れくさい。
「趣味です」
「どういう趣味……?」
どんなと言われましても……?
「歴史が好きだった話しは前にもしましたよね。その流れで歴史の人物の逸話を知るのも好きで。ある時、刀の鑑賞が流行したことがありまして。その時に刀の逸話をたくさん知りました」
刀の逸話はユニークなものがたくさんあった。兼定もそのうちの一つ。
「歌仙兼定という刀があるんですけどね。とある領主が兼定の刀を使って、三十六人の家臣を手打ちにしたんです。日本には三十六歌仙という三十六人の詩の名手がいるんですけど、それにちなんで〝歌仙〟の称号が与えられました。風流といえば良いのか、血腥いといえば良いのか。この絶妙な命名センスが面白いですよね」
なお、この兼定の刀というのが二代目関兼定なんですけどね。あらまぁ関の鍛冶師じゃないと思ったんですよ。広い意味合いでいえば、同郷というか、故郷みたいな括りになる地域だったので。それで興味が出て兼定について調べました。
話しているうちにだんだんとヴィクトルの表情が引きつっていった。どうしたのかしら。
「ヴィクトル様? どうしましたか?」
「なんというか……ニホンという国は恐ろしい国だな、と」
「よく言われます」
「よく言われるのかい!?」
ヴィクトルは日本をなんだと思っているのか。現代こそ日本はサブカルチャー大国でエンターテイメントな国だけれど、ひと昔前は二十四時間戦えるジャパニーズビジネスマンがはびこり、そのさらに前は欲しがりません勝つまではだったし、さらにさらにその前は切腹が美徳の時代だってあった。海外における日本人の印象はずっとバーサーカーだったと思う。
日本の恐ろしさに唖然としたヴィクトルは私から身体を離すと疲れたようにぽふりとベッドに寝転がった。
「まぁ、ニホンのことは置いておくけど……フェリシアは本当に咲千の頃からこうだったんだなと思ったよ」
「そうですか?」
「刀の逸話にしろ、歴史人物の逸話にしろ。転生者探しと全く同じことをしていたじゃないか」
ヴィクトルの言葉に面食らう。
そう言われれば確かにそうだわ。
改めて指摘されるとなんだかむず痒い気持ちになった。私、咲千の頃から変わっていないんだ。ずっと同じことをしていたのね。
私もごろりとヴィクトルの隣に寝そべった。くすくすと笑いが止まらない。重たかった気持ちもいつの間にか軽くなっていた。
【はじまりの刀工】
玄蒼国に玉鋼と刀をもたらした女性、アイズミ。鍛冶師の娘として生まれ、父の背を見て育つ。日本人。アイズミ氏が認めた人物に〝関守兼定〟の銘を与えたことから、関兼定を継承した人物と推測する。ただし関兼定であるならば〝兼定〟ではなく〝関守兼定〟と銘を切らせたことが気になるところ。玄蒼国に関国はないのに受領名をでっちあげて切らせたのは何故だろうか。辞世の句では女性として生きたことに悔いはないと歌いつつ、もう一度刀を打つことを願っていた。もしアイズミ氏が関出身者であるなら、ウミアユを名付けたのも彼女である可能性が高い。





