107.異世界の兼定
宿に戻った私は切々とヴィクトルに関鍛冶について語った。と言っても、私も趣味が高じただけの人間だったので、専門家ほど語れるものはないのですが。
まず、日本では刃物の町として有名な〝関〟という地域があること。なぜ刃物の町として有名かといえば〝関鍛冶〟と呼ばれる有名な刀鍛冶の派閥を形成している地域であること。その関鍛冶の中に兼定と呼ばれる有名な刀工がいたことを話した。
そもそもなぜ私がこんなに刀剣に詳しいかと言いますと、平成の終わり頃にとあるゲームによって、刀剣ブームが到来したんですよ。歴史が好きだった私もそれに便乗した一人だったんですよ。寺社巡りをしていると、宝物殿で刀剣のコラボ展示をしている神社や御神刀として祀られている刀のコラボ等で沸き立っている寺院もあったんです。そこから興味を持ってゲームをしてみたり、刀について調べたりしたのです。
私は一晩中ヴィクトルに語った。朝起きてもその熱は冷めやらず、机に向かって転生者リスト用のメモを綴って考察を進めた。でも、どこまでいっても所詮は机上の空論。実際に確かめなくてはと、私は宿を飛び出した。
「というわけで、本当に本当の関鍛冶兼定由来の刀ならばそれはそれはとんでもない異世界転生だと思うのですよ。私が今まで見つけてきた転生者のなかで断トツ一位のチートスキル持ちと言いますか。分かりやすいくらいに分かりやすいかっこいい異世界転生だと思うんです」
「分かったから、フェリシア。もうちょっと自重しよう。ニホンゴ混じりでよく分からない単語が多すぎる」
部屋を飛び出した私を追いかけてきたヴィクトルにこの興奮を理解してもらえないのがつらい。だって刀鍛冶ですよ。かっこいいんですよ。しかもそれが日本の転生者とか!
「ヴィクトル様はどうしたらこの熱量が伝わってくれるんですかぁ……! 良いですか、刀派にも色々あるんです。もっぱら有名なのは妖刀伝説の村正派とかですけど、三大刀工といえば粟田口吉光、正宗、郷義弘ですし、天下五剣で言えば三条宗近とかマストですし、」
「そろそろ落ち着かないとまた舌を噛むよ」
「ふぐぅ……! いやそも、刀工の中で関鍛冶の兼定をチョイスされるなんて思わなかったんですよ? もし神様なんてものがいらっしゃって私たちを転生させているのだとしたら、そのチョイスがあまりにも絶妙すぎて私は神様に拍手を送りたいんです! 数いる名工や五箇伝の中から関鍛冶をチョイスしてくださったなんてもう、」
「はいはい。着いたよ、フェリシア」
熱をこめて話す私の手を引いていたヴィクトルが足を止める。昨夜からずっとうるさい私を黙らせるためにヴィクトルが連れてきてくれたのは、昨日訪れた包丁のお店。私は勢いよく店へと踏みこんだ。
『おはようございます! お話を聞きに来ました!』
『朝からそうましい……って、昨日の姉さんか。なんや、刀を買いに来てくれたんかい』
『買いたいと思うのですが、お値段次第です。ただその前にお話を聞きたいんです。昨日は聞けなかった兼定のお話です!』
ぐいぐいと店主さんに詰め寄る。ヴィクトルに抑えられているから膝を詰めてお話することはできないのが悔しい。
「フェリシア、店主が引いているから落ち着きなさい」
ヴィクトルになだめられるものの、私は一歩も引きません。ここで兼定の話が聞けなかったら、次いつ聞けるか分からないんだもの!
『おぅおぅ……話くらいならしてやるが……まぁ、でもここも店やしなぁ。無理に高いもんとは言わんが、これぐらい買うてくれんかね』
店主がいそいそと取り出したのは一本の懐刀だった。すらりと鞘から抜かれた刃は、昨日オリガさんが試し切りした刀と寸分たがわない美しさを持っている。
『昨日見せた当代関守兼定の作ではないが、弟子の作だ。その弟子というのが俺の弟でな。話の種がてら買ってやってくれ』
さすがにただではお話は聞けないみたい。私はようやく頭が冷えてきた。ごくりと喉を鳴らす。
『お値段はいくらです……?』
『金三両』
「ヴィクトル様、今からちょっと私のドレスを一着売ってきます」
「いい加減にして」
にっこりとヴィクトルに微笑まれた。待って、目が笑っていない。でも、だってぇ、ドレス一着売れば懐刀と兼定のお話が手に入るってぇ……!
「だってお話を聞きたいんです! 兼定のお話は私の転生者リストに絶対書きたいのです! お話を聞ける機会があるのなら、ドレスを売ってでも聞いてみなければ!」
「オリガ嬢、ちょっとフェリシアを連れて宿へ戻ってくれる?」
「あ、ハイ」
やー! 待って待って待って!? オリガさんによって強制退場させられちゃう! えっ、えっ、どうしよう……!
考えて、考えるのです私。どうしたらヴィクトルの目をかいくぐってお話を聞けるのか……! はっ。
私は耳につけていた一揃いのイヤリングとネックレスを外す。それをサッとカウンターに置いた。
『足せば金貨一枚になるはずです。残りは明日持ってきますので、お話だけでも』
「フェリシア!」
ヴィクトルが怒ってる! でも私はどうしてもお話を聞きたいの……!
てこでも動かない私と、魔王のごとく威圧感を放ってくるヴィクトル。店主は私たちを交互に見やると、呆れたように懐刀を引っこめた。
『ったく、おそがいな……こんなんで喧嘩せんでもええやらぁ。ほれ、これも返す。客が来るまでええなら、話しちゃる』
『えっ、そんな、でもっ』
『そうましいのは嫌いだ。話をするか、今すぐ出ていくかどっちかにしろ』
『話をします! 関守兼定について聞きたいです!』
『えか』
店主が話してくれる体勢になってくれた。私は大喜びでカウンターに張りついてメモの用意をする。ヴィクトルは疲れたように深くため息をついて、私のすぐ後ろに立つ。
『さて、何を聞きたい』
『まずは関守兼定について。関とは玄蒼国の地名でしょうか。それと初代兼定について分かる限りのことを』
『ふむ……それならまずは、刀の祖について話すべきか』
そうひとりごちて、店主は語りだす。
そも、この地に刀をもたらしたのは一人の女人だった。女の名はアイズミ。鍛冶屋の娘として生まれた。アイズミは父の咎めを破っては鍛冶場に出入りし、その様子を見つめていたという。
そんなアイズミがある日突然、一振りの美しい剣を生み出した。それはそれは美しい剣を。父たちの作るものは鎌や鍬、包丁、鍋などのちょっとしたものばかり。たとえ見様見真似でしたとしても、同じ鉄で作ったものがこんなにも美しい鏡面のようになるわけがない。父がアイズミを問い詰めたところ、鉄ではなく〝玉鋼〟を使い〝刀〟を打ったと答えたという。
父はアイズミにもっと〝刀〟を作るように命じた。けれどアイズミは二度と〝刀〟を打たなかった。その代わりに、父やその弟子に〝玉鋼〟の精錬方法と〝刀〟の鍛え方を伝えた。父たちはこぞって刀を鍛えたが、アイズミのような美しい刀を打つことはできなかった。それでも鉄製の刃物より切れ味は良く、狩人や武人たちの知るところとなった。
そんなある日のこと、アイズミの刀を越える美しい刀を鍛えた若者がいた。無心で鍛えた若者の刀は雑念のない、しなやかでまっすぐな美しさがあった。アイズミは若者に銘を打つように伝えた。銘のなんたるかを知らない若者に、アイズミは自分の名を刀に彫ることを教えた。しかし若者は自分の名を彫るなど恐れ多いと言った。それならばとアイズミは若者に刀工としての名を与えた。
それが〝関守兼定〟。
以後、その名は継承され続け、今に至る。
「まさかのアイズミさん!」
私は顔を手で覆って天を仰いだ。見覚えのあるアイズミさんの名前。ばっちり私のメモにも書いてある。刀工アイズミ。クーヤくんが婚約祝いに教えてくれた名前の一つ!
ここで繋がるなんて。つまり、アイズミさんが兼定ってこと? 刀や玉鋼について詳しくて、自ら刀を鍛えることができて……それなのに、一度だけ刀を打って二度と自分で打つことはなかった? 名前だけを継がせて。
『どうしてアイズミは自分で刀を打つことをやめてしまったのですか?』
『女人の身では思うように鎚を振れんかったらしい。どんなに身体を鍛えても、理想の刀を打つための力が女人と男では全く違うらしい』
『……それは、アイズミの言葉ですか?』
『そう聞いとる。あぁ、そうだ。アイズミといえば面白い言葉が残っとる』
『面白い言葉、ですか?』
『あぁ。死に際に残した詩があるんだがな。なんだったか……あぁ、そうや』
店主は少し記憶を探るような素振りを見せると、思い出したように詩を歌う。
——花と咲き、花と散る世に、悔いはなし
——願わくはまた、鎚持つ男に
詩が耳を通り、言葉が胸へと届く。
その意味を理解した時、呼吸が止まりそうになった。
『ヤマト古語を知っとるか? 玄蒼の古語の一つなんだが、そのヤマト古語で歌った詩だ。もう一度男になって刀を打ちたい、という意味なんだがな。アイズミは女人ゆえにこの歌の意味が通らん。刀鍛冶に伝わる謎の一つだな』
どうだ、面白いだろうという店主に、私は泣きそうになった。
あぁ、ここにも。
ここにも、転生の苦悩を持つ人がいたんだ。
私はメモを閉じると、せいいっぱいの笑顔を浮かべて、店主にお礼の言葉を伝えた。





