106.刀love-とうらぶ-
編纂者の特設サイトがオープンしました! また発売に先立ちまして、推薦コメントをいただいております。詳細は活動報告にて。
航海は順調に進み、私は神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤの大陸へと降り立った。
神湖の大陸は大陸統一を果たした玄蒼国一つで構成されている。そのせいか、これまで立ち寄った港と雰囲気が一転して閉鎖的な雰囲気が強く感じられた。黒髪が多くて、金髪や茶髪など薄い髪色の多い神樹ゴドーヴィエ・コリツァの大陸とは違いを感じる。外部に対して比較的友好的な港周辺地域でこれだから、内陸方面はもっと好奇な目で見られそう。
「あっ、ヴィクトル様! お刺身! お刺身!」
「言うと思ったよ。夕食まで我慢して」
玄蒼国は刺身の文化がある! ヴィクトルの出張報告書で生魚を食べる文化があることを知っていたから、期待大だったのです。新鮮なお刺身を、刺身醤油で……あぁ、考えるだけでよだれが出そう。
「フェリシア、僕はジョウキキカンシャの手配をしてくるよ」
「私も行きます」
「いや、君はこっちで待機しておいて。案内人に頼んで宿の手配をしてもらっているから」
言いながら、ヴィクトルの視線がマトヴェイさんのほうに向かう。今日は風が強かったようで、着港するまで船の揺れがすごかった。それがマトヴェイさんの船酔いに追い打ちをかけてしまったようで、木箱をベッドにぐったりしている。しばらくは起き上がるのも無理そうね。
ヴィクトルが言いたいことを理解して私はこっくり頷いた。蒸気機関車の手配をしに行くヴィクトルを見送る。私は宿の手配が終わるまで船着場の近くで待機。思ったより早く案内人が戻ってきた。一行を連れて宿へと向かう。従者たちが荷物を運んでいる間、私は邪魔にならないようにヴィクトルへ宿の場所を伝えに行こうかしら。
オリガさんを連れて蒸気機関車の駅へ向けて繰り出した。ついでにちょっと気になることもあるので、通り道にあるお店にも寄ってみたい。むしろ寄りましょう。
「あっ、オリガさん! あそこです! あれ、あれ!」
さっそく商店街のような通りでお目当てのものを見つけた。鈍く銀に輝く、鋭い——包丁!
店先に並べられた数振りの包丁を眺める。普段見ているナイフと違って、銀色の輝きに波打つ刃文といったら。すごく綺麗。
「オリガさん、オリガさん。見て頂戴。この包丁、とっても綺麗ねぇ」
「えっ、これ包丁なんですか? 私の剣より切れそうですけど」
「玄蒼国の刃物は玉鋼と呼ばれる特殊な合金からできているのよ。鉄製のハルウェスタの剣と比較したら切れ味が違うと思うわ」
「そんなに違うんです?」
「ふふ、試し切りさせてもらえるか聞いてみましょうか」
店の奥にいた店主に交渉して、試し切りができるか尋ねてみる。店主はオリガさんの腰に佩いている剣にちらりと視線を向けたあと、店の奥に引っ込んだ。それから一本の刀を持ち出してきて。
私はぎょっとする。
『すみません。包丁を試させてほしいのですが』
『そっちの姉さんならこっちのほうがええやろが』
ついでにこっちに来いと視線を送られる。店の奥に誘われて行くと、店の裏手に試し切り用の巻藁が置かれていた。ここ、包丁のお店じゃなかったの……?
『店先には包丁しか置いとらんが、本命はこっちや。ほれ、切ってみや』
「オリガさん、あれを切って良いそうです」
「えっ、良いんですか」
オリガさんの目がきらりと輝く。店主から受け取った刀を鞘からすらりと抜くと、感嘆の声を漏らした。
「こりゃすごい。細身に見えるのにしっかり重さもある。ああ、でも片刃なのか」
何度か素振りをしたオリガさんは巻藁の正面に立つ。両手で刀を構えると、スパンと巻藁を一閃。するりと綺麗な断面図を見せて、真っ二つになった巻藁は地面へと転がった。
『良い腕をしているなぁ。やが姉さんにはちぃとばかし重いかね。注文してくれたら、姉さんに合う刀を作ってやるよ』
『ごめんなさい! 刀を買うためのお金はないです……っ!』
『なんでぇ。〝seki〟の〝kanesada〟といやぁ、玄蒼で最も古い刀鍛冶やのに』
へぇ、セキのカネサダですか。
異世界にも刀派みたいなものがあるのね——
「はうぇ!?」
「フェリシア様?」
思わず変な声が出てしまった。私は慌ててオリガに駆け寄り、鞘に戻された刀を抜く……のを、危ないからと止められてしまった。
「やっ、待って、オリガさん! 刀抜いて! 銘! 銘が見たいです!」
「メイですか? メイってなんです?」
やー! 銘の無い文化! 伝わらない!
私は鞘ごと奪って、ダメ元で店主に駆け寄る。
「銘! 銘を見たいです! 銘を見せてください!」
『そうましい。なんだ? 銘が見てぇのか』
『ハイ、ソウデス!』
興奮しすぎて玄蒼国語がふっとんだ。それでも銘が見たいことは伝わったようで、店主は店の中へと戻って刀の柄を外して茎を見せてくれた。
そこには文字が刻まれていた。
——関守兼定
少し字が崩れているけれど、くっきりと書かれているのは日本語だった。せきのかみかねさだ、かしら。名前とともに受領名が切られている。そういえばさっき、店主が「セキのカネサダ」と言っていたものね。
ねぇ、待って?
関は関? 関の兼定?
ねぇ、まさか、ねぇ!?
「まさか、まさかまさか、まさか関鍛冶の転生者がいたというの……!?」
「フェリシア様? どうしました?」
「オリガさんどうしましょう関鍛冶がいる! 名匠と言われた関鍛冶がこの土地にいたというの!? 世界を隔ててこの地に関鍛冶が……!? あっ、待って、関ってことは長良川!? 鵜飼! まさかウミアユの命名者も……!? あっ、はぁん……」
「フェリシア様!?」
興奮しすぎて視界がぐるっとまわる。貧血でしょうか。傾いた身体をオリガさんが慌てて受け止めてくれた。
『おいおい、大丈夫か』
『だいじょうぶれす、それより、それより。兼定のお話を、どうか、どうか……』
「フェリシア様、お加減がよくないなら帰りましょう。背負いますよ」
「やだ……待って、関鍛冶が……関鍛冶がここに……」
「帰りましょう」
オリガさんに強い口調で言われてしまう。興奮しすぎて気持ち悪くなってしまった私はこっくり頷いた。
『ごめんなさい。今日は帰ります。しかし、また会いましょう。私は兼定の話を聞きたいです』
『お、おう。えらいならゆっくり休みやぁ』
ちょっと息も絶え絶えだったせいで、怪しげな玄蒼国語になってしまう。それでも話は通じたのか、私を背負ったオリガが帰りやすいように店主がお店の扉を開いてくれた。
「あぁ、関鍛冶……関鍛冶がいるのすごすぎる異世界……」
「言っていることの半分も分かりませんけど。いったん宿に戻るんで、ゆっくり休んでください」
「はっ、駄目よ! ヴィクトル様に宿の場所を伝えなきゃ……!」
「僕がなんだって」
背後からヴィクトルの声がした。振り向くとちょっと息の弾んだヴィクトルと、その護衛騎士がいる。ヴィクトルはオリガさんに背負われた私を見ると心配そうな表情になって。
「フェリシア、どうしたんだい? 体調が悪くなったのかい?」
「あ、いえ、ごくごく一過性のものです。オリガさん、めまいが治まったので降ろしてください」
「本当ですぅ?」
「本当ですから」
胡乱な表情になりながらも、オリガさんは私を背中から降ろしてくた。二本の足で大地を踏みしめるということ。これがどれほど尊いことか。
ヴィクトルと並んで一緒に宿まで歩く。その道中で私は今見てきたものを話した。まずは刀について。そして関守兼定と日本語で銘を切られていたこと。そして祖はなんと関鍛冶の兼定かもしれないということ。
「ヴィクトル様、とんでもない転生者がいました。すごいです。あの関鍛冶の兼定がここにいたかもしれないんです……!」
「ちょっとよく分からないのだけれど、そんなにすごい人だったのかい」
「だって刀工ですよぅ! 強さだけではなく美しさも兼ね備えたものとして、日本の刀は美術品としての価値もすこぶる高かったのです! さらに刀は千年も二千年も残る! 平安時代の刀が国宝として残っていたり、御物として献上されていたり、さらに伝来によっては付加価値がつく! それを作り出すのが刀工たちです! しかも刀は一人では作れません! 刀身を鍛える刀鍛冶を筆頭にトギ、ん゛っ」
「フェリシア? フェリシア!?」
興奮しすぎて舌を噛みました。あまりの痛さに立ち止まり口元を抑えて悶絶していると、最初は心配していたヴィクトルもだんだんと呆れた表情になる。
「一回、落ち着こうか。宿に戻ってからゆっくり聞くよ」
私は涙目で頷いた。
刀の魅力って人それぞれですよね。小学生の頃、妹が「刀かっこいい!」と幼馴染みの祖父に師事して剣舞を習ってました。作者は刀の逸話が好きです。





