105.クラフトコーラはスパイスである
いよいよ書籍版「転生令嬢は旅する編纂者」の発売日です! 書籍発売を記念して、活動報告に記念SSを掲載しました。
泡水こと炭酸水に出会った私はふとひらめいた。
そうだ、クラフトコーラを作ろう。
単純に果汁だけで割って飲むのもおいしいけれど、なんだか物足りない。もっとこう、パンチのある飲み物が飲みたいのです。果物をふんだんに使ってハワイアンでトロピカルな感じも良いし、ジンジャーエールのように大人のかっこよくてキリっとした味わいでもいいし。炭酸水を果汁だけで割るだけの飲み方は寂しくはないでしょうか。
聞いてみたところ、この世界にもビールのような発泡酒はあるらしい。ワインに比べると安価なお酒のようで、貴族よりも庶民の飲み物なのだとか。ヴィクトルも知ってはいるけれど、泡水に比べたら質が悪く苦いだけで、しゅわしゅわした発泡酒の良さは感じられないと言っていた。グルメなヴィクトルのお眼鏡には敵わなかったみたい。ニエストルさんはよく飲むらしいけれど、甘い果実水の代わりに飲むくらいで味や喉越しは二の次。ワインほど高級ではないから、仕事終わりに手軽に飲めるのが良いらしい。
というわけで休息のための二日目、私はちょっとした贅沢を満喫するために市場へ繰り出した。小大陸オストロリーチの中でも屈指の港ということで、市場の規模もすごく大きい。魚だけではなく、輸入品を扱う店もたくさん軒を連ねていてとっても賑やか。
ヴィクトルが市場の視察をする横で、私は良いものがないかと物色する。
「ガムランが近いからか、スパイスを扱っているお店もちらほらありますね。ガムラン産とウガール産のスパイスで何か違いがあるんでしょうか」
「ウガール産のほうが安いね。輸送費の違いじゃないかな。でもガムランのスパイスのほうが香りが高い。輸送で品質が落ちないのは魅力だな……」
市場は人も多くて少しだけ歩きづらい。ふらふらとスパイスのお店に吸い寄せられて歩き、人にぶつかりそうになると、ヴィクトルがすっと私の腰を引き寄せた。一人でふらふらするなと言いたげな視線を感じる。オリガさんも護衛がしづらそうなので、自重します。
それでも私はいくつか目星をつけたスパイスと、ついでに油と芋を購入した。視察を終えたヴィクトルは宿に戻ると報告書の作成。私は購入したスパイスと油と芋を持って宿の厨房へ。ふふ、外交官じゃなくなったので出張の報告書を書く義務がなくなったのはちょっと嬉しい。
宿は私たち使節団一行の貸切状態。宿の料理人に声をかければ色々と要望を聞いてもらえるそう。というわけで私は料理人さんにお願いして、おやつにクラフトコーラとフライドポテトを作ってもらうことにした。
フライドポテトはとりあえず芋を切って油で揚げるだけなので大丈夫として。
問題はクラフトコーラです。
ベースのスパイスはチャイティーと同じだった記憶があるので、ガムランでチャイティーっぽい飲み物を作れるスパイス……チャイマサラのレシピをスパイス売りのお兄さんに教えてもらって購入。
〝daalacheenee〟
〝ilaayachee〟
〝laung〟
〝adarak〟
〝Kali Miirch〟
なんとなく、カレースパイスを開発していた時にもやたらと見た名前。〝daalacheenee〟が前世のシナモンに該当することと、〝adarak〟が生姜っぽいこと、〝Kali Miirch〟がブラックペッパーであることしか分からない。とりあえずこの五種類のスパイスでチャイティーが飲めるのは間違いないようなので、これをベースにクラフトコーラを作っていきます。
チャイティーとの違いはここに柑橘系の果物を加えること。チャイティーはチャイマサラを茶葉とミルクで煮て、まろやかで濃厚な口当たりのミルクティーにする。クラフトコーラはチャイマサラをベースにしたシロップに泡水を加えることで爽快さを楽しめるのです。
宿なので美味しい配合を満足するまで試行錯誤はできないけれど、ヴィクトルなら失敗しても一緒に飲んでくれるはず。気にせずに配合していきます。
チャイマサラを鍋に入れ、輪切りにした檸檬もどきといっしょに砂糖水でことことと煮詰めていく。ハルウェスタ王国ではそこそこ高価な砂糖も、小大陸オストロリーチでは比較的に入手しやすいようで嬉しい。ウガール産のスパイスと同じくらいのお値段で買えました。ハルウェスタ王国だとガムラン産のスパイスくらいの値段がする。
くつくつ煮込んでいけば芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。火を止めて、チャイマサラのシロップを馴染ませるためにしばらく寝かせます。なお、ここまで私は指示するだけで見学するだけの人です。暇なもので。
本当は自分で作りたかったけれど、初手で竈門の火をつけるためにカッチカッチと無限火打ち石タイムをしていたら、あまりにもとろくさかったせいか料理人さんたちが気を利かせて代行してくれたのです。
シロップを寝かしている間、料理人さんにお願いしてフライドポテトを作ってもらう。櫛切りのポテトとスティック型のポテト、さらに薄いポテトのチップスを揚げてもらって塩を振る。そして冷ましたシロップに泡水を入れて、おやつの完成!
ちょっとクラフトコーラの味見をしてみたところ、私にはちょっと辛かった。生姜もどきの風味が強すぎるのでちょっぴり入れ過ぎですね。私の分には蜂蜜を加えておこう。あ、そうだ。
「オリガさん、味見をしてみてくださいな」
「え、良いんですか?」
私がクラフトコーラ作りの見学をしている間にもオリガさんはいた。護衛ですので。シロップはいっぱい作ったので一行の人たちに差し入れるつもり。オリガさんにも味見をしてもらって味の保証をしてほしい。
オリガさんにクラフトコーラのカップを渡す。くいっとあおって、オリガさんはぺろりと唇を舐めた。破顔してカップを返してくれる。
「果実の泡水より断然こっちのほうが好きです! やー、風呂上がりとか、体動かしたあとに飲みたいですね。キリッとしてて口の中が引き締まります」
「それなら良かったわ! 一行の人たちに差し入れるつもりだから、夜にでも飲んで頂戴」
「ありがとうございます、フェリシア様!」
にこにこのオリガさんに私も笑顔になる。良かった良かった。
私はにっこにこでおやつを持って部屋に戻る。オリガさんは部屋の外で待機。部屋の中ではちょうどヴィクトルが報告書を書き終えたところだったようで、机の上を片付けていた。
「ヴィクトル様、おやつを作ってもらいました。一緒に食べましょう」
「夕食前だけど良いのかい? 他に食べたいものもあるだろうに」
「それはそれ、これはこれ、です! 私は今、おやつが食べたいんです!」
炭酸とポテト! 炭酸とポテト! 最強ジャンクなコンボは泡水が飲めるここでしか食べられません!
ポテトは少なめにしているので、ちゃんと夕飯は食べられるはず。なのでおやつを食べましょう!
はいどうぞとフライドポテトとポテトチップスのお皿を机の上に置き、クラフトコーラのカップをヴィクトルに差し出す。ヴィクトルはカップの中身を見て呆れたように笑った。
「泡水、気に入ったのかい」
「なんとただの泡水ではありません。私特製のスパイス泡水です。日本風に言えばクラフトコーラです」
「くらふとこーら? 果汁と割ったんじゃなくて?」
いいから飲んでくださいよー、と促す。ヴィクトルはひと口、カップの中身を口に含む。菫色の瞳がまん丸になってごくりと喉が鳴る。
「……いいね、これ。果実の泡水より僕はこっちのほうが好きだな」
「そうだろうと思いました。ヴィクトル様は辛いほうがお好みですもの」
泡水も気に入っているようだったけれど、ヴィクトルがお昼に飲んでいたのは果汁も甘みも入っていないシンプルな泡水だった。それじゃあせっかくの泡水なのにもったいないでしょう?
「ポテトも一緒にどうぞ」
「久しぶりに食べるね。最近ずっと魚ばっかりだったから、素朴な芋の味が懐かしく感じるや」
現地の美味しいものを食べるのは出張の醍醐味だけれど、それが何ヶ月も続くとちょっと故郷の味が恋しくなりますよね。芋の品種はハルウェスタ王国のものとは違うけれど、油で揚げて塩を振ればたいてい美味しいポテトフライができる。家でも作れるので、私はよく屋敷の料理人にお願いして作ってもらっていたし。もちろんヴィクトルもそれに便乗して食べていた。手軽に食べられてありがたいです。
「ん、美味しかったよ。ご馳走様」
「お粗末様ですー。ところで夕食は何にしますか?」
「今おやつを食べたばかりだろうに」
それはそれ、これはこれ、です!
【チャイマサラ】
〝daalacheenee〟シナモン
〝ilaayachee〟カルダモン
〝laung〟グローブ
〝adarak〟ジンジャー
〝Kali Miirch〟ブラックペッパー
アッサムの茶葉とミルクで煮ればチャイティーに。
砂糖で煮詰めてレモンと炭酸で割ればクラフトコーラに。





