101.とっちらかーる
GAノベル様にて書影が公開されました。
タイトルが入るとうきうきしちゃいますね。
「これはまた……散らかしたね?」
「断捨離したかったんですけどね」
「ダンシャリ?」
整理整頓から人生まで応用できる哲学の概念です。
夕食時、今日一日何をしていたのかとヴィクトルは聞いてきた。私は書斎にこもって転生者リストの編纂をしていたとつつみ隠さず申し上げた。そのあとで、部屋の片付けをしようとしていた時に、ヴィクトルが帰ってきたことも。
明日また続きをしようと思います、と言ったところ、今日は帰宅が早いからとヴィクトルが少し手伝うと申し出てくれまして、今に至ります。
「私、どうやら物を捨てられない人間だと今更気がつきました」
「ああ、うん。知っていたよ」
「えっ!? いつです!?」
「前にエリツィン伯爵領へ行った時だから……三年くらい前だと思う。あの時、流行遅れでサイズが合わなくなったドレスをカミラと取り合っていたじゃないか」
「わー! 忘れてください!」
そんなこともありましたね!?
今もカミラとはドレスの攻防をしているけれど。以前は制服を着ることが多かったからドレスの数が少なくても良かったけれど、今は四六時中ドレス。夜会用のドレスをもう少し増やすべきだと言われたし、日中のドレスもヘビロテはよくないと倍の数に増やすように言われている。
「そういえばカミラからドレスをあと三着買うように言われたから、次の休みに買いに行こうか」
「まだ増やすんですか!? 私としてはドレス代を資料代に充ててほしいんですけどぉ……!」
「旅装用の動きやすいものを買うのを失念していたからね。一緒に来てくれるんだろう?」
どこに、なんて言われなくても分かる。
私はヴィクトルとカミラの二人の手のひらで転がされているのを自覚しながら頷いて。
「うぅ……行きます」
「楽しみだね」
言葉通り、ヴィクトルが楽しみにしているのが伝わってくる。ヴィクトルは女性の長い買い物も苦に思わず着いてきてくれるタイプだった。男性としては希有なタイプだと思う。逆に私は長い買い物が苦手。
今世では貴族に生まれてしまったせいで、商人を気軽に屋敷へ呼びつけていたのもあるし、何よりドレスは採寸がある。普通の買い物の三倍は時間がかかる。それなら古着や既製品を、となってもサイズがシビアなので試着が必要。結局時間がかかる。これが前世アパレル店員の悲鳴です。この世界では試着室でちゃちゃっとお着替えとかができないんです。すごく疲れるんです。
「帰りに最近流行りの紅茶館に行こうか」
「えっ、良いんですか!?」
「予約しておいたんだ」
「いつの間に……!」
にっこりと笑うヴィクトルに戦慄する。本当にヴィクトルは仕事ができる人。色んな種類の紅茶が楽しめる紅茶館は、人気すぎて今や予約一ヶ月待ち。それを飴にして私を買い物に連れ出すなんて。ヴィクトルは用意周到すぎる。
「さて、それじゃあ仕分けを始めようか」
「あ、はい」
ヴィクトルが〝いる〟の山に手を突っ込む。
最初に取ったのは。
「……ガムラン語の魚図鑑?」
「それは必要なので残してください」
「どうして? 君、魚なんて調べていなかったよね」
ヴィクトルの疑問もご尤も。私が魚図鑑を手に入れたのは最近のことだもの。
「今、ウミアユについて調べているんです」
「……もしかして、アレの?」
ヴィクトルの視線が完成したばかりの初版『転生者目録』に向けられる。私は大きく頷いた。
「ウミアユの〝ウミ〟は日本語で海を指します。〝アユ〟は日本において川魚の一種です。海にいるアユだからウミアユと名付けられたとしたら……そこに私と同じ日本人転生者がいると思いまして」
きっぱりと言い切れば、ヴィクトルが苦笑しながら図鑑のページをめくる。
「きっかけは僕の報告書かい」
「そうですね」
「オストロリーチ語ではなくガムラン語の図鑑なのは?」
「オストロリーチ語の翻訳に難航していて、とりあえず海辺の諸国で翻訳可能な国から図鑑を取り寄せてみたんです。その図鑑はウミアユについて書かれていたので残しておいてほしいんです」
他の図鑑にもひと通り目を通してはいるけれど、名前をとっかかりにした転生者の足跡っぽいものは見当たらなかった。とはいえ図鑑そのものが貴重で高価なものなので、関係あるなしに関わらず全部〝いる〟山に積んでしまったので山の高さが余計に高くなっているのですが。
ヴィクトルは一つ頷くと、別の図鑑を手に取った。ぺらりとめくって、またしても不要の山に積む。待って待って待って!
「だめです、だめです! 図鑑は貴重なのにぃ! また他にも調べたいことが出てくるかもしれないじゃないですかぁ……!」
「分かっているけど、内容が同じものは原著だけ残しておくだけでもいいと思うよ。このクロワゼット語の野菜図鑑は、こっちのハルウェスタ語版をもとに翻訳されているだけだし」
「えっ、そうなんですか?」
著者が違うからと思っていたのに、実は同じものらしい。慌てて奥付を見てみるも、発行日と著者名しか書いていない。
「原題が書いてありませんけど」
「年代によって写本でも原題が書かれないことが多いのは前に話しただろう?」
「うっ……」
最近こそ安価な紙が普及して、活版印刷のような技法も徐々に普及してきているけれど、少し前までは手書きでの写本が一般的だった。だから古書でも高価な本が多いし、絵入りの図鑑なんてさらに値が張る。
持ち主が亡くなった時に写本が売りに出されるなんてよくあること。自分だけで読むからと写本していた場合、自分の欲しいページだけ写していたり、原題が書かれていなかったり。そういうパターンは写本か原本かの見極めが難しい。
「ううっ、この図鑑のおかげでラムリ男爵にたどりついたのに……」
この野菜図鑑は男爵芋について調べていた時に取り寄せたもの。男爵芋の説明について比較したところ、ハルウェスタ語版には発見者の氏名はなく、クロワゼット語版には発見者の名前があった。そうして私はオリザ・ラムリ氏の存在を知ることができたんだけど……ちらりとハルウェスタ語版の野菜図鑑の著者名を見る。ラムリ男爵家監修。なるほど、原著がハルウェスタ語版。
「写本ならちゃんと原著を書いてほしい……」
「他者の手に渡ることを想定してないんだろうね。写している時に書き足されたり、逆に消されたりはよくあることだ」
「写本の意味がないじゃないですか」
むぅ、と唇をとがらせる。ただでさえ本という形で残っている資料は貴重で、流通も限られているのに。現代のものではなく、過去の、当時に近いものを探したい私にとってはたいへん厄介です。
「それにしても、こうして積まれた資料の山を見ると懐かしいね。君がサンドイッチのレシピをかき集めていたことを思い出すよ」
「今と同じ忠告をされたのを思い出しました……」
馴染みの商人に頼んだり、王都の古書店の店主に買い付けを頼んだり。手当たり次第で資料を買い集めているとどうしてもこうなってしまう。自分で選んで買えたら良いけれど、国外の本を取り寄せるのもひと苦労。せっかく取り寄せてもらったものを買わないという選択肢はありません。
「うー……減らさないと……本を減らさないと……本棚が……場所が……床が抜けちゃう……でも写本にしか書かれていない内容もあるし……手放したくない……」
「とりあえずしばらく使わなさそうなものは屋根裏部屋に置いておこう。必要なときに取り出すように」
「ええっ、そんなっ! 手間じゃないですか!」
「君は色んなことに手を広げすぎなんだよ。野菜図鑑もサンドイッチのレシピも、今はもう使わないだろうに」
サンドイッチのレシピがどんどんど不要の山に積まれていく。あぁっ、カレースパイスを使ったサンドイッチレシピの考案にも使っていたのに!
「ユールラッズ十二氏族の資料? これはいるのかい」
「いります! いります! まだ調べている途中です!」
「ウガール王国人の伝記? これもいるのかい?」
「置いておいてほしいです! まだ読んでいる途中です!」
「小大陸オストロリーチの魚図鑑、どうするの」
「オストロリーチ語を勉強中なので残してくださいっ」
ヴィクトルの言う通り、私は色んなことに手を広げすぎている。中途半端になっているものも多いけれど、資料だけでは行き詰まってしまっているからなので屋根裏部屋にしまわないでくださーい!
呆れるヴィクトルから本を奪い返し、本棚に詰めていく。屋根裏部屋行きの本を抜かれた結果、本棚は三段ほど空いて、机に積み重なっていた本は綺麗に本棚へおさまった。せっかく開いたスペースがすぐ埋まる。
「フェリシア、机に一冊残っているよ」
声をかけられて振り向く。
赤い革表紙の本が一冊、ちょこんと置いたまま。
それがなんなのか、ヴィクトルは分かっているくせに。
私はにっこり微笑んだ。
「読んでいいですよ」
ヴィクトルが薄い本を手に取った。表紙をめくる。
「けっこう見つかっているんだね」
「この八年間で見つけた人たちです。これからも見つけたら増やしていくつもりです」
ぴかぴかの転生者リスト……もとい、転生者目録を前に、私は胸を張って自慢する。これまでバラバラだったページを本の形にするだけで、なんと達成感のあること。それを誰かに、ヴィクトルに読んでもらえるというのが、なんだか誇らしい。
ヴィクトルは目を細めて、私の綴った転生者リストを読んでいく。
やがて最後のページを読み終えて本を閉じると同時に、ヴィクトルの瞼もそっと降りた。ふぅ、と肺の底から息を吐き出していく。
「……なんだか、思っていたのと違ったや」
「え? どういうことですか?」
「転生者というものに対して僕は、偉人のように思っていたんだ。過去から今に残るくらいだし、神子として崇められるような存在だからね。でもそれは半分正解で、半分間違いだった」
ヴィクトルがもう一度本を開く。めくったページにいるのは、マキシ。前世が女性で、転生したら男性だった人。
「生まれ変わりというものは恐ろしいね。前世が女性でも、生まれ変わったら男になる。想像し難いよ。ねぇフェリシア。転生というものはもしかして、人間じゃなくて動物になることもあり得るのかい?」
私は驚いた。この世界では輪廻転生の概念がない。死んだら夜空に輝く天の川を渡って神の宮殿に招かれると言われているから。だからヴィクトルも、生まれ変わりという概念に馴染みがない。
でも、マキシの性別が転生によって変わったことから、転生先が人間じゃない可能性にまで気づくなんて。
「可能性としては、ありますね。前世ではそれを輪廻転生と言って、仏教という教えでは六道と呼ばれる六つの世界のなかで魂が巡ると言われていました。その中に動物の世界もありましたよ」
身をもって転生というものを体験してしまった以上、来世は動物の可能性があることに震えてしまう。せめて可愛いくて長生きのできる動物になりたい。弱肉強食の世界で生き残れる自信がありません。
来世のことを考えて慄いていると、ヴィクトルがふっと表情を緩めた。
「面白い考え方だ。それならフェリシアは、生まれ変わったら今度は何になりたい?」
「あら、ヴィクトル様からそんな言葉を聞くなんて」
「だって気になるじゃないか」
気になるものかしら? 前世では鉄板の言葉遊びだけれど。私、前世ではなんて答えていたっけ。
「慣れているので人間がいいです」
「夢がないね」
「そういうヴィクトル様は何になりたいんですか」
聞き返せば、ヴィクトルはふむと考える素振りを見せる。
「鳥、とか?」
「普通ですね」
「普通なのかい」
「身近な生き物は、まぁ」
あるあるですね。それにしても鳥ときましたか。
そこでふと思い出す。
動物といえば、前世でちょっと面白い心理テストがあったわ。
「ヴィクトル様、思いついた動物を三匹あげてください」
「ん? どうして」
「いいから」
「じゃあ……鳥、猫……魚?」
「何故魚」
「いや、さっき魚の図鑑を見たから」
くっ、ちょっとやるタイミングを間違えてしまった。これでは心理テストにならないじゃない。また後日仕切り直そうかしら。
答え合わせをするべきか悩んでいる間にも、ヴィクトルが訝しげにこちらを見てくる。私は仕切り直すのを諦めた。
「えぇと、心理テストって言いまして、今あげた動物がヴィクトル様を表す動物なんです」
「……へぇ。詳しく聞こうか」
「一番目はなりたい自分、二番目は人から見た自分、三番目は本当の自分です」
ヴィクトルがぱちりと瞬く。
それからすごく呆れた顔になった。
だって、魚って答えるとは思わなかったんだもの!




