第8話 なんだあいつ! 化け物か!
「ひぃ! なんだあいつ! 化け物か!」
暴徒たちは口々に悲鳴を上げながら、まるで蜘蛛の子が散っていくようにバラバラに逃げようとしたが、ユーリはそれを許さない。
出口に向かおうとする者を中心に狙って、瞬きをすれば見失う程のスピードで疾駆して斧を振った。
ユーリが斧を振るう度に絶叫があがり、人間があり得ない速度で飛んでいった。
棚や樽、木箱を破壊し、或いは壁に当たって動かなくなる暴徒の数が10を超えたくらいで、とうとう部屋の出口、扉に到達する者が現れた。
ロドリゲスもその一人だ。
「冗談じゃない! 逃げるぞ!」
言って扉の向こうに消える。
が。
「逃がさない!!」
ユーリが声に意思を乗せて発しながら、扉に斧を袈裟切りに叩きつけると、あっけなく扉の上半分が壊れて散る。
扉の先では、ロドリゲスがあまりの出来事に腰を抜かし、しりもちをついて口をパクパクさせていた。
ユーリは、扉の下半分をゆっくりと押しのけて、斧を振りかぶる。
「やめてお兄様!」
どうして止めるんだろう。
ユーリの感想は、それだった。
斧を振り上げたまま、エマの方を向く。
すると、涙に濡れながらこちらを見る妹の姿が見えた。
ユーリと目が合うとビクリを体を震わせるその姿は、まるで獣に遭遇したかのように怯えている。
(なんでだ。なんで怯える必要があるんだ。俺は味方だし、敵を殺すのを止める理由なんかないだろ)
心の中の奥深く。どこか冷静な自分がそう問いかけていた。
といって声に出して問うたわけではない。ただ、自分の心の中でその問いが出現したに過ぎない。
早く殺さなくてはならない。何故なら、ロドリゲスは敵だから。
特に敵が多数いる場合は、数を減らす事が急務だ。強い敵を狙ったり、倒しにくい敵を狙うよりも、柔らかくて倒しやすい敵を倒して、こちらに危害を加えてくる相手の数を減らす。
特に多数の敵を同時に処理する必要のあるゲームなどでは、それは当然の理論と言えた。
前世でのゲームで、特にFPSやRTSなどリアルタイムで戦闘が進むゲームでは、この理論を意識するだけで生存率が変わってくる。
一部のRPGでは、圧倒的な力の差があるなどで雑魚の攻撃を無効化に近い状態にできる場合があったりするので、全てそうとは言い切れないが、それでも、生き残る為に最善なのは、攻撃してくる敵の数を減らす事だ。
だから。一刻も早く。沢山殺さなければ守れない。
その筈なのに。
「お兄様! お願い!」
どうして、そんなに切実な顔をして、止めるんだろう。
どうして、怖いだろうに、勇気を振り絞って声を上げるんだろう。
その答えが分からず、何も出来ずにいると、カラン、という甲高い音が足元で聞こえた。
見やると、床に落ちていたものは、振り上げていた筈の斧だった。
何があったのだろう、と自分の掌を見ていると、「ひぃ!」という声が聞こえる。
ロドリゲスだった。彼は走って逃げていく。
その後ろ姿を、ただじっと見つめていた。
「ハリーお兄様!」
そこに、エマの悲痛な声が聞こえてくる。
見やると、ボロボロになったハリーの傍らで、エマが泣いている。
そこで、ユーリは今日何度目になるだろう、はっと気づいたように現状を理解した。
同時に、ハリーの元に駆け出す。
「エマ! ここを出るぞ! 兄さんを助けなきゃ!」
言ってハリーを背負い、ついでにエマを抱き上げて駆け出した。
○○○
「一命はとりとめました。すぐにでも目覚めるでしょう」
ハーシェル家の屋敷、医務室などはないため、貴賓室という要人を宿泊させる部屋にユーリは居た。
先の言葉は、貴賓室のベッドに寝かされているハリーを治療していた医者のものである。
「ただ、大変言いにくい事ですが……」
「大切な事です。言ってください」
言い淀む医者に、力強く言い渡したのは、ユーリの母、オリビアである。
この場にはユーリ、ハリー、エマ、医者の他に、母でハーシェル家当主のオリビア、父のダルケンが居る。
ハーシェル家の家族全員が揃っているのである。
「両足の方はその……回復は難しく……恐らくこの先、ベッドから出るのは難しいかと……」
「そうですか」
衝撃的な内容に、エマもユーリも息を飲んだが、オリビアは表情を動かさなかった。
ただ静かな顔をして、言葉を続ける。
「家族だけにして貰えますか?」
オリビアがそう言うと、医者は「では」とだけ言いおいてそそくさと出ていく。
医者もあまりこの場に居たくなかったのだろう。
カチャリ、という扉が閉まる音と同時、嗚咽が聞こえてくる。
それは、オリビアのものだった。
今まで堪えていたのだろうその涙は大粒で、声を抑えて、それでも沸き上がる悲しみを制御できないのだろう、漏れ出る嗚咽は深い悲しみを孕んでいる。
その肩をダルケンが抱き、ダルケン自身も目には涙があった。
両親の姿を見て、憎しみが再び腹の底から沸き上がる。煮えたぎった何かが、腹の底から這いあがってきそうだった。
「ロドリゲスは、どうするんですか」
思わず問いかけたユーリ。答えたのは、母オリビアだった。
「死罪にするしかありませんね。どういう形でも、生かしておく事はできません。そしてロドリゲスと親交があった者にも死んでもらわなくてはなりません。憎しみは連鎖します。だから断ち切らなくてはなりません。放っておくとその連鎖は広がり、他の領土であっても貴族だという理由だけで襲撃する事件が発生する恐れがあります。ロドリゲスに近しい者は、ロドリゲスを殺された恨みを晴らす為に、第二第三の襲撃者になってしまう可能性を持っています」
確かに、第二第三の襲撃者も貴族を襲ったなら報復される。そしてその近しい者が恨みを持つ。そうやって恨みの枝は広がっていく。だから、芽を今の内に摘んでおくという事なのだろう。
理屈をなんとなく理解し、ユーリは、口を開いた。
「ロドリゲスは、俺が殺します」




