第6話 話が違うぜロドリゲスさんよお
「おいおい、話が違うぜロドリゲスさんよお!」
そこは倉庫の地下だった。
地下である為に窓は一つもなく、石の硬質な壁が四方を囲んでいる。
しかし、そこまで閉塞感はない。その理由は、適度な広さがあるからだろう。広さを感じる理由の一つに、物があまりないという事が含まれるかもしれない。
それほどに閑散とした、まるで引っ越しで物資を移動させた後の倉庫であるかのような場所だった。
実際、使われていない倉庫というのが正解ではないだろうか。黒ずくめの男が6人と、ロドリゲス、そして刃物を所持した町民風の男が数人という人物達が我が物顔で居座っているのだ。普段誰かが使っているという事は考えにくい。
といって何もないとまではいかない。壁際には空になっている棚が並べられているし、様々な場所に木箱が置かれている。木箱を足でずらして座っている者も居るので、恐らく空箱なのだろう。
そんな場所に捉われたユーリ達を置いて、黒ずくめの男とロドリゲスは口論をしていた。
「貴族なら誰でも同じだろう! お前らゴロツキに関係ない話だ!」
地下倉庫に、わんわんと響くロドリゲスの声。ゴロツキと呼ばれた男達の一人が明らかに不快な顔をした。
「関係ある話だぜ、ユベール家のお坊ちゃんを攫って、今後簡単に民の要望が通るように拷問するって話だったよな」
「ユベール家もハーシェル家も子爵だ! 変わらんだろう!」
ユベール家とは、ハーシェル家に隣接する領地の貴族だ。ユベール家は村2つを統治する領主で、ハーシェル家とも親交があった。
「変わらないって思ってるなら、騙したりしねえだろ。お前自分で言ってて矛盾してるって思わないのか?」
そう言ったゴロツキの一人に、ロドリゲスは閉口して顔を赤くする。正論だったからだろう。
その様子に、リーダー格の男が溜息をついた。
「いいか、ユベール家の坊ちゃんはお勉強しかできない人物だって噂だ。対してハーシェル家は代々、高い戦闘能力を持ってる。特にハリー・ハーシェルはあのレッドフィールド侯爵家が目を付けてる程の手練れって噂じゃねえか。実際強かったしな。作戦の難易度が違うって事はわかんだろ。それに……」
言いながら男はロドリゲスに詰め寄り、胸ぐらを掴んだ。
「平和主義なユベール家と違って、ハーシェル家は戦う意思と力がありやがるんだ! そんなとこに手ぇ出して、ただで済む訳ねえだろ!」
ついに怒鳴り声となった黒ずくめの男の迫力に、ロドリゲスは小さく「ヒッ」と息を漏らした。
そこに、扉が開く音と、新たな人物達が入ってくるぞろぞろとした足音が聞こえてくる。
入って来たのは、一様にボロボロの服を着た一団だった。彼らは手に木の棒や石など、とても武器と呼ぶにはお粗末な代物を握りしめている。
ただし目は深い憎しみに歪んでおり、いっそ目の方が凶器と言われても納得できそうな程だった。
その目が、ユーリ達に向けられる。
「いい服着てやがる」
心の底から搾り出したような声。その声をきっかけに、呪詛のような声が口々に漏れ出した。
「俺たちは苦労してるのに」「楽して稼ぎやがって」「俺の息子は病気で死んだんだぞ」「いいもん食ってるに違いない」「あの顔を見ろ、綺麗な顔しやがって、むかつく」「俺らから奪うだけ奪って、いい暮らししやがって。そんな奴、死ぬべきだ」「殺せばいい」「そうだ、殺そうぜ」「殺せ」「殺せ」「殺せ!」「殺せ!!」「殺せ!!!」
怖かった。
ユーリは、前世の経験と併せても、ここまでの恐怖を感じたのは初めてだった。
足がガタガタと震えて、カチカチと奥歯が鳴り、顎の感覚が無いくらいだ。
気を抜けば恐怖に泣き喚いてしまいたくもなる。
しかし、それでも発狂しないでいれるのは、エマの存在が大きかった。
殺せコールへと変わった呪詛のような声から逃れるように、エマは耳を塞いで蹲っている。
肩に手を置いて、「大丈夫、大丈夫だから」と囁いてやるが、それでもエマは震えて声すらも発せない様子だった。
彼女を、なんとしても守らなくてはならない。
自分がどうなったとしても。
しかし、このままでは全員が危ない。その思いを目に込めて、ユーリはハリーを見やる。
ハリーは厳しい目をして、ボロボロの服を着た一団を睨みつけていた。
それは悔しいというだけでなく、どこか同情もある目に見える。
ユーリとて、彼らの言い分もわからないでもないとは思うのである。
帝国は世襲制を是としていない。だから、生まれが農民であっても、領主を排斥して、その領地を支配しているという実績さえ作れば、帝国はそれを認めて貴族として認めてくれるのである。
だから、例えばどんな農民でもハーシェル家を排斥すれば子爵になれるのだ。
とはいえ、それでもやはり農民がそれを行うのは難しい。貴族として生まれた者は最初から統治する教育を受けて、武力やコネを持っている。
生まれが違うだけで持っているものに違いがあるのは、不公平と言えばそうなのだろう。
貴族として生まれる事の重圧など、そこに生まれた人間にしかわからないし、貴族だからこうして命を狙われているという事も、経験した人間にしかその理不尽さなどわからない。
ユーリ自身、生まれで人生が決まるという考え方は、あまり好きではない。人は自分の幸せを自由に選択出来た方がいいとは思っている。
だが、だからといってその不満の捌け口として殺されては、たまったものではなかった。
何故なら、貴族として生まれたとはいえ、自分たちにだって幸せになる権利はある筈だからだ。
そう思って拳を握りしめたユーリの目の端に、目を見開いて驚いている黒ずくめ達が映る。
「おいおい、お前らまじかよ……付き合ってられねえ、俺らは抜けるぜ。てめえらも俺らを騙してたんだ、文句ねえよな」
「……まあ、いいでしょう」
余裕を取り戻したロドリゲスは、にやりと笑って偉ぶって言った。
それをどう思ったのか、いや、少なくとも好意的ではないだろう。黒ずくめの男は吐き捨てるように言葉を落としていく。
「喧嘩をしたことねえ奴らは怖いね。おいお前ら! 俺らは帰るぞ! 巻き込まれたらたまったもんじゃねえ!」
そして、黒ずくめの男達は去って行く。
報復を恐れているのであれば、できれば助けて欲しいと思っていたユーリだが、そんな願いが叶う訳もなく、ボロボロの服を着た一団がじわりじわりとこちらにやってきていた。
「待て! 僕は次期当主だ。僕だけで構わないだろう!」
後ろ手に腕を縛られた状態。そしてユーリ達が居るから反抗もできない状況。
それでも、ハリーの声は凛としていた。
この人に従っていれば絶対に助かる。そう思わせるには十分な程、その声には力があったのである。
だからユーリも、エマを抱きしめて隙を伺うように周りを見た。
ハリーは手を縛られているが、幸いな事にユーリとエマはどこも縛られていない。
近くに刃物を持った男が立っているが、その男をなんとかすれば逃げられるかもしれないと思った。
自分たちさえ自由になれば、後はハリーがなんとかしてくれる。そう信じていたのだ。
しかし現実は、ユーリが思う程甘いものではなかったし、人間は優しい生き物ではなかった。




