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第22話 まずは、ユタラプトルに遭遇した場所に向かうんだよな

 森の匂いは独特だ。土の匂い、木の匂い、生き物の匂い、死骸の匂い、澄んだ空気の匂い。それらが水の匂いで混ざり合って、複雑な匂いをさせている。

 前世ではあまり森に出かける事など無かったから、こういった事を思った事がなかったが、森というのは匂い一つとっても、生命の混沌さを感じるものだと感じた。

 

「まずは、ユタラプトルに遭遇した場所に向かうんだよな」


 ユーリは確認の為に言葉を投げる。受け取ったのは、禿頭の男だった。


「ジンの居場所のヒントが全くねえんだ。そこに何か糸口がある事を祈るしかねえな」


 禿頭の男、ハズスの言っている事は信頼に足るものだった。

 というより、この道中でハズスに対しての感想が大分変ってしまったのである。

 最初こそ嫌な奴だと思ったのだが、森に向かう時の馬上でも、馬が得意ではないユーリを後ろに乗せてくれ、時折「大丈夫か?」と声を掛けてくれたのだ。


 馬は森の入り口の辺りに置いてきたが、その際、少し未練を感じさせる目をして「帰るまでに食われてなきゃいいけどな」と呟いていたのが聞こえた。

 恐らくそれは、依頼で預かっている馬だからという事なのだろうけれど、ハズスが馬に向ける目には優しいものがあり、ユーリには別の意味もあるように思えたのである。


 ユーリなりのハズスの総評としては、頼れる兄貴といった所だろうか。


 それはさておき、森に着いて思ったが、状況は絶望的なのだと実感していた。

 広い森で、一人の人間を捜索する事の難しさ。到着する前からも難しいだろうとは思っていたのだが、実際に捜索を始めようと現場について思ったのが、どうすればいいのかわからない程の情報の無さだったのだ。

 この広大な森で、人ひとりが走り回った所で何を見つける事ができるのだろうか。それに、走り回る事も現実的ではない。捜索している側が遭難してしまっては全く意味がないからだ。

 更に、ユタラプトルという脅威の存在だってある。


 難しい顔となって下を向くユーリの背を、ポンポンと優しく叩く気配がした。

 見やると、ハズスが心配そうな目をしている。


「無事だといいな」


「ああ、本当に」


 ユーリはそう答えて、ハズスと共に後ろをちらりと盗み見る様に見た。ハズスの気遣いは嬉しい。優しく笑ったつもりなのだろうけども、悪人が悪だくみしているみたいな顔になっているハズスには非常に好感が持てる。

 その反面、その優しさは、最後尾でずっと下を向いて何かに耐えるように唇を噛んでいる、青い髪の女にかけてあげて欲しかった。


 何か声をかけようとユーリは口を開くが、そのまま、何も声を出す事無く閉じてしまう。

 どう声を掛けていいのかわからなかった。もし自分が彼女の立場なら、何を言われても心が休まる事はないだろうと思うからだ。

 であれば、行動するしかなかった。言葉は万能じゃない。言葉を発するという行為は、あくまで表現でしかない。表現として出来上がったものを、どう受け取るかなどは受け取り手が決めるものでしかない。

 だから、どんなに優しい気持ちで表現しても、受け取り手がそう受け取らなければ、悪意を感じる事だって出来てしまう。

 ユーリのこの考えは、この世界の両親の背を見て学んだ考え方だった。

 貴族は何より結果を求められる。そして結果が悪ければ、どんなに領民の事を想っていても、悪い貴族とされてしまう。


 だから、やるべきは行動する事だとユーリは腹を決めた。

 ジンという人物を助ける。そこに全力を注がなくてはならない。理想を語るだけじゃなく、行動するだけでもなく、結果を伴わなくてはならない。

 それには、自分一人では絶対に不可能だ。この場の全員の力を借りる必要がある。

 ユーリは、決意とともに口を開いた。


「みんな聞いてくれ。俺の名前はユーリ・ハーシェル。ハーシェル家の次男だ。残念ながらこの森にも詳しくないし、出来る事は少ない。森の捜索について知見がないので、皆の知恵を借りたい」


「俺はハズスだ。何度か救命捜索の依頼はやった事あるが、ノウハウなんて無え。今まで経験したのは殆どが人海戦術って奴だ。ちなみに俺はナイフが獲物だ」


 ハズスは前を見据えて歩きながら、それでも真摯に答えた。

 クリスと黒髪の女も反応する。


「クリス。家名はない。申し訳ないが俺もノウハウはない。槍を使うが、間合いは剣とそう変わらない」


 クリスはそう言って、自分の身長よりも少し短いくらいの槍を掲げて見せた。


「私はベロニカ。家名なし。手斧だから戦闘の時は前に出る。それとこの森は狩人組合の依頼でたまに来る。あと、私は耳が良いからユタラプトルの鳴き声が聞こえたら教えるよ」


 黒髪の女の名前はベロニカというらしい。

 青い髪の女にも、声を掛けておく。


「君は?」


「……私は……」


「みんなが協力しようつってんだ。お前もそれなりの態度したらどうなんだ?」


 俯いたままあまり会話に参加しようとしない彼女に、ハズスは不満だったのか、少し大きな声で言った。

 拳を握り、表情筋に力を入れたような顔をする彼女を、ユーリは責める積もりなどなかった。

 彼女は不安なのだ。そして自分を責める気持ちと戦っているのだろう。その戦いの最中に、他人を想う気持ちはどうしても遠くなる。

 だから、ユーリは出来るだけ優しい顔を作って声を掛ける。


「いいんだ。ごめん、少しでも君の力になりたくて。でも無理はしなくていい」


「私はセリア。ソーサラーです。教育を受けてないから、簡単な魔法しか使えないし、捜索とかは、したことない」


「ありがとう。じゃあ、もしユタラプトルと遭遇した時は、後方から守って欲しい」


 ユーリがそう告げると、力強く頷いたのが見えた。

 その様子に、他の者達も頷く。結局捜索にあたっての知見などは無かったが、お互いの名前だけでも知れたのは僥倖だ。それに、それぞれの戦闘スタイルも分かった事だし、陣形だって考える事が出来る。即席だが、それでも団結力があるのとないのとでは違う筈だ。こういう時、ユーリにはお手本となる存在が居た。


(ハリー兄さんなら、もっとうまくやるんだろうけどな)


 優秀なハリーが、それでも他人を頼ろうとする姿勢を続ける理由がなんとなくわかった気がする。

 日ごろから頼って、助け合う。そうする事で、いくら優秀であっても一人ではどうしようもない事態に直面した時、スムーズに助力を得られるのだろう。

 そんな事を想いながら、もう一つの懸念点にユーリは思考を巡らせる。

 いつ脱ぐかだ。

 今、団結しつつあるこのメンバーの心を、ユーリの奇行によってバラバラにしたくなかった。

 平原などであればまだしも、森の中で服を脱いで歩こうとするなど、はっきり言って異常だ。枝が肌に引っ掛かるだけで怪我をする事になるし、害のある虫に刺されたり、例えば漆のような、樹液などが肌に影響するものもあるかもしれない。

 そんな状況で突然服を脱いで裸になるなど、変な奴だと思われるのはいいとしても、こいつはダメだと思われるのは不味い。士気に大きく関わりそうな気がするのだ。


 どうすべきかと悩みながら歩いていると、ベロニカが手で制する動作をし、ユーリ達は何事かと足を止める。


「どうした?」


「しっ……黙って」


 ユーリが問うと、目を閉じて何かに集中しているベロニカが人差し指を立てて言う。

 そのまま数秒。すると、ベロニカは何かを確信したのか、目を見開いて言った。


「ユタラプトルの鳴き声が聞こえた」


「どっちだ!」


 クリスは詰め寄る様に問い、ベロニカは一点を指差す。

 全員が緊張した面持ちをしている。反面、救えるかもしれないという期待もある。

 ユーリは、この世界で初めて出会う、人間以外の脅威に立ち向かう準備として一つ深呼吸をして言った。


「行こう」


 そして、一同は駆け出した。

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