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第20話 ここが、ダイマの店か

○○○


「ここが、ダイマの店か」


 ユーリは独り言のように呟いた。勿論ダイマの店で間違いはない。何故なら看板に大きく書いているからだ。

 それでも呟いてみたのは、後ろに立っている男と会話をしたいと思って、呼び水にならないかと思っての事だ。

 後ろに立っている男、ニスという人物は、ユーリの呟きが聞こえなかったのだろうか、何も反応はしない。

 というよりも、道中一切会話が無かった。


 ユーリはコミュニケーションが得意ではない。特に前世では、ゲームと現実の境界が曖昧だと言われ、あまり思い出したくない過去がいくつかあるくらいには変り者だった。

 変り者だからと言ってコミュニケーションに障害はないだろう、などと考える者も居るかもしれないが、自分と他人の違いが大きければ大きいほど、ズレが生じてしまってうまくいかないのである。

 それを乗り越えるのは、結局我慢しかない。けれどユーリはそれを、笑えないし、楽しくないからという理由で避けて生きてきた。

 半面、インターネットを介した世界では人気者になれた。そのズレが逆に面白いとされて、人が集まったような気がする。

 違いはきっと、距離だろうと思う。

 近くで接する相手は、やはり思考のズレが少ない方がいい。しかし遠くに居る相手、自分の関わりたい時だけ関わる相手であれば、ズレがあって違う価値観の方が面白い。そういう事だろうとユーリは認識していた。


 そして、この世界にはインターネットなど存在しない。コミュニケーションをとるべき相手は、すぐそこに居て、こちらを見ていて、すぐに触れられる場所にいる。

 明日も会うかもしれないし、明後日会う人の知り合いかもしれない。だから下手な事は出来ない。


(でも、それでも、俺は貴族なんだ。モウガンの期待に応えなきゃ)


 今やモウガンは、ユーリにとって親にも等しい存在感となっていた。

 残念ながらユーリはモウガンに嫌われているだろう。それでもユーリの目から見て、モウガンは凄い人なんだろうなと常々思っていたのである。

 そして、今、モウガンには何でも話せる気がするのだ。父や母にも話せないような相談も、モウガンは聞いてくれる。

 ぶつぶつと文句を言って、所々怒りながらも、それでもユーリの話をちゃんと聞いた上で怒ってくれる、意見してくれる。そんな気がするのだ。

 だから、彼の期待に応えたい。

 それは親に認められたい子供の心理に似たものかもしれなかった。

 

 だから勇気を振り絞り、ニスに向かって口を開いた。


「すまないが、このダイマの店について──」


「私の仕事はここまでですので。では、失礼します」


「──教えて……。ああ、そうだな。道中ありがとう。気を付けて帰ってくれ」


 キビキビとした礼をして、ニスはさっさと帰ってしまった。

 吹き抜ける風が、まるでユーリの心にも抜けていくような、悲しい気持ちが心臓を押しつぶそうとしてくる。


「いやいや、ここからここから、俯いてたってしょうがない、楽しもう」


 物事を楽しむためには、努力が必要だ。それも誰か一人の努力では成立しない。その場の全員が同じく楽しもうとしなくては、壊れてしまう。

 それがユーリの前世からの持論である。だから勿論、ユーリ一人の努力では成立し得ない。けれど、ユーリも努力をしなければ、永遠に成立する日は訪れない。

 人は後ろに進む事ができない。必ず前に進む生き物だ。立ち止まる事はあっても、誰もが進む事を怖がっても、絶対に誰かが最初の一歩を踏み出す。

 どんな逆境であっても、どんなに味方が居なくても、前に進む最初の一人はどこかに存在するのだ。じゃあ、それは自分でいい。

 誰かがやると任せているより、自分が動いた方がいいのだ。そうする事で何が自分に降りかかったとしても、後々自分も含めて、楽しく笑える空間を作るためだと思えば、苦労くらいは全然構わない。

 

「俺は冒険者のみんなと仲良くなって、この町の、出来ればハーシェル領の村についても、治安を維持する活動を一緒に考えて貰おう」


 声に出してみると、不思議と勇気が出てきた。

 とはいえ、今回は難しい事などあまりない筈だ。ただ相談したいだけだからである。

 ここまで歩きながら考えていたのは、巡回警備を依頼しようと思った。けれど

それは結局、ただ冒険者が町や村を歩くだけだと、本当に犯罪の抑止になるかどうかわからないのである。

 というのも、巡回中に犯罪行為を目にしたとして、本当にそれを制止する行動をとってくれるのかという不安があったからだ。

 もし、ただ歩いているだけでお金になると思って仕事をされてしまっては、意味がない。といって、もしそれを予防するために犯罪者を捕まえたら報奨金を出すという事にしても、お金目当てに冤罪が増えてしまうかもしれない。

 じゃあその冤罪が出た場合にペナルティを、としてしまうと、今度は面倒だから報奨金は諦めて歩くだけでいいとなるかもしれない。


 道中ずっと会話もなく暇だったので、ユーリなりに色々と考えたのだ。

 仮に自分が冒険者だったとしたら、誰かが困っていて依頼を出しているのだから、それをちゃんと達成したいし、自分が誰かの役に立てるなら嬉しいとも思う。全力で仕事をしようと思うだろう。

 けれど、自分では絶対にそういう考えにはならないという事を、実際にやってしまう人たちも存在するのだ。

 とても同じ人間がやる事とは思えないような事を。それも、嬉々として。


 例えば、領民の一部がハリーに行ったような。


(やめよう! 今はそんな事を考えるべきじゃない!)


 胸中で頭を振ったユーリは、その勢いでダイマの店と看板のかかった店に向かって足を進める。

 木造で、高さもある建物だった。窓の位置から察するに、二階建てなのだろう。古い木材は所々痛んでおり、長く営業してきたのだろうなという歴史を感じる。

 そんな建物に近づいていくと、中から酔っ払いの笑い声、とりわけ荒くれ者特有の「ガハハハハ」というような豪胆な声が中から聞こえてきた。

 これから会うのは、数少ない戦闘を得意とするタイプの冒険者。まるでRPGの始まりの様だ。

 人知れずワクワクしながら、ユーリは思い切り扉を開いた。


 しん。という音が聞こえる気がする。

 先程まで店の外までガヤガヤとした声や音が聞こえていたのに、それが一瞬にして消えたのである。

 そして、全員の視線がユーリに集まっていた。とても友好的なものとは思えない。

 怪訝、敵意、不安、疑念。そんな目が、無数にこちらを突き刺してくる。

 

 ダイマの店は酒場だった。入り口近くのテーブル席には禿頭で痩せぎすな男が、鋭い目をしてこちらを睨むようにしている。

 その男と談笑していたであろう、木で出来たジョッキを手にした、革鎧を地肌に直接着ている男も、肩眉をあげて睨みを利かせている。

 それはその席だけではない。決して広くない店の奥まで見ても、そんな調子だった。

 ダイマの店の天井は中央が吹き抜けになっており、一階から二階の廊下が見える造りだったのだが、二階の廊下の手すりにもたれている男も、こちらを睨むように目を向けている。


 さっきまでワクワクしていた気持ちが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。

 何もかもうまくいかない。生来ポジティブな性格であるユーリをして、思わずそう考えさせる程、酷い状況が続いていた。

 とりあえずは店主に挨拶をしよう。そう思って目に映ったカウンター席の奥で腕を組んでいる男に向かって歩を進める。

 カウンターの奥に居るという事は、少なくとも店の関係者であると思ったからだ。

 しかし、その歩みは止められた。禿頭の男が肩を掴んできたのだ。


「おい、道を間違えたんだろ? 出口は反対側だぜ、お坊ちゃん」


 ニヤニヤと笑う男の顔には、明確な悪意が見える。嫌な顔だった。ユーリがとても嫌いな顔だ。

 けれど、ここで暴れる訳にもいかない。だから、穏便にすまそうとユーリは笑顔を作って対応する。


「ここが危険だという事を教えてくれてありがとう。けれど、俺はこの店に用があるんだ。放してくれるかな」


「あ? 誰が喋っていいつったよ」


 男は掴んでいた手を、放すついでに力を込めて押してきた。

 かなり強い力だったので、思わずよろけるユーリに、男は「なんだこいつ雑魚だぞ」と笑う。


 それを合図に、ニヤニヤと笑う男達が群がってきた。喧騒などが起こっている訳ではない。静かに、何も言わず、ただ嫌な笑顔を浮かべて集まってくる。

 ユーリは、いつかの恐怖を思い出して、手が震えた。いや、足も震えていただろう。

 いや、震えたのは恐怖の為だけではない。

 怒っていた。


(こいつらもそうなのか。ハリー兄さんにあんな事をした連中と。倒さなきゃ、エネミー判定になる筈だ、カルマは下がらない筈だ)


 ユーリは胸中で、もう現実を見ていなかった。目の前の人間を、人間ではない別の何かに置き換え、この世界を現実ではない何かに置き換えていた。

 そうする事で、辛うじて狂う一歩手前に踏みとどまっている。


 危うい時間が訪れた。何かが少しでも弾けるだけで、例えばフォークが地面に落ちるだけで、暴力がその場を埋め尽くすかもしれない。そんな時間。


「やめときなよ」


 しかし、その空間を止めたのは、若い男の声だった。


「おーいクリスぅ、止めるなよ」


 禿頭の男が冗談めかして言うが、クリスと呼ばれた青年。緑の髪で、ボロボロだが几帳面に手入れしている事がわかる革鎧を着た青年は首を振る。


「ハズス、お前の為でもある。こいつのマントの紋章はハーシェル家のものだ。紋章がわからないお前でも、言ってる事はわかるな?」


「な! ハーシェル家!?」


 先程まで音一つなかったダイマの店は、至る所にざわざわとした会話が波及しだした。

 それが始まってきっかり5秒後。クリスと呼ばれた男はこちらに鋭い目線を向けてきた。


「貴族はそれとわかるように紋章を身に着ける。そして服装も敢えて高級なもので揃えて、貴族だから近づくなよ、近づく場合は粗相のないようにしろと言外に領民に知らせる。それは配慮だ。けれど、ここは一般的ではない生活をしてきた人間が集う場所。そういう常識を知らない。そんな所にお前は何をしに来た」


 言葉に棘はあるが、クリスは冷静な男に見えた。だから、ユーリもつられて落ち着き、先程のような精神状態から解放される。

 この町の為に話がしたい。そう言えばいいのだが、全員の目が集中していて話を切り出しにくい。

 そう思っていると、クリスの傍らに、もう一人現れる。


「出て行けよ、貴族。お前がいたら酒がまずくなる」


 黒髪を伸ばした女だった。腰の左右に斧がぶら下がっており、二刀流ならぬ、二斧流の使い手だろうか。体の線は細く、そしてそれ以前に、酒を飲むような年齢には見えなかった。

 よくてユーリと同じ年、つまり10歳前後ではないかと思う。

 クリスは少し年上だろうか。ハリーと近いくらいではないだろうか。


 周りは黒髪の女に賛成だったようだ。


「そうだそうだ! さっさと帰れ!」


「いい服着やがって! ガキのくせによ!」


「苦労なんかしたことねえんだろきっと。いいよなあ! お貴族様は!」


「帰り道忘れちゃいまちたかお坊ちゃまぁ! アハハハハハ!」


 もう帰ろう。こんな状況で建設的な話なんて出来るわけがない。そう思ったユーリの背後で、扉が勢いよく開く。


「誰か! 助けてください! 南の森でユタラプトルが出た! リクとルルが食われた! あとはジンが……ジンとはぐれた!」


 青い髪を乱し、目に涙を浮かべ、助けを請うように叫ぶ女の声が、ダイマの店の喧騒を塗り替えた。

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