第19話 モウガン殿はお帰りにならないので?
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「モウガン殿はお帰りにならないので?」
どっかとソファに座り、不思議そうに見上げるマクスに、モウガンは笑顔で返す。
「少し、マクス殿とお話しをしたいと思いましてな」
モウガンは先程までユーリが座っていた場所に座り直し、にこやかに笑いかけた。
しかし、マクスは違った。顔を歪ませ、ここぞとばかりに文句を始める。
「あれがハーシェル家のバカな次男ですか。モウガン殿、しっかり手綱を握っておいてください。噂程バカではないようですが、それでもなんですかあの要望は。治安を守る手伝いという言い方から察するに、冒険者協会も国営の機関なのだから国の裏側の闇を払うために力を貸せという事でしょうけれど、こっちにも立場がありますからな!」
ついにとうとう声を荒げ、唾を飛ばして身を乗り出すマクス。
「本当にあの次男はふざけている。命を狙われて怖かったのか知らないですが、だったら自分の力でどうにかすればいいでしょう。我々を頼るならもう少し何か土産でも持ってきたらどうなんですかねえ。モウガン殿、そのくらいの知恵をあのバカに授ける事はできなかったのですか? 結局我々のよ──」
「なあ、支部長さんよ」
モウガンの、いっそ優し気な声。その声にどれほどの力があったのか。
ベラベラと喋っていたマクスが、まるで糸の切れた人形のようにピタリと止まった。
「そろそろ臭ぇ口塞いだらどうだ。ああ?」
「……っ! おま……何を言って……!」
絶句し、引きつったような声しか出ないマクスに、モウガンは呆れたような溜息を吐いた。
「おい、こいつの躾が出来てねえんじゃねえか? なあ、アスモス」
「申し訳ございません。モウガン様」
「……! お前!」
モウガンに対して目を伏せ、頭を下げるアスモスに、絶句した目を向けるマクス。
マクスにしてみれば、信頼していた部下に後ろから刺されたような心地だっただろう。
実際にモウガンが刺せと命令すれば、それを実行するかもしれない。それくらいの信頼関係を、二人に感じたのである。
「マクス支部長殿」
「な、なんだ」
モウガンに呼びかけられ、裏返った声で返事するマクス。既に立場は逆転していた。
「領主の息子が、領民に対して善い事をしようとしてるんだ。そして、それを町の国営機関に協力して欲しいと要請しに来てる。とても善い事だ。誰にとっても良い事だよな。違うか?」
「そ、それは」
「俺は別に、ここが明日エイトネックの拠点に変わってもいいんだぜ?」
「なっ!」
エイトネックとは、この辺りを縄張りにしているストリートギャングの名前だ。田舎のギャングであるから大きな都市ほどの規模はないものの、それでも、ギャングの存在はどの町でも恐怖の対象である。
「んで、ハーシェル家がアスモスと一緒に冒険者協会を取り戻し、亡くなったマクス支部長の代わりにアスモスを据える。どうだ? なかなかいい筋書きだろ」
はっはっは、と笑うモウガン。哀れにもマクスは声すらも出なくなってしまっていた。
モウガンの言い分は、言う事を聞かなければ殺す。そう言っているようなものだからだ。
しかしそれでも、仮にもトップの場所に座る人間として、マクスは身を乗り出して反論をしようとした。
「そんな事をして、冒険者協会、並びに支援している教団を敵に回すおつもりか!」
「ああ、それでも構わない」
「なっ!」
片目を瞑り、睨むようにするモウガン。その剣幕に、マクスは仰け反った。
「俺はよ。いや、俺たちはよ。死ぬ事なんか怖くねえんだ。それよりももっと怖い事を知ってるからな。そんな事よりも」
そして、マクスが仰け反った分だけ、モウガンはずいっと身を乗り出し、凄んでみせる。
「いいのかお前。その発言は、ハーシェル家と敵対するって意味で受け取るぞ」
ヒッ、という引きつったマクスの声が部屋に響き、そしてマクスは震える体を抑えてなんとか声を絞り出した。
「そ、そのような意図は……あ、ありません……です」
「そうか」
その言葉を聞いて、モウガンはソファに深く座り直し、まるで説教でもするように口を開いた。
「俺はな、意味もなく抗って無駄に荒らす奴が嫌いなんだ。掃除が大変だからな。そういう奴らは失敗させようとするだけで、より良い案なんか持ってねえ。持ってたとしても、反対するために絞り出した訳のわからん浅い考えくらいだ。よく考えてみろ、領主が協力を要請して、それが良い事で、実行可能。だったら従えばいい。そこに抗う要素あるか?」
マクスは引きつった笑顔を浮かべ、頭をフルフルと降った。
「い、いえ、決して私は抗ったわけでは」
「そうか? 反抗的に見えたけどなあ。もっとわかりやすくしてくれなきゃ、こっちも勘違いしてしまうよなあ。そう思わないか? マクス支部長殿」
「お、お、仰る通りです。分かり辛い態度で申し訳ございません」
すっかりと呑まれてしまったマクスに変わり、アスモスが隣から口を開いた。
「では、モウガン様。我々は例の誘拐事件の黒幕についての情報を探る、という事でよろしいでしょうか」
「ああ、俺のボスがそれを望んでるんだ。悪いが頼む。それと、冒険者協会の周りでボスが普通じゃない事をするかもしれないが、見過ごしてやってくれるか?」
「誘拐の件以外にも動かれるという事ですね。委細承知いたしました」
「それじゃ、邪魔したな」
そう言い置いて、モウガンは部屋を後にする。
部屋を出て、モウガンは一つ溜息を吐いた。それは深く、魂の一部が流出しているかのような深さだった。
モウガンはユーリの事を考えていた。ユーリは確かにあまり頭の良い人間とは思えなかったし、馬鹿だと言われれば、確かに馬鹿なのかもしれない。
けれど、他人に馬鹿にされるのは、我慢がならないのだ。
(あれでも、俺が仕える主人だからな)
モウガンは決めていた。残りの人生を、ユーリに捧げようと。
それがどうしてそう思ったのか、それは自分でも言語化できていない。はっきり言って、今でもユーリの事を好きにはなれない。
それでも、支えようと思ったきっかけの一つとして、彼の才能がある。
彼はモウガンのように詰めて考える事が得意ではないが、知識と知識を組み合わせて、自分などでは思いつけないような発想をする事のできるタイプだと感じたのである。
それは、ある種天才的な数学者や、発明家にも似た一つの頭の良さの形だと感じたのだ。
しかし、彼にそれをしっかりとした形にするだけの能力が欠けているようにも思う。
だから、馬鹿だと思われてしまうのだ。
けれど。
それをモウガンが補ってみたらどうだろう。
あやふやな、形にならないような物を、モウガンがしっかりと形にする事ができたなら。
「……俺も存外、馬鹿なのかもな」
そんな事を呟き、モウガンは歩き出した。




