第18話 副支部長のアスモスという男です
マクスに案内されたのは、執務室兼応接室といった部屋の様だった。
広い部屋、窓を背に大きなデスクが背を向けており、普段はそこに座って執務をしているのだろう事が伺える。
部屋の中央には向かい合うように三人掛けのソファーが置かれており、その中央には飲み物が置かれたテーブルがあった。
どうぞ、と手を差し伸べられてソファーに座ったユーリが部屋の調度品を見渡していると、まるで表彰状を飾っているような場所を発見する。
そこには、「冒険者協会シエル支部営業許可証」という、どうやらハーシェル家が発行したらしい許可証や、発行がアセンブル教団で「優秀賞」と銘打たれた書状が飾られている。
何が優秀だったのかはわからない。きっと本文が読めればわかるのかもしれないが、表題や発行者の欄に比べて本文は文字が小さく、近づかなければ読めないだろう。
そしてこの応接室にいるのは、ユーリとマクスだけではなかった。
ユーリとマクスは向かい合うように座った。モウガンは勿論ユーリの傍らに腰かけ、その対面には見慣れぬ男が座っている。
出入口の扉には、そういう意図はないと思うが、まるでユーリ達の退路を塞ぐかのように男が一人立っている。
最初に口を開いたのはマクスだった。
「ユーリ様。私の隣に居りますのは、副支部長のアスモスという男です。多少不愛想ではありますが、中々に頭のいい男でして、今回の同席をご許可いただけますようお願いします」
「ああ、よろしく」
ユーリは、なるべくハリーのような爽やかな笑いを意識して、アスモスと握手を交わす。
アスモスは表情の読めない顔をしていた。恰好はマクスと同じ制服なのだが、印象が全く違った。
マクスは筋肉を抑える枷のような印象だが、というかそれが異常なのかもしれないのだが、ともあれ、アスモスは中肉中背で、制服を着崩しているような印象を受けた。
首や手首のあたりなど、所々ボタンをしていない箇所があり、だらしないというよりは、自分を制限されるのを嫌う人間という印象がある。
歳の頃なら30代くらいだろうか。暗殺者と言われても納得しそうな鋭い目と、アルコールで目が据わっていると言われてもおかしくないくらいに一点をじっと見る目線は、正直怖いものがある。
ひとしきりアスモスの観察を終えたユーリだが、その後に変な間があった。
マクスの目じりがピクリと動いたのが見える。
「……本日は、どのようなご用向きで?」
その言葉の前に、わざわざ聞かせるなよ、お前がさっさと喋れ、という言葉が入ってそうなマクスの問い。ユーリは既にマクスが苦手になっていた。
けれど、だからといって別にマクスは悪くない。
彼も多分忙しいのだ。そんな忙しい中、貴族の息子なんかが急に押しかけてきて、トップとナンバー2の仕事を強制的に止められてしまったのだ。
それは怒るだろう。ちゃんと表面上だけでもその怒りを隠しているだけ偉いとも言える。
欲を言えばもう少し隠して欲しいと思わないでもないが。
ともあれ、そんな彼に告げなくてはならない。
実は、用など無いのだと。
(流石に、それは怒る、よね?)
ちらりとモウガンに視線を向けるが、彼はマクスに視線を向けていて、こちらを見向きもしなかった。
本音を言えば助けて欲しかったのだが、どうやらそういう事も期待できそうにない。
用など無いと言い辛いなら、用があったとするべきなのだろうが、そう都合よく用件が出てくるだろうか。
いや。
(そうか、まとまってない考えを相談すればいいんだ)
胸中のひらめきを、そのまま口から滑り出させることにした。
「用というのは他でもないんだ、マクス。俺は町の治安についてとても憂慮していてね。だから、その対策を冒険者協会と共に進められないかと考えているんだ」
なんとなく様になったのではないだろうか、と思っているユーリに、マクスは目を細めながら素早く言葉を返してくる。
「治安、と申しますと、御身が危険に晒されたあの事件の事ですかな」
まるで治安ではなくてその件だけの話のような言い方だ。きっと含みがある。含みがあるのは確実だろう。けれど、そこに何が含まれているかなど、ユーリにわかる筈がなかった。
だから、とりあえず話が噛み合うように、修正を図る事にする。
「変に深く考えないでくれ、俺は純粋に町の治安を考えているんだ。勿論、それはあの件で味わったような苦痛を、誰にも体験させたくないという事でもあるけどな」
「……なるほど。しかし、恐らくレッドフィールド家が絡んでおります。その計画に、我々が参加するのは難しいですな」
噛み合わなかった。何を言っているのかさっぱりわからない。
ユーリは、とにかく難しく考えないで欲しいと願いながら口を開いた。
「何も難しい事をして欲しいわけじゃないんだ。マクス、冒険者協会にこの町の治安を良くする助けをして欲しい。それだけなんだよ」
マクスは眉をひそめて唸るような音を出した。そして、搾り出すような声を響かせる。
「……痛い所を突いてきますな。しかし、我々の出資は国よりも教団からという事をお忘れなく」
「なるほど、良く分かったよ」
分からないという事が分かった。
お前は一体何を言っているんだ、と思わず口から出そうになり、飲み込んでなんとなくその場の雰囲気に合わせて喋ってみたが、そろそろ白旗を上げたい気分である。
隣のモウガンは絶対に喋ってはいけない呪いにでもかかってしまっているかのように喋らない。
そこに、今まで黙っていた副支部長、殺し屋のような目をした男、アスモスが口を開いた。
「しかし探りを入れる事くらいは可能でしょう。いえ、寧ろ民間の団体である傭兵組合や狩人組合などと違って、国の傘があり、それでいて勢力の隔てなく存在する冒険者協会こそが、安全に情報を仕入れられると踏んでユーリ様はここにいらしたのだと思いますが」
「それはわかっている。少し黙っていなさい、アスモス」
「……承知しました」
支部長と副支部長の間で意見交換があったようだが、話の中心に居るはずのユーリは置いてけぼりである。
寧ろ付いてきていると二人は思っているのかもしれない。だが、振り返って欲しい。ユーリはまだ、出発地点にすらいないのだから。
このままではいけない、具体的な話へと繋げなければ、いつまでもこの居心地の悪い空間が続く事になる。
「ところで、冒険者には腕に覚えがある連中もいるのかな?」
聞くと、ピクリと眉を動かしながらもマクスは笑顔を取り繕う。
「はい、この町での人気の仕事は荷運びや建築補助などですが、たまに傭兵組合から行軍の補助の依頼が出たり、狩人組合から採集の補助の依頼が入りますから。仕事内容は調理や荷物持ちなどが主ですが、それでも戦闘の技能検定資格保有者でなければならない仕事です。それと後ろ暗い仕事も少々……そういった仕事は大体ダイマの店に委託しております」
「ダイマの店?」
「ええ、提携飲食店ですよ、ユーリ様」
それが何なのかわからないから聞いたのだが。と言いたいユーリだが、勉強不足なのは自分のせいである。諦めて話を進める事にする。
「そこに例えば、周辺の見回りの仕事とかを依頼する事はできるかな」
マクスは、わかりやすく嫌な顔をした。
「傭兵ではなく、冒険者を軍事利用するおつもりで?」
「いやいや、そういう事じゃない。領民の自警団のような事をさせたいんだよ」
「意図がわかりかねますが、ご自由に、という一言に尽きます。我々は別に誰から誰に依頼が行っても、本人たちが納得していれば文句はありませんから」
なんとも投げやりな言い方である。嫌な相手だと思いつつも、先程、冒険者を軍事利用する事に嫌悪感を示した事から、多分この人はこの人なりに冒険者達を守りたいんだろうなと思う。
ずっととげとげしい感じがするのも、きっとその思いが強すぎるからなのかもしれない。
惜しむらくは、こちらは敵ではないのだ、と巧く説明できない自分の話術の無さだろうか。
心の中で溜息を一つ吐いたユーリは、気持ちを切り替える事にした。
「これからその場所に行きたい。ああ、特に協会の人間は立ち会わなくていい。忙しい中、相手をさせてしまって申し訳ないな」
「いえいえ、こちらこそ。貴重なお話しをお聞かせいただきありがとうございました。とはいえ、この辺の道も入り組んでおりますので、道案内の者を付けましょう。おい、ニス」
「は!」
「ユーリ様をダイマの店までお連れしろ」
「承知しました!」
そうして会談も終わり、ニスと呼ばれた、退路を塞ぐように出入口に立っていた男と共に部屋を出る時に、モウガンが耳打ちしてきた。
「少しマクス殿に用がございますので、先に行っていてください。それと……」
ほんの数センチだろう、けれど、ぐっとモウガンが顔を寄せたのを肌で感じる。
「絶ッ対に貴方の能力については、誰にも見せてはなりませんぞ」
「わ、わかってるよ」
モウガンの圧に押されるようにユーリは僅かに身を仰け反らせつつも、取り敢えずは従う事にした。
そして、ユーリとニスは部屋を後にしたのである。




