第17話 86番の木札をお持ちのお客様
「86番の木札をお持ちのお客様ー」
椅子が整然と並んだ待合室で、小奇麗な制服を着たフロアスタッフらしい人物の声が聞こえる。
そこはシエルの町にある冒険者協会の待合室だった。
あれからボウマンは早急に馬車の手配をしてくれ、程なくして町の冒険者協会という建物に連れて来てくれたのである。
ボウマン曰く、馬車の手配と同時に早馬を走らせて、協会の責任者にこれからハリーが向かうという旨を伝えるように手配したという事らしいから、番号の木札を手に待つ必要はないだろう。
ともあれ、冒険者協会という名前からはあまりに予想と異なる風景に、呆然としていた。
周りを見やると、椅子に座って待っている数人が自分の木札を確認し、その内一人が立ち上がってフロアスタッフの元に歩いていく。服装から察するに、商人のようないで立ちである。
他の待っている人物たちも、基本的に商人か、あとは建設関係と思しき人物などが多かった。あとは、非常に元気のない、貧困層だと思われる人間がちらほらと確認できる。
「なあ、ボウマン。ここは冒険者協会なんだよな?」
「はい。冒険者協会でございます」
印象としては、前世の役所のような印象だった。待っている人間は静かに行儀よく待っており、案内するスタッフは愛想よく、それでいてテキパキと対応している。テキパキとしているという部分が、どこか事務的に感じる印象もあり、それは窓口の対応もそういう風に見えた。
驚いたのは、この場に帯剣というか、武器を持っている人物などは殆どいない。ユーリの想像では、荒くれ者がガヤガヤと談笑しているイメージだったのだが、荒くれ者など一人もいなかった。それどころか笑い声や雑談の気配すらない。
ただただ要件を伝え、それを処理し、終わったらすぐに帰る。そんな場所の様だ。
「冒険者っていうか、商人の集まりみたいな感じがする」
ぽつりと言ったユーリの言葉に、ボウマンは補足するように言葉を付けた。
「それはその通りかもしれませんな。申し訳ございません、説明しておりませんでしたが、冒険者自体は殆どこの場所にはおりませんので」
「え? 居ないの? 冒険者協会なのに?」
「はい。ここに居る者は依頼を出す側が殆どです。それでも、切羽詰まった冒険者はチラホラ居るようです」
ボウマンが目線で示した方向を見ると、死んだような目をしたボロボロの服を着た男や、ガリガリに痩せ細った老人が居た。
どちらもユーリが思い描いた冒険者とは程遠い。もしかすると、冒険者の定義がこちらの認識と違うのかもしれない。
いや、そう言えばこの世界には傭兵が存在する。よく考えると、ユーリが思い描く冒険者の仕事は、モンスターの討伐や危険な場所での素材採集、またはダンジョンの探索などである。しかしそれは、別に冒険者という職業でなくても、傭兵でよい気がする。
であれば冒険者とはどういう存在なのか。
そんなユーリの思考を読んだかのように、モウガンが口を開いた。
「現代で冒険者とは、つまるところ住所不特定な者全般を指します。移動しながら町や村の外でテントを張って暮らす集団や、町の中で決まった住所を持たない者でございます」
「なんで住所を持たないんだ?」
「いくつか理由はあるでしょうが、移動しながらテントを張って生活している者達は、自由を標榜しております。まあ、つまるところこちらが定める法律や納税義務に従いたくないという事ですな。町の中に居る住所を持たない者は、金銭的な理由などで住所を得る事ができないという事です。親の仕事を継いだり手伝いをしたり出来なければ、基本的に職がありませんからな」
「でもそれって、全然冒険してなくない?」
ユーリの素朴な疑問に、モウガンは頷いた。
「その通りです。冒険者という呼び名は、住所を持たない者や税や法から逃れようとしている者達に対して、住民たちとの軋轢が少なくなるよう、差別的な呼び名を避ける意味で各国の教団が定めた呼び名です。本来の冒険者というのは、遺跡探索やダンジョンを探索したりで生計を立てる者達の呼び名でした。彼らは危険な場所に赴き、人類に新たな知識をもたらす存在として尊敬されていましたから、その威光を借りたかったのでしょうな」
なるほど、という声が耳に入る。恐らく意図せずユーリ自身が呟いたのだろう。
ゲームや物語であれば、冒険者というポジションを登場させる場合、必ず冒険や戦いというような意味を持たせるだろう。
しかしここはゲームでも物語でもない。現実なのだと実感する。
目的の為に作られた設定とは違う、歴史の中でなるべくしてなっていったという、或いは生物の進化に近い重さ。それでいて世知辛さのような物悲しさも感じた。
そんな感傷に浸るユーリ達の元に、屈強な体をきっちりとした制服で抑え込み、獰猛な気配をにこやかな笑顔で包んだ男が歩み寄ってきた。
「ようこそ、冒険者協会へ。お初にお目にかかります。私は冒険者協会のシエル支部、支部長を務めるマクス・トトリスと申します。以後、お見知り置きを」
慌てて挨拶を返そうとしたユーリだが、モウガンが背中に手を添えたのを感じ、一瞬その顔を見上げる。
すると、「しっかりやれ」という意思が明確に込められた目線が待っていた。
(わ、わかってるよ)
胸中と目線で返事をしつつ、ユーリは一つ咳払いをした。
「わざわざ出迎えご苦労。ハーシェル家次男のユーリだ。トトリス殿、今日はよろしく頼む」
ユーリが手を差し出すと、マクスは両手でその手を掴み、にこやかに笑った。
「私の事はマクスとお呼びください。突然とはいえ視察に来ていただいて光栄です。しかし、数日前に伝えていただければ接遇の準備も万全に出来たでしょうが、何せいきなりの訪問ですから、何も用意できておらずこうしてお待たせする事となってしまい申し訳ございません」
そう言ってマクスは、じっとユーリを見た。その目の奥は笑っていない様に感じる。
心の機微に疎いユーリですら、マクスが皮肉を言っているという事は分かる。
これに関しては、ユーリにしても、別にここまで大げさな事を考えてはいなかったのだ。別に支部長と話したいとだとか、責任者を交えて話をするだとか、そういう事を考えていた訳ではなかったからだ。
ただ冒険者が居る場所に行って、その場で色々見学したり話をしたり出来ればいいなと思っただけである。
そういう意味では、モウガンが大げさにしてしまった、とも言える。
いや、もっと言うと。
(俺の考えている事をちゃんと明確に伝えていたら、こうはならなかったのかな)
何も言わず一歩引いているモウガン。相変わらず意味深な目で見てくるマクス。
会談の前だというのに、ユーリはもうすでに、帰りたくなっていた。




