第15話 このクソゲーがああああああ!
「このクソゲーがああああああ! ……あれ?」
目の前にあったのは、先程までの暗い場所ではなく、見慣れた自室の机だった。
窓から差し込む明るい日差しが目に突き刺さって、思わず顔を顰める。
どうやら机に突っ伏して眠ってしまっていたのだろう。背中が痛いのも、そのせいかもしれない。
(あれは夢だったのかな。それにしては、やたら現実感あった気がするなあ)
明晰夢というやつだろうか、などと思いながら肩を回して凝りをほぐそうとする。
すると、するりと背から何かが落ちる感覚がする。
見やると、足元に毛布が落ちていた。
(もしかして、モウガンが掛けてくれたのかな)
そんな事を思ったユーリは、もう一つ大事な事を思い出した。
「そうだ! 設計図は……あれ!? ない!」
机の上は、綺麗に片付けられてしまっていた。
昨晩モウガンと車椅子の設計を一緒に考え、ある程度形になった所で寝てしまったのだ。
その筈なのに、その設計図がないのである。
「あれ? うそ! え? あんなデカい物失くす事ある!?」
寝ぼけているからという事もあって、まともな思考ではないユーリは、はだける衣服もそのままに、部屋を飛び出してしまった。
そして屋敷を走り回っていると、モウガンの姿を見つける。
「モウガン! 設計図が!」
「……おはようございます、ユーリ様。ひとつよろしいか?」
「え? あ、うん」
「服をちゃんと着なさい。それは貴族以前に人としての問題です」
「ごめん、わかった」
言いながらユーリは衣服の乱れを正すようにする。といって、はだけた部分のボタンを閉めて、シワの部分を軽く叩くくらいのものだが。
「ひとつと言いましたが、もうひとつ。貴族たるもの、何があっても慌てている事を外に出してはなりません。内心はどんなに慌てていようとも、顔は涼しい顔をしていなさい」
「お、おう。わかった」
「それともうひとつ、廊下をみだりに走ってはなりません。火急の事態であれば仕方ありませんが、ここには使用人もいます。ぶつかってしまったら、その責任はユーリ様ではなく使用人が取る事になってしまいます」
「それは……良くないね。誰も幸せにならない」
「そうでしょう。それともうひとつ……」
「ちょっと待って!」
いつまでも続きそうだったモウガンの小言を一旦止めるべく、ユーリは両手を前に出して抗議の姿勢をとる。
そして、本題を告げる。
「設計図がなくなっちゃったんだ。早く形にしたいのに」
そう言うと、モウガンは「ふむ」と言いながら髭を撫でた。
「設計図でしたら、ユーリ様の部屋で額に入れて飾ってありますよ。私から見て、あの設計図はユーリ様の大きな計画への第一歩なのですから、初心に帰る時などに見返すといいでしょう」
「え? いやでも、まだこれから使うんだってば」
「原本は飾っておりますが、より現実的な修正をした上で複製しておきました。複製したものは応接室に用意してありますので」
ほっと胸を撫でおろすユーリ。そもそもそんなに慌てる事ではないという事に今更気付き、少し恥ずかしい気持ちになる。
すると、窓から赤い光が見えた気がした。
「もしかして俺、結構寝てた?」
「そうですな、朝型に入眠されたようで、今は夕方ですから、12時間ほど、といったところでしょうか」
「え! もう夕方!? あー、今日は図面持って町に職人さんを探しに行こうと思ってたんだけどな」
「貴方の立場で、職人にさんをつけてはなりませんぞユーリ様。それと、その件ならご安心ください。朝方に町一番の職人に文を送っております。仕事が落ち着いた頃に屋敷に来るように書いておきましたので、そろそろかと」
「お、おう、ありがとう。じゃあ準備しなきゃかな」
「応接室に設計図と模型は用意しております。あとは一度自室に帰ってお召し物を整えるようお願いします。それと、使用人に職人との会談中に部屋の掃除をするように言いつけておりますので、捨ててはならないものを分けておいてください」
「う、うん。ありがとう」
思わず目を瞬かせるユーリ。打てば響くように答えが返ってくる、そして何をすればいいのかを明確に伝えてくる。そんなモウガンの仕事の的確さへの驚きと、何故急に協力的になってくれたんだろうという疑問。
それらが綯い交ぜになった感情が表に出たのである。
じっと見つめるユーリに、恥ずかしいような顔をしたモウガンは、コホンと咳払いをした。
「さあ、早く行ってください。私も暇ではないので」
「うん、モウガンってやっぱシゴデキなんだね」
「シゴデ? なんですかなそれは」
「なんでもない! ありがとう!」
言って走り出したユーリの背に「だから! 走ってはいけません!」と声がかかって慌ててスピードを落とし、部屋に戻った。
その後、使用人が選んでくれた服を着て臨んだ職人との会談は、とてもいい雰囲気で進んだ。
職人に「さん」をつけてはならない、などと言うモウガンだから、横柄な態度をとるんじゃないかと思っていたが、そんな事もなかった。
よくよく観察してみると、職人もモウガンもお互いの立場をわかっていて、そうした方が都合がいいというのが傍目にもわかる、最適化した振る舞いなんだなという事が見て取れた。
寧ろ、お互いに褒め合っていて和やかですらあったくらいだ。
人と人の関係をそういう目で見た事が無かったユーリは、一つ知見を得たのである。
因みに、職人とユーリの間で唯一意見の衝突があったのは、名称だった。
「車椅子」と命名したいユーリと、「椅子車」にした方がいいという職人&モウガンとの闘いである。
ただ、これはユーリにとって分の悪い戦いだった。前世でそう呼ばれていたから、という吹けば飛ぶような軽い動機でしかないユーリと、椅子の形状をしているが、乗り物として動かせる事がメインだから車の椅子ではなく、椅子の車と呼ぶべきだ、という割としっかりした理由のある職人。
ユーリの前世も、きっと調べればしっかりとした理由があって椅子が後に付いている名前なのだろうと思うのだが、こればかりは最早調べようがなかった。
更にモウガンのダメ押しである。
馬車、荷車など、車輪を使って移動する製品は基本的に車が後に来る。かつてある貴族が作ったベッドに車輪を付けた代物も寝台車というらしい。これが車寝台という名前だと気持ちが悪いし、車椅子も同じように気持ち悪い。こんな所で常識にない奇妙さを出す必要はないのではいか。というものだ。
確かに最もな意見だったし、ユーリは既に前世が何故、椅子車ではなく車椅子と命名されていたのか不思議でならなくなっていたくらいだった。
そして、モウガンの交渉の旨さもあって、最初は1か月は制作に欲しいと言っていたものが、1週間で形にするという話になった。
これにはユーリも笑顔である。
ずっとふさぎ込んでいた毎日が、ようやく晴れたような、そんな気分だった。
そしてその日の夜。自室にて今まで後回しにしていた事に手を付けようという気になった。
ようやく自分の事を考える事にしたのだ。
そう、自分の能力の事についてである。
「どう考えても、バーバリアン、だよなあ」
上半身裸になる事で強くなるなんて設定、どのゲームでもバーバリアン意外にあり得ない。
そして前世の最後の記憶も、バーバリアンのキャラクターをプレイしていた。
「プレイしていたゲームの世界に転生した、って感じではないんだよなあ」
生前にプレイしていたDWDというゲームの世界も、確かに剣と魔法の世界ではある。
だけれど、文化や社会などはゲームからは殆ど推察できない。なにせ会話できるNPCは10名ほどの商人だけなのだ。
彼らは武器屋、防具屋、ジャンク屋など、それぞれの商売と、併せてタスクを発注している。
タスクというのは、つまり依頼である。ゲームの中で依頼というとクエストと呼ばれる事が多いように思うが、ユーリの中でこの呼ばれ方の違いはなんとなく分かる気がしていた。
冒険っぽい場合はクエスト。業務っぽい場合はタスク。といった感じだ。
だから業務シミュレーター系の依頼はタスクと呼ばれ、RPGでの依頼はクエストと呼ばれるという理解である。
つまりDWDは世界を探索するような冒険はしないのである。ダンジョンから金目のものを見つけ、生きて持ち帰る。究極的にはそれが目的のゲームだ。
なんなら戦闘しない事もよくある。
そんな世界に転生したとしたら、少なくともダンジョンにまつわるような場所が近くにありそうなものだが、そういう事はない。
ただ、この世界にダンジョンは存在する様だ。その最奥には魔王がおり、あまり気軽に探索できるような場所ではないとモウガンが言っていたような気もする。
「そう言えば、夢の中でダンジョンは壊せって言ってたな……いや、今考える事じゃないか」
思わず考えが横に逸れていっていた事に気付いて頭を振る。
「そうだ、まずは能力だ。もしDWDのバーバリアンだったとしたら」
目の前に広げた紙に「バーバリアン」と書いてみる。その下にレベル、スキル、ステータス、装備、なんとなく関係がありそうな事を書いてみた。
最初にレベルである。
DWDはPvPvE、つまりプレイヤー同士の対戦があるゲームではあるが、レベルも存在する。
最大レベルは10であり、このレベルが上がってもステータスの値に変更はない。
というか、ステータスを上げる手段はスキルか装備、または一時的に魔法やポーションなどで上げるという手段しかない。
さらに、ゲーム中にキャラクターが倒されてしまうと、そのキャラクターはデータから消えてしまう。つまりそのキャラクターが所持していたアイテムとレベルは消失してしまうというパーマデス仕様だ。
といって、倉庫に入れていたアイテムは消えないし、キャラクターも無課金なら4人、課金すれば10人まで保有しておけるから、完全に最初からという鬼畜なゲームではない。
ともあれ、ではステータスも上がらず、死ねば消失するレベルに何の意味があるのかというと、答えはスキルだ。
キャラクターにはレベルと同じ数のスキルポイントを所持する仕様だった。
つまりレベル1ならスキルポイント1。レベル5ならスキルポイント5である。
スキル側に必要なスキルポイントの空きが設定されている。
そして、そのポイント分相当のスキルを装備できるのである。
例えば、レベル3のキャラクターはスキルポイントが3あるので、1ポイントのスキルと2ポイントのスキルを装備してもいいし、1ポイントのスキルを3つ装備したっていい。
3ポイントのスキルを一つだけ装備するなんて尖った方法でも構わない。
沢山あるスキルの中から、最大10ポイントという枠の中でどのスキルを装備させるかという、ビルドを組む楽しみがありながら、死ねばまたレベル1からという失う事への緊張感もあるので、スキルも戦闘に特化したものだけではなく、失う事を恐れて逃げるためのスキル構成や、戦闘自体を避けて探索する事に役立つスキル構成など、プレイヤーの性格によって組み合わせは多様に存在する。
因みに、装備したスキルを発動する際のコストは、スキルによって様々である。
大体はクールダウン時間があるだけで何も消費しないスキルや、パッシブスキル、つまり常に発動するスキルなどが多い。
とはいえ、魔法は個々に発動可能回数が設定されていたり、他にもスタミナを多く消費するスキルもあったり、はたまた条件が揃わなければ発動しないスキルなどもあるから、奥が深い。
ユーリは、記憶を辿ってバーバリアンのスキルを書き出していく
【バーバリアンの習得可能スキル】
※ ()内の数字はスキルポイント
※ ≪≫内はフレーバーテキスト
・鋼の筋肉(1)
パッシブスキル:上半身防具を装備しない場合、防御力上昇。僅かに攻撃力も上昇。
≪筋肉こそが最高の防具であり、そして武器である≫
・斧の心得(1)
パッシブスキル:斧装備時、僅かに攻撃力上昇。
≪斧は何でも叩き切る事ができる。薪を半分に出来るし、大きな樹木も切り倒せる。あるいは屈強な人間も≫
・拳の心得(1)
パッシブスキル:武器非装備時、僅かに攻撃力上昇。攻撃スピード上昇。
≪何も持っていないからといって、武器がないと思うのは間違いだ。手を握れば、それは武器となる≫
・恐怖の咆哮(2)
アクティブスキル:発動すると、恐怖に耐性のないモンスターを逃走状態にし、更に移動速度を下げる事ができる。
≪恐ろしい存在の咆哮は獲物を逃走させる。しかし、もっと恐ろしい存在の咆哮は、逃げる足が震えて止まってしまう≫
・嚇怒の咆哮(2)
アクティブスキル:発動すると、攻撃力が上昇する。
≪猛獣が咆哮をあげた時、近づくべきではない。それは今まで以上の力で襲い掛かってくるはずだからだ≫
・破壊の衝動(2)
パッシブスキル:斧装備時、盾の破壊が容易になる。また、扉や宝箱なども壊せるようになる。
≪扉の鍵がない? よく見ろ、君は鍵を持っている≫
・激励の咆哮(3)
アクティブスキル:パーティープレイ専用。発動すると、自分以外のパーティーメンバーの攻撃力、防御力を上昇させる。
≪一人で狩りをするのは確実だ。しかし、群れで狩りをする事を覚えたなら、より多くの狩りが君を満足させるはずだ≫
・限界の叫び(3)
パッシブスキル:体力が25%以下の状態で、かつスタミナが0になった際に発動。スタミナが全回復して行動可能になり、一時的に攻撃力と攻撃スピードが上昇する。
≪限界を超えた先に何があるか。そこにあるのは新たな限界だ≫
・野生の嗅覚(3)
パッシブスキル:攻撃を当てると、一定時間相手の足跡が表示される。
≪姿が見えないからといって油断してはならない。奴らは臭いで追ってくる≫
・魂の咆哮(7)
アクティブスキル:上半身非装備時のみ発動可能。攻撃力、防御力、攻撃スピード、移動スピードが大幅に上昇する。
≪全てを破壊するには邪魔なものがある。それは敵と、そして防具だ≫
・最後の抵抗(8)
パッシブスキル:上半身非装備時のみ発動可能。体力が25%以下の状態になると、攻撃力、防御力が大幅に上昇する。
≪手負いの獣は危険な存在だ。そして手負いのバーバリアンは、もっと危険だ≫
そしてこのキャラの特徴を大きく彩るスキルを加味して、バーバリアンの特徴はというと、殆ど戦闘以外のスキルがない戦闘狂である。
戦闘面での評価としては、装備の整わない序盤の低レベル同士なら破格の強さを誇る。なんせ上半身の防具を脱ぐだけで『鋼の筋肉』によって防御力と、おまけに攻撃力まであがるのだ。それだけで雑に強い。
後は2レベルになったら『斧の心得』を付けてやるだけで、同レベル帯で装備の弱い相手なら適当に斧を振り回していれば簡単に勝てる。
だから、多くのプレイヤーはこのキャラクターを初心者向けだと勘違いするのだ。
そして、中盤から勝てなくなる。
レベルが上がってくると強い鎧が出てくるし、強い鎧にはエンチャントが付いていたりもする。だから『鋼の筋肉』が実質役に立たなくなってくるのである。
最も苦行なのは4レベルから7レベルくらいまでが苦行だ。
狩人の連続射撃などの優秀なアクティブスキルや、戦士の堅実なスキル。回数制限こそあるが、強力な遠距離攻撃となる魔法使いのスキルなどと比べてしまうと、鎧を着たバーバリアンは特徴のないキャラクターに陥ってしまうからだった。
一応救済措置なのだろうか、パーティーメンバーを強化できるバフスキルがあったり、体力が25%以下になって、かつスタミナを使い切った時に発動する切り札的なスキルが用意されているが、前者はソロだと意味がなく、後者は戦闘よりも生き残る事が目的であるDWDの世界では、条件が厳しいのであまり有効とは言えなかった。
しかし、そんな苦境を超えて8レベルになった時に、バーバリアンは返り咲く。
魂の咆哮というバーバリアン最強とされるスキルを使えるのである。このスキルはポイントが7なので、覚えるだけなら7レベルからだが、条件に『上半身装備が非装備のみ発動』となっていて、つまり実質的に1ポイントの『鋼の筋肉』を併用する事が前提なのだ。
因みに、『鋼の筋肉』と『魂の咆哮』の効果は重なるため、他のキャラでは出せない圧倒的な攻撃力と防御力を発揮する事ができるのである。
クールタイムが長めである事から連発する事はできないが、それでもタイミングさえ狙えば圧倒的な強さを発揮するのだ。
それがバーバリアン。多種多様な攻略法があっても、全てを力でねじ伏せる。しかしそれを可能にするのは、正しいゲームへの理解と、レベリングの努力。そして卓越したプレイスキルを要求する。上半身裸の姿も相まって、変態的なキャラクターなのである。




