第14話 おはよ
背中が痛い。まるで固い地面に直で寝ているような、そんな痛みを感じる。
そして顔の左側面が熱い。右側面は寒いくらいなのに、左だけが熱かった。それはまるで火で熱せられているかのようだ。
耳からパチパチと、小さな何かが爆ぜる音が聞こえてくるから、案外近くで何かが燃えているのかもしれない。
そう思って、目を開く。
ユーリの目に飛び込んできたのは、まずは火だった。
案の定火が焚かれていて、燃料となる木は潤沢にくべられている様に見える。
次いで、背中の痛みの理由を知る。
起き上がってみると、布団というには薄すぎる、そんな布が敷かれており、どうやらその上で寝ていた様だ。
掛け布団はない。寒いと言ってもそこまで寒い訳ではないから、問題にはならないのだが。
(あれ、ここどこだろ)
ゴキゴキと痛む首を回しながら周囲を見てみるが、見慣れない場所、というかよく見えなかった。
暗闇だけれど、目を凝らすとそこには木々の影が見える気がするから、どうやら外だという事はわかった。
光源のある焚き火の周りの地面は土であるから、間違いはないだろう。
問題は。
(どうして外で寝てるんだろう。確か、部屋で車椅子の設計をモウガンと一緒に……)
思考の渦に吸い込まれそうなユーリ。しかし、それを引き留める者がいた。
「おはよ」
見やると、焚き火の近くに丸太が転がっており、それを椅子代わりに座っている存在が居た。
「あー、えーっと。おはよう?」
先程見渡した時に、何も居なかった気がするのだが。いや、そもそも丸太など存在しなかったような気もする。
しかし、ついさっきの事なのに、勘違いだったかもしれないと思うほど、記憶は曖昧だった。
それよりも目を惹いたのは。
(綺麗な人だな)
思わず胸中でそう呟いてしまうほど、丸太に腰かける人物には美しさがあった。
焚き火の暖かな光を反射する真っ白な髪を腰まで伸ばし、その顔にある大きな目がじっと焚き火の方を向いている。
瞬きすらしないその青い目は、焚き火の明りによってなのか、キラキラと輝いて見えた。
いや、もし明りがなかったとしても輝いていたのかもしれない。そう思える程に、綺麗な目をした女だった。
一見すると可愛いという顔立ちなのだと思う。恐らく、写真や絵で見たなら迷わず可愛いと思ったかもしれない。
けれど、今見ている彼女からは、どこか近寄りがたい何かを感じると共に、自分よりも上位の美しさを持つ、完璧な存在であるという雰囲気がするのだ。
だから、可愛いなどと思う事はできない。美しいと感じるのだ。
着ている服は黒いローブだ。それも上等な素材なのだろう。座っているという姿勢から生まれるシワの一つ一つまでも、焚き火の暖かな明りを反射して美しいような気がするから不思議である。
そんな女は、こちらを一切見る事無く口を開く。
「ここ、変な所だね」
「え? ああ、うん」
声すらも綺麗だった事実に圧倒されて、馬鹿みたいな声を出してしまったユーリは、慌てて再度状況を確認し直す。
すると、どこかで見た事がある光景だなという感想を抱いた。
(あれ? なんだっけ、これ……そうだ! 前世でハマった事のあるローグライクゲームのタイトル画面だ!)
ローグライクゲーム。それは、パーマデスを前提としたゲームだ。つまり基本的に操作キャラクターが死亡すると、それまで得た経験値や手に入れたアイテムなど、全てを失って最初からプレイするものである。
尚、進行は最初からだが強化要素などを引き継げるローグライトとは、似て非なるゲームだ。
今見えているこの光景は、ユーリが理人だった頃に、初めて出会ったローグライクゲームのタイトル画面と酷似しているのだ。
中央の上にゲームタイトルが書かれており、右側に焚き火の傍で、丸太の椅子に座った冒険者がいる。この冒険者は数種類の中からランダムで選ばれる操作キャラとなっており、左下の「ゲームを始める」を選ぶと、その冒険者が立ち上がってゲームが始まる。
その画面に似ているのである。
ただ一つ違うのは、そのゲームに白髪の冒険者は居なかった事である。
「そろそろ、世界に慣れたかな」
「世界?」
まさか、とユーリの脳裏に電流が走った。
「もしかして、俺を転生させた女神ってこ──」
瞬間。寒気が全身を襲った。
体が硬直してしまって、言葉を飲み込むしかなかった。
何故なら、彼女が、こちらに目を向けたからだ。
それだけで、たったそれだけで恐怖が体を支配した。
言葉はおろか、呼吸すら苦しい。気付けば「ハッハッハッハッ」と、まるで息切れを起こした犬のような息遣いをしてしまっている。
恐怖で何も考えられなくなる程に、その目は美しかった。
キラキラと光る青い目は、何も映していない。まるで世界など映す価値がないほどに醜い存在だと言わんばかりに。
そして、そこにはなんの意思も感じなかった。温かみも、冷たさも、何もない。或いは生き物ではなく、ただの物質だと言われても納得できそうなくらいだ。
けれど、そこにあるのは圧倒的な存在感だ。深夜の防犯カメラに感じるような、夜中に勝手に起動したパソコンに感じるような、意思の無いもの特有の不気味さをギュッと凝縮したような。それでいて、凶悪な獣に相対した時のような絶望感、恐怖。そういったものがユーリの体に一斉に降りかかる。
「神。そんなものと一緒にして欲しくない」
「カハッ……!」
女の視線が焚き火の方に戻り、ユーリは恐怖から解放された。同時に、ユーリの口から喉に詰まった物が取れたかのような声が漏れ、寒気がしていた背中に熱が戻り、思い出したように汗が噴き出してくる。
女は、ゼエゼエと息をするユーリなどお構いなしに言葉を続ける。
「君、ゲーム好きだったよね」
「……あ、ああ」
「じゃあさ、ゲームでプレイアブルキャラクターをクリエイトして、つまり種族や特徴、出自とかスキルとかを選んで作ったとして、その世界にとってプレイヤーは神だと思う?」
「いや、違う、かな」
「そういう事。プレイヤーはその世界を作ったクリエイターでもないし、その世界にとって部外者でしかない。けれど、大きな影響力を持っている」
言っている事はなんとなく理解できるが、それだと、本題の彼女は何者なのか、という答えにはなっていないような気がする。
だから、直接聞いてみる事にした。
「えっと、じゃあ何者なんだ?」
「その問いは意味がない。君が知ってもしょうがないし、知られたくもない。だから言わない」
「そっか……えっと、あれかな、神様と対立してたり、するのかな」
神と間違えられて嫌悪感を示すなら対立する存在だろう、という憶測からの言葉だった。
彼女は相変わらず焚き火から目を逸らさず、といってこちらに目を向けられても困るのだが、ともあれ答えてくれる様だった。
「対立する意味がない。大体のケースで、ある程度の文明を持つ生命体は、信仰という神への対処法を会得する。神は生命体の黎明期こそ利用できるけれど、今や既に利用価値もないし、大した事もできない」
ユーリの背に再び寒気が走った。
恐ろしい程の違和感に、身もだえすらしたかもしれない。
ユーリにとって神という存在の認識は、存在するかどうかもわからないが、ともあれそれ以上は存在しない、最上位の存在という認識だ。
だが、彼女の語り口では、最早存在している事は当然で、そして。
(格下の……存在?)
まるで、人間が図鑑に載っている動物を語るような、そんな印象を受けるのである。
ユーリが何も言えないでいると、彼女は唐突に話を変えた。
「そんな事より、私は君にいくつか忠告をしておく。別に守ってもいいし、守らなくてもいい。私は、君自身に興味はないけど、君は私の数少ない成功例だから」
わかるようなわからないような事を言って彼女は、ユーリの疑問を置いていくように話を進める。
「一つ。君が転生者である事は隠した方がいい。現状では味方が少ない筈だから、殺そうとしてくるかもしれない」
「え、それってどういう──」
「一つ。転生者とそれに連なる者は殺した方がいい。私は世界の特異点がこれ以上増える事を望まない。けれど、増やしたいと思っている存在も居る。あなたが今までの世界を守りたいなら、殺しなさい」
「ちょ──」
「一つ。ダンジョンは全て壊しなさい。特にこの世界に定着していない若いダンジョンは早期に壊した方がいい」
「いや、だから待っ──」
「一つ。君が死ぬ時は。信頼出来て、君よりも力のある者の傍で死んだ方がいい。君も特異点になってしまうかもしれない」
「なん、だよ。特異点ってなんだよ! 一方的にわけわかんない事ばっかり言ってさあ! ちょっとは質問させろよ!」
すると、彼女はすっと一方を指差した。
何かあるのかと思って思わずそちらに目を向けるが、何もない闇が広がっているばかりだった。
「もう行っていいよ」
「……!」
どこまでも一方的で、どこまでも相手にされていない。
ユーリの中にフツフツと苛立ちが沸き上がるが、それでも、怒りをぶつけてもきっと意味がないのだろうという思いが頭を過る。
結局、話が合わない人間と話し合っても、何も生まないのだ。
ギリ、と歯ぎしりの音が奥歯で鳴った。
一点を指差す彼女は、まるで焚き火の中に台詞が書いていて、それを諳んじるように口を開く。
「早く、君のゲームを始めるんだ」
「……わかったよ」
言って歩き出すユーリの背に、女の声が聞こえた。
「これは忠告じゃなくて雑談。ハリーは残念だった。多分これから、とても嫌な事を経験する。でも、彼を信じてあげて欲しい」
「え?」
驚いて振り向くが、丸太の上には誰もいなかった。
「……そういう、人間っぽいところもあるのかよ」
ぽつりと呟いたユーリ。
それが合図だったかのように。
突然足元が消失した。
「おいおいおいいいいいいいいいいいいい!! 初見殺しが過ぎるだろふっざけんなあああああああああああああ!!」
自由落下の浮遊感、わんわんと響く声。
そして、視界が突然ブラックアウトした。




