第13話 やっぱり強いんだね、モウガン
パシィン、という、まるで柏手を打ったような音が腕を通じて伝わってくる。
全力で叩き込もうとしたユーリの拳を、モウガンはいとも簡単に受け止めたのだ。
「やっぱり強いんだね、モウガン」
「戦場上がりを舐めるな、ガキが!」
刹那、瞬きの間にモウガンの顔がすぐそこにあった。
(頭突き!? まじかよ!)
鼻の頭に衝撃。そして目の前がホワイトアウトしたかと思うと、今度は背中から衝撃を感じた。
どうやら、頭突きを食らって吹き飛び、地面に背中から倒れ込んでしまったようだ。
(おいおい、あの恰好のキャラなのに随分脳筋みたいな戦闘スタイルだな……)
ユーリは胸中でそう呟きながら、白色から戻ってきた視界でモウガンを捉える。
モウガンは、まさに執事然とした恰好をしていた。
黒を基調としながらきっちりとした服。手には白い手袋。衣服だけではない。ピンと伸ばした背も、後ろに撫でつけた白髪も、綺麗にそろえた白い髭も。
そのすべてが上品な執事だと思わせる容貌だった。
ユーリの知識の中では、そんな彼がもし戦闘をするとしたならば、例えば五指に髪の毛よりも細い鋼糸を括って操る鋼糸使い。
またはレイピアを優雅に構え、目にも止まらないスピードで繰り出す細剣使い。
もちろん、拳や蹴りで戦うタイプもあり得るとは思っていたが、それは柔よく剛を制すというか、スピードで翻弄するタイプというか、そういうものを想像していた。
よもや、モウガンの戦闘タイプがこんなにも喧嘩スタイルだとは思わなかった。
あと、口調がいちいち怖い。まるで喧嘩っ早い親分だ。
モウガンは倒れたこちらを睨むように見下ろしている。
「それだけの力があって、どうしてハリー様を守れなかった」
「それは……」
痛い所をついてくる。というよりも、それは散々自責の念に駆られていた事だった。
知らなかった。
自分に力があったなんて。それも、服を脱げば力を発揮できるなんて、誰が思いつくだろう。
いくらゲーム脳が浸食しているユーリと言えど、夢にも思わなかったのだ。
「答えろ! ハリー様を蹴落とそうとしたのか!」
「違う!」
「じゃあ何故だ!」
モウガンの顔は、もはや味方でも仲間でもない、鬼のような顔となっていた。
知らなかった。わからなかった。どうする事もできなかった。どうすればいいかわからなかった。
頭の中ではいろんな言い訳が浮かんでは消える。
結局どういう言い訳をしたとしても、自分の力不足だった事は事実だ。自分の事をちゃんと知らなかったこともそうだし、あの日、もっと慎重に動いていればそもそも回避できたかもしれなかった。
だから謝りたかった。
ごめんなさいと頭を下げて、許してもらいたいと思った。
けれど、口からは別の感情が飛び出した。
「じゃあどうすれば良かったんだよ! あの場に居なかった癖に、無責任に責めるなよ! 俺だってどうすればいいかわかんなくて! でも……」
止まれなかった。腹の底から喉を通って流れ始めた感情は、まるで荒れ狂う滝のように流れ落ちる。
「こんなバカみたいな設定、現実にあるなんて思う訳ないだろ! なんだよ、服を脱ぐと強くなるって! こんなのあるなら、最初から教えといてくれよ! そうすれば! そうすれば……」
流れが止まる。感情の波は抑えられ、残ったのは、深くて暗い、後悔だった。
「守れたのに……」
いつの間にか涙が溢れ、俯いて涙の水たまりを作るユーリを見るモウガンは何を思うものだろうか。
彼は、ふと気づいたようにユーリの机の上にあった模型を手に取った。
「これは?」
「ああ、それは」
それは車椅子の模型だった。この世界には車椅子という存在自体がないらしい。
といって、ユーリは物作りの知識があったわけではない。ただの椅子と違うのは、椅子の背もたれの根元辺りから棒を生やし、同じく椅子の前足の足元にも棒を生やして、それを軸に車輪を付けた事。
それと背の部分に手で押せるように取っ手のような物を付けたくらいだった。
その模型をまじまじと見ていたモウガンが、独り言のように口を開いた。
「昔、帝国に滅ぼされた国の一つの貴族に、天蓋付きベッドに車輪を付けて運ばせていたという人物がいましたな。しかしバランスの悪い乗り物ですな。ちなみに実際に制作する場合の材質は何を予定しておりますかな?」
「えっと、鉄を考えているけど。バランスっていうかベアリングがわかんなくて、車輪がうまく回らないんだ」
「木になさいませ。後、投石器、衝車。と言わずとも馬車でもいいから構造を見てみなさい。必ず棒を一本通して軸にして、その上に本体を乗せる機構になっている筈です。ちなみにこの車輪の外側に取っ手が付いているのはもしかして」
「ああ、誰かに押してもらうんじゃなくて、自分で動けるようにしたいんだ。ハリー兄さんも、移動する度に誰かに気を使わなきゃいけないなんて、きっと辛いだろ?」
「なるほど。斬新ですな。しかし着眼点が良い。貴族たるもの、自分の意思で自分の思う場所にいけなければなりません。誰かに運ばれるだけでは、領民に道を示せませんからな」
「そういうもんなのか?」
「そういうものです。ユーリ様」
そう言ったモウガンの顔は、少し優しい気がした。
「私も、若い頃は貴族の価値観に本当に苦労したものです」
「モウガンが? いやいや、それは流石に嘘」
「はっは、これでも出自は孤児院の出でしてな。孤児院を経営していたストリートギャングに喧嘩を売って、反乱を起こして暴れまわっていたところ、才能を買われて貴族に引き取られたのですよ」
「……想像の斜め上過ぎてちょっと引くんですけど」
「今になってみるといい思い出です。孤児院を潰して回っていたのですが、経営するのがギャングだけでなく、教会が経営しているところもあるという事を当時の私は知らなくてですな。教会から騎士団が派遣されてきた時など、仲間全員で死を覚悟したものです」
とんでもない事をさらりと言って笑うモウガン。
その時モウガンはいくつだったのだろうとか、様々な疑問がユーリの脳内を駆け巡るが、その疑問を口にするよりも、穏やかな顔をしたモウガンの言葉の方が早かった。
「ともあれ、だからこそ貴族としての立ち居振る舞いの重要さは痛いほど身に染みておるのです。貴方は生まれがそもそも貴族なのですから、そのくらい簡単でしょう」
「……うん。頑張るよ」
そして、モウガンは視線を鋭くする。
「しかし、この椅子の車といい、貴方はどうしてもハリー様を当主にしたいという事でいいですかな?」
ユーリは素直に頷く。その通りだからだ。
「しかし、何故でしょう」
「何故、とは?」
聞き返すと、モウガンは顎に手を当てて考える素振りをした。
「ユーリ様自身が当主になるのは嫌、という事ですかな?」
「嫌、っていうかさ」
ユーリはその想いを、心の中で言語化した事がなかった。
何と言えばいいのか悩む、が、話しながら考えればいいと思った。
それくらい、今のモウガンは話を聞いてくれる気がしたのだ。
「正直、俺が領主になってもそこそこ普通に収める事はできるんじゃないかなって思ってる。あ、いやその、別に舐めてるとかそういうんじゃなくてさ。一般的な領主くらいにはなれそうだと思うんだ。結局世襲が多いって事は、本人の資質も多少あるだろうけど、教育や親から引き継ぐものである程度は形になるって事だと思うからさ」
「ふむ」
モウガンの目が優しいものから、鋭いものに変わった。といって、嫌なものは感じない。だから、そのまま続ける事にした。
「最初はそれが俺に与えられたストーリーで、クリアするクエストだと思った。けど、これは一本道のストーリーじゃない。マルチエンディングで、オープンワールドなんだ」
「ふむ?」
モウガンの目に怪訝さが加わる。
ユーリは慌てて話を戻す。
「あー、えーっと、けど、俺と違って兄さんは資質がある。誰もが、俺ですらこの人に付いていきたいって思わせるものがあるんだよ。そんな人が領主になる事を望んでる。じゃあ絶対それを形にした方がいいと思うんだよね。本人の為にも、領民の為にも、誰の為にもそれが一番いい。じゃあ、俺のクエストは、それを達成する事だと思うんだ」
「つまり、この椅子の車、椅子車とでもいいましょうか、それを完成させ、このままではベッドから出られないはずのハリー様を奮い立たせたい。そういう事ですかな?」
「うん! そうだ!」
意気揚々と頷くユーリ。反面、モウガンの顔は明るくならなかった。
「それは苦難の道ですぞ。素直に別の者がやればいい事を、無理矢理常識を捻じ曲げて進む辛さを、ユーリ様は自覚しておられますかな?」
「うーん……」
そう言われるとわからなかった。何故なら、そんな事を経験したことがないからだ。
経験したことがない事を予想はできても、それは実感できない。だから、自覚しているかといわれても難しいのだ。
しかし、ユーリにだって信念がある。
「俺は、楽しみたいんだ」
「楽しむ、ですか」
「そうだよ、でもさ、それって自分だけが楽しもうとしても成立しないんだよ。ハリー兄さんも、父さんも母さんも、エマも、領民も。勿論モウガンだって楽しめなきゃいけない。そうじゃなければ結局その楽しさは続けられない。だから俺は、みんなが笑う幸せな場所を作りたいんだよ。そのために、まずは自分が笑えなきゃってさ」
言って、少し恥ずかしい事を言ったかなと思ってモウガンの顔を見ると。
モウガンは瞑目していた。
「なるほど。存外、貴方も領主に向いているのかもしれませんな。ハリー様とは違う方向ですが」
モウガンは立ち上がって、ユーリの机に向かう。
「これは、設計図ですかな?」
「ああ、うん。そうなんだけど」
「汚い絵ですな、これでは如何に名のある職人であっても何も作れません」
「あ、ひでえ! これでも頑張ったんだぞ!」
「いいですかな? 職人も馬鹿ではありませんから、どこでどのように使う部品なのか注意書きをしておけば、後は勝手に補正して作ってくれるものです。ここまで細かく指定してしまっては寧ろ職人の知恵を潰す事になります」
「えー、じゃあどうすればいいんだよ」
「とりあえず服を着てくだされ。風邪をひきます」
「わかったから、教えてよ」
「物事には遊びが必要です。遊びとは余裕の事です。きっちりと指定するのではなくて、このように遊びを持たせて……だから早く服を着なさい愚か者」
「はーい」
そうして、日が上るまで二人で設計図を書き。
それが終わった頃にユーリの意識は闇に落ちるのだった。
それは、一週間ぶりの睡眠だった。




