41話 課題
1Fの奥の駐車場に入る。
確か立ち入り禁止だとはトールも言っていなかったから大丈夫だろう。
今はとにかく落ち着く場所で考えを整理したい。
男子部屋はいつ帰ってくるか分からないからな。
転がっている瓦礫の破片に腰をかけ、
しばらく目を瞑って心を落ち着ける。
5分……くらいだろうか。
揺れ動いていた感情の波がゆっくりと鎮静化。
心の内を占めていたテルネへの罪悪感が少しずつ薄れ出す。
確かにはっきりとした好意をぶつけられ、
情が湧いてしまったのは事実。
けれども、俺は彼女の家族でもなければ親戚でもない。
同じチームに所属する仲間とはいえ、赤の他人に過ぎないのだ。
ナップサックを修繕してもらった恩はあるが、それはあくまで仕事上のこと。
俺だって外で稼いできているのだからお相子だろう。
だから特別視する必要なんてない。
あの悪役令嬢……ピアンテって子や、元気系でデップ達と仲が悪いイマリと同列に扱えば………
「………………」
思わず無言で天井を見上げてしまう。
視界に映るのは薄汚れた剥き出しのコンクリートだが、
俺の心の目は健気に俺へと好意を見せるテルネの姿が映る。
そして、ため息を一つついて、
心の中だけで心情を吐露。
やっぱり無理だな。
どうやっても親戚の子以上に情が湧いてしまっている。
あの子が病気で倒れたりしたら、どれほど目立つことが分かっていても仙丹で治してあげるだろう。
もし、手持ちの資金でどうにかなるなら、大部分を差し出すことだってするかもしれない。
ここまで至った俺の心境は、一体何が原因なのか?
少し話したくらいで、ここまで感情移入することなんてなかったのだけれど……
もしかして、こっそり誰かに感情操作とかされていたりする?
疑えばキリがないから、あまり考えたくないことだが。
できれば白兎相手に相談したいこところ。
しかし、あいにく、この場にはいない。
今から外に出て会いにいくのも手だが、すでに外は夕暮れ。
以前みたいにチンピラどもに絡まれるのは避けたい所。
どうせ明日の朝、また会えるのだ。
その時までに自分の中で考えをまとめておくことにしよう。
一先ず問題を先送り。
それだけで心が少し軽くなったような気がするから不思議。
自分一人で解決しづらい問題は、避けて透かして見送るのが吉。
俺の代わりに誰かが解決してくれるのかもしれないのだ。
他力本願というのも情けないが、元々、今の俺には課題が一杯なのだ。
気を落ち着けて、俺がやらなければならない課題をピックアップ。
まずは自分の能力の完全把握が第一。
そして、白兎以外の機械種を手に入れることが第二だろう。
ただし、自分の能力の把握については他者にバレないよう慎重な行動が求められる。
すでに感情に任せて何度かやからしてしまっているが、
致命的なことだけは完全に隠蔽する必要がある。
最も隠蔽しないといけないのは「不老」「飲食不要」「排泄不要」であろう。
そう簡単にバレることはないと思うが、万が一そう疑われたら、下手をすると実験動物行きになる可能性が高い。
俺の持つ「仙術」スキルも同様。
明らかに物理法則を無視した効果を持つ術や宝貝のこと。
「七宝袋」の吸収・収納能力がまずぶっちぎりで一番。
あれを目撃されたらどうしようもない。
あと、変化の術もバレたら大分ヤバいだろう。
陣作成は種類によっては目立たないと思うのだが。
地味な火や水を出す術もあれくらいなら手品ということで誤魔化せそうか。
最も気を付けないといけないのは、傷を癒す仙丹だな。
すでに何度か使ってしまっているし、これからも使用頻度は高そうだ。
これについては、この世界の医療技術レベルと薬品性能の知識を得ないと不用意に使用できなくなるだろう。
あと、現代物資の召喚についてはどうだろうか?
今のところ、俺の昼飯くらいにしか利用していないから、
そう簡単にバレるようなことはないと思う。
精々、前見たいに皆に振る舞うのは出来るだけやらないようにするくらいか。
ああ、そうだ。
やらなくてはならないことに宝貝作成もあったな。
今俺が所有している宝貝は2つ。「莫邪宝剣」、「七宝袋」だけだ。
できれば遠距離攻撃ができる宝貝を作成したいが、
材料になりそうなものが見当たらないのが課題だ。
目に着いた床に落ちている拳くらいの石を拾い上げる。
丸っこいただの石。
もし、これを宝貝化できるとすれば…………
確か………封神演義に出てくる女道士である鄧蝉玉が使用した「五光石」という宝貝があったはず。
投げれば百発百中の命中率を誇る投擲用の宝貝だ。
石を両手に持って念を込めていく。
「宝貝 五光石」
…………………
俺の手の平の中の石は、どれだけ念を込めようともただの石のままだった。
はあ……、変化無しか。
やはり拾った石では色々足りないものが多すぎるようだ。
ある程度の高級品を用意する必要があるな。
しかもこの世界での物でないと駄目らしい。
あと、今後の活動の為にもお金……、マテリアルが要る。
何をするにも資金が無いと始められない。
マテリアルを集めようと思うと、機械種を狩らないといけない。
しかし、狩ったところで、100%俺に換金される訳ではない。
今はチームに所属しているから当然のように中抜きされるだろう。
うーん………、それも仕方ないか。
機械種の晶石や晶冠をマテリアルに交換してくれるという秤屋が、
俺を相手にしてくれるかどうかも分からない。
当面サラヤを窓口に交換してもらうしかないか。
それにデメリットばかりじゃない。
俺のようなガキが秤屋で高額のマテリアルを交換していったら、
ロクでもない奴らに襲われる可能性もあるしな。
しばらくはチームトルネラを隠れ蓑にするのが無難か。
次は機械種を手に入れる方法。
白兎は頼りになる仲間だが、できればもう少し戦闘で役立ちそうな機械種を手に入れたい。
俺が後方で、白兎が斥候。
新しい仲間には、ぜひ、前衛を務めることができる頑丈そうな機械種が欲しい。
今、手元にある蒼石がある。
これを使えば草原をうろついているウルフやラビットのレッドオーダーを解くことができるはず。
あとは、俺をマスターだと認識してもらうための「マスター認証」行えば、機械種を手に入れることができるはずだ。
しかし、その『マスター認証』も、白兎を従属させる時に1回やっただけ。
『白の契約に基づき………』までは覚えているが、それ以降がいまいち記憶があやふや。
あの時は色々テンパっていたから当たり前。
人間、聞いた言葉を一字一句覚えるようにはできていない。
「マスター認証」の方法についてはザイードか、ボスに聞く必要がある。
果たしてどちらに聞くべきなのか………いや、もしかしてトールやジュードでも知っているかもしれないな。
今度会った時に聞いてみるか。
あの二人ならすぐに教えてもらえそうだし。
機械種を早く手に入れたいと思う理由に、俺の持っている「闘神」と「仙術」スキルへの不安が拭い去れないということがある。
確かに俺は夢の中でこのスキルを選んで、この異世界に飛ばされた。
「異世界に飛ばされます」という以外、全く何の説明も無くだ。このスキルが永続であるとも、回数制限が無いとも聞いていない。
何の努力もせず、突然身に着いたスキルだ。最悪、突然スキルが無くなってしまうということも考えられる。
もし、この異世界に俺を飛ばした奴が、手に入ったスキルで好き勝手してしている転移者の力を唐突に奪い去ってしまい、その慌てふためく様を眺めて愉悦するような奴だとしたらどうする?
もちろん、何の根拠もない、とりとめのない話だとは思う。
でも実際そのような状況に陥ってしまってからでは遅いだろう。
その為にこの世界で獲得した戦力を手元に置いておきたい。
少なくとも、もしスキルが無くなっても俺が一生を無事終えることができるくらいのものは用意したいものだ。
そして、次は……
ギ、ギ、ギ――――
ん、なんだ? 扉を開ける音? 上の方からか。
カツン、カツン、カツン、カツン……
駐車場の奥の方から階段を下りる足音が聞こえる。
ああ、向こうの階段で2階から直接降りられるようになっているのか。
誰だろ?
カツン、カツン、カツン、カツン……
あの長い黒髪は、カランか。
室内だからか、随分薄着のようだ。
下もぴっちりしたスラックスを履いているから、その細さがはっきりと分かる。
ナルやサラヤと違い、非常にスレンダーな体形と言える。
めっちゃ貧乳だな………おっと、危ない。
こういったシーンで男が不埒なことを考えると、なぜか女性が反応して睨まれてしまうといったよくある場面を思い出す。
女性がいかに他人の視線に敏感だからと言って、心が読めるわけではないだろって突っ込みを入れてしまいたくなるが、さて、どうなんだろ。
階段から降りてきたカランは俺に気づくことなく、近くにあるロッカーを開けて中の物を取り出そうとしている。
カランからは柱が影となって俺を見つけられていないようだ。
ほら、大丈夫だって。
もし、それで反応されるんだったら、俺の劣情はサラヤに筒抜けだろう。
そうだったら、俺、もう家出するぞ。
カランはロッカーから木刀のようなものを取り出して、
駐車場の床の亀裂が少ない平面なところへ移動。
そして、木刀を構えて素振りをし始めた。
ビュン、ビュンっと木刀が空を切る音が駐車場に響く。
一心不乱に素振りをするカランの表情は真剣そのもの。
部活でインターハイを目指すトップ選手であるかのような入れ込み具合。
その凛々しいばかりの立ち振る舞いは、一本の刀のような美しさを感じなくも無い………
なんだ、単なる訓練か。
しかし、カランはイメージ通り女武芸者そのままだな。
ほとんどしゃべったことないけど、多分男勝りで生真面目な性格なんだろうな。
ちょっと俺がサボっているだけですぐに注意してくるし、
俺がマアルお嬢様に口答えしたら目の色変えて怒ってくるし、
俺に勝てないことをずっと気にして、何度も勝負を挑んでくるし、
そのくせ、少し女の子扱いしたら、顔を真っ赤にして戸惑って……
あれ?
何で、俺、そんなことを知っているんだ?
突然、ふと頭に浮かんだ知らない記憶に、俺は首を傾げた。
カランのこと、そんなに知っているわけが無い。
それに、マアルお嬢様って誰?
しかし、どれだけ頭を捻っても、その答えは出てこない。
ただ、そんな記憶をどこか懐かしく思ってしまう自分がいる。
もしかして、誰かの記憶が混線している?
仙術スキルを開花した弊害か何かか?
それとも異世界転移したことの影響とか。
そもそも、俺の妄想が暴走しているだけだとか……
テルネへの急な感情移入や、今回のような記憶の彷彿。
異世界に来てから情緒が不安定になっているような気がする。
まあ、普通なら情緒が不安定になって当たり前のような環境の変化なのだけど。
世界を跨いだのだから当たり前。
その上、チートスキルを得て、若返ったのだ。
おまけに巨大ロボや大量の虫ロボと戦ったり、チンピラを殺害したり、
狼ロボに襲われたり、自分の足を切り落としたり……
心当たりがあり過ぎて絞り込むことすらできない。
仙術スキルや異世界転移の原理すら不明なのだ。
俺が特定できるわけがない。
まあ、今の所、大した影響があるわけじゃないから………
結局、答えが出ないまま放置を決定。
今、悩んでも仕方がないことなのは間違いないから。
それよりも今はカランのこと。
このまま隠れている方が良いのか、
すぐさま声をかけた方が良いのか、
う~ん………
これってまさか、カランルートの導入イベントじゃなかろうな?
そんなの、俺が進めるわけないぞ。
なにせぱっと見、カランは男に見える。
ちょっとくらい化粧をしろって言っているのに、相変わらずのすっぴん顔。
顔面偏差値で言ったら、大負けに負けてもクラスでも中の中程度。
彼女なんていたことのない学生時代、もし告白されたとしても受けるかどうか微妙なレベル。
当然、今の俺のスペックには到底見合わないし、もちろんルートを進めるメリットなんてない。
ここまで失礼なことを考えていても、
カランは俺に気づかずにひたすら木刀を振り続けている。
やっぱり、気づかれない。
人の考えてることなんて悟られるわけがない……って、そろそろ、この状況をどうするか決めないと。
この機会にカランと接触して、少しでも情報を収集するべきか。
しかし、このパターンだと話しかけたら間違いなく訓練につき合わされそうなんだけど。
まあ、仕方がないか。
これもいい経験だ。
それにこの世界の武術を知るいい機会かもしれない。
さて、なんて声をかけようか。




