10話 ヒロイン?
結局、何事もなかったかのように、アジトへ連れて行かれた。
まあ、連れていかれる間は全く会話がなかったが。
また、俺の頭の中に響いていた声もいつの間にか聞こえなくなった。
一体アレは何だったのだろう?
あの老人に襲われそうになった時と同じような感覚だった。
腹の底から湧き上がる衝動。
俺の意識を塗り替えそうな激情。
一言で言うなら『怒り』。
確かに怒っても仕方がない場面であったが、我を忘れそうになるくらいに怒るほどではない。
元々、俺は怒りっぽいとは言えず、どちらかというと温厚な方。
些か自分に自信が無いこともあって、失礼な態度を取られても、まず自分が何か悪いことをしたのか?と、つい考えてしまう。
苛立ちや怒りを人に見せたくない性格なのだ。
まず人の目が気になって自分が思うままに振る舞うのが苦手。
けれども、そうした俺の普段の性質からかけ離れた感情が湧き出てしまった。
これは環境の変化によるストレスのせいなのか?
それとも何か他の原因があってのことなのか?
廃墟を通り過ぎ、大通りから少し離れた辺りに入る。
大通りにあった活気のようなものは全く感じられず、薄暗くジメジメした印象を受ける。
正しくスラム街という雰囲気だ。
その中の薄汚れた感じの4階建て程のビルに入っていく。
中は意外に綺麗に片づけられている。
やはり小学生から中学生くらいの集まりのようだ。
10人くらいがこちらを見定めるように見つめてくる。
男女半々といったところか。
「サラヤを呼んでくれ」
3人のうちの一人が呼びかけると、一番年齢の低い女の子が2階へ上がっていく。
10分程だろうか。待っていたのは。
その間ずっと好奇の視線で見られていて、ちょっとつらかった。
一緒に来た3人は全く話しかけてくれないし、俺から話しかけても無視するし。
2階から降りてきたのは15歳くらいの女の子だった。
髪は茶色のショート、少し端っこが擦り切れた薄手のブラウスを着ている。
やや童顔で可愛い系の顔立ち。
少し肌が浅黒いところから、何となくフットサルやソフトボールをやっている運動系女子のイメージ。
間違いなく美少女。
クラス……いや、学年でもトップ3に入れるぐらい。
ついに来たか!
俺のヒロイン登場か?
俺の元の年齢を考えれば若すぎるが、今の俺の外見ならば同じ年代層。
ならば、法律や世間体に遠慮する必要は無いはず!
…………この異世界でそんな法律は無いだろうけど。
「ごめん。遅くなって。そっちの人が新人さん?」
スタスタと歩いてきて、俺の前に立って顔を近づけてくる。
あまりの近さに思わずのけ反ってしまう俺だったが………
「あ、ごめんなさい。あんまり見かけない顔つきだったから。随分遠くの人なのかな?」
「いや、別に……その……あの……」
ちょっとした急接近にドギマギしてしまう。
舌が縺れて上手くしゃべれず、途切れ途切れの返事しか返せない。
俺は小学生か!
でもこんな若い女の子と話すことなんて何年ぶりだろう?
そんな珍妙な態度しか取れない俺だったが、
少女は気にしない様子で笑いかけてくる。
「あはは。別に詮索しているわけじゃないよ。だいたいこの町に来る人って大抵開拓村から来てるから。どこの開拓村からなのか気になっちゃって」
「あ………、そ、そうですね、その……」
ん、自分の設定は決めてなかったな。
さあ、どうしよう。
急に降って湧いた難題に、冷静さを取り戻す俺。
俺の頭脳は超回転。
こう追い詰められた時の言い訳スキルは俺の真骨頂。
社会人経験で最も役に立つスキルとも言える。
もちろん正直には答えられない。
だが、すぐバレるような嘘もいけない。
答えられないと返すのは良くない。
このチームに馴染もうとするなら、こちらから壁を作るべきではない。
故に、ここで答えるのは、嘘は嘘でも、後で調べても確かめられず、
どうとでも捕らえられるような曖昧な答え。
「結構離れたところから来ました。途中、運よく車に乗せてもらったりして、何とかこの町にたどり着いたんです。で、この町に着いた後、どうしたら良いか分からなくてウロウロしてたら、あちらの方に見つけてもらって、ここに連れてきてもらいました」
さっきまでとは打って変わって流れるような返事。
一度冷静さを取り戻せば、このぐらいは余裕。
即興だが、うまく設定できたように思う。
車に乗せてもらった云々は、距離間を分からなくする為だ。開拓村とやらがどれだけ離れているか分からないし。
うかつに徒歩で1週間なんて答えて、徒歩1週間圏内に開拓村はありませんなんてなったら目も当てられない。
俺の答えに少女はニコリと微笑みかけながら口を開く。
「運が良かったね。開拓村からの避難民は8割くらい途中で機械種に食べられちゃうみたい。10人いて、8人が食べられている間に逃げるしかないんだって。特にこの辺りは機械種ウルフが出るから危ないらしいよ」
怖いことをサラッと言われた。
そんなに道中は危険だったのだろうか。
機械種ウルフ………、名前的に狼型のロボットだろうけど。
ここまではほとんど走ってきたから捕捉されなかったのであろうか?
「こっちに来てくれる? 簡単にチームについて説明したいから」
と言って俺の手を掴んで二階へ連れて行こうとする。
わ、手が暖かくて柔らかい。
「え、あ、ちょっと」
「良かった。最近、人数が足らなくて。チームはいつでも入団希望者募集中なの」
そのまま強引に2階へと連れていかれ、応接間のような部屋に通される。
応接間っていったってボロいソファが2つ並んでいるだけだが。
俺をここに連れてきた女の子は俺に奥のソファに座るように勧めてくる。
そして、俺がソファに座ったのを確認すると、向かいのソファにボフッと座る。
スカートからチラリと太ももが見えて、思わずガン見しそうになるのをグッと我慢。
振り払うように視線を上に上げれば、女の子とパッと目が合ってしまい、あまりの気まずさに顔を真っ赤にしながら下を向く俺。
………いや、久しぶりの女の子との2人きりに何舞い上がっているんだ、俺は!
まだチームに入るとも言っていないのに。このまま流されてしまうぞ。
俯きながら何か言わなければと考えていると、ソファに座り込んでいる女の子は少し前かがみで俺の方を眺めている。
ん!
ブラウスの隙間から胸の谷間が見える。
年の割に結構でかい!
………イカンイカン!
こんな色仕掛けにひっかかっては!
チラッと女の子の顔を見ると、ニコっと微笑まれた。
邪気の無い、優しそうな笑顔。
ちょっとくらいエッチなこともしても笑って許してくれそうな(俺の願望です)……
まあ、いいか。話くらい。
決して色仕掛けに引っかかった訳ではない。
「わたしの名前はサラヤ。このチーム『トルネラ』のまとめ役をしているの」
サラヤがソファの間の低いテーブルに置いていた水差しで、コップに水を入れながら自己紹介してくれる。
チーム名が普通の名前だ。良かった。
ここで「ジェット団」とか「ダークコンドル」とか名乗られたら一目散に退散していたところだ。
「見てのとおり、このスラムで子供たちが身を守るために集まった集団なの。今の人数は22人。5歳くらいから17歳くらいかな。年齢は」
意外に多いな。しかも幼児までいるのか。
「もちろん、子供だけじゃやっていけないから、バックについてもらっている団体があるよ………っていうか、このチームがその団体の下部団体になるんだけど」
やっぱり後ろ盾がいるのか。そりゃそうだな。
半グレ集団のバックに暴力団がついているみたいなものか……たとえが悪いが。
「この町を仕切る5大組織のうちの『バーナー商会』が上部団体ね」
バーナー商会?
なんで商会がスラムに関わっているんだ?
慈善事業の一環とかかな。
「このチームがやっているのは3つ。バーナー商会へ素材を卸すこと。他の4団体の監視と情報収集。最後は、イザって時の予備戦力」
素材を卸すとか情報収集は分からないでもないが、予備戦力ってなんぞ?
「まあ抗争なんて最近は起こってないから、その辺りは安心して。でも、同じような下部団体との小競り合いは結構あるかも」
おいおい。
完全に暴力団の傘下じゃねえか!
俺の顔色が変わったのに気が付いたのか、慌てた様子で、立ち上がりこちらに詰め寄ってくる。
「大丈夫、そんなに頻繁にあるわけじゃないから。安心して」
その慌て具合が安心できないのですが………
でも、そう近くに来られると、女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。
色仕掛けに惑うわけには……うーん。
「あ、そうだ。お腹すいてない? ちょっと待ってて」
そう言ってサラヤは応接間に置かれた棚から紙につつまれたモノを持ってくる。
灰色の3cm×15cmくらいのブロック状の物体だ。
これは…………
「どうぞ。食べたことない?『シリアルブロック』よ」
まんま大きいカロ○ーメイトだな。シリアルって穀物のことか。
「開拓村では『マッドブロック』か『ウィードブロック』くらいしかないでしょう?このチームで頑張ってくれたら毎日『シリアルブロック』や『ビーンズブロック』が食べられるわよ」
恐る恐るシリアルブロックを手に取り、一口かぶりつく。
う………、ゴリゴリッといった食感。
まるで生米を食べているかのような。
味はあんまりしない。まあ食べられないこともないが。
ちょっと喉が渇くので、水を一口。
俺の反応がイマイチだったのか、サラヤは棚から別のブロックを差し出してくる。
「今日は特別。私の秘蔵の『ミートブロック』を出しましょう!」
そういいながら、手の上において差し出してくる薄ピンク色のカロリーメ○ト。
ただし、表面はつるりとしていて、蒲鉾のよう。大きさは5cmくらいしかないが。
まあ、せっかくなんで頂くとしよう。
ミートブロックは気になっていたんだ。
ひょいっとサラヤの手からミートブロックを取って、口に入れる。
「あ……」
サラヤがちょっと悲しそうな目で俺の口に放り込まれるブロックを追うが、気にせず念願のミートブロックを咀嚼する。
うん。味の薄いハムってとこか。
ちょっと油臭いが、まあいけるかな。
「どう? 美味しいでしょ。ミートブロックは滅多に手に入らないけど。すごく頑張ったら手に入るかもしれないよ。ほんとに滅多に手に入らないけど」
最後のセリフにはやや泣きが入っていたが、俺をチームに引き入れたくて必死のようだ。
どうすべきか?
もう少し情報を引き出しておいて、チームに入らないという選択肢も可能だ。
その場合は若干恨まれるだろうが。
チームに入るメリットはこの世界の情報をもっと聞き出すことができること。
そして、今夜以降の寝床が確保できる。
デメリットは自由な行動に制限ができること。
チームの仕事を主にしなければならないだろうし、年齢層が低いものも多いようだから、足手まといが増えるだろう。
うーん。どうしよう。
できれば、戻って白兎に相談したいけど……
テーブルを挟んでサラヤが祈るような目で俺を見てくる。
まあ美少女だ。スタイルも良いし。
こんな人数をまとめているのだから能力も高いはずだし、話をしているかぎり性格も良さそうだ。
まあヒロインとしては合格点かな。
頑張れば特別なお礼もしてくれるかもしれない。
よし。ここはヒロインのために頑張ってみますか。
「決めた。俺、チームに入るよ」
「本当!良かった!ありがとう!」
ぎゅっとサラヤが俺に抱き着いてくる。うわ、やわらかっ!
これだけでチームに入って良かったかも!
「ああ、そうだ。みんなに紹介しなきゃ」
すぐに俺から離れて、手を引っ張て行く。
おいおい、そんなに急がなくても。しょうがないなあ。
一階へ降りてくると、先ほどこのビルに入った時にはいなかった面子がいた。
俺やサラヤより少し年上と思われる若者。高校生くらいだろうか。
少しくすんだ金髪にスッキリとした細面のイケメン風。
俺より頭一つ分は背が高く、しっかりと鍛えられた体育会系の身体。
なんかサッカー部員を思い出させる。
見るからにリア充っぽい雰囲気……クソっ。
足元には50cm程の小動物型らしき機械種が転がっている。
色が黒いから敵対的な機械種だろうか。
動かないから黒い石の置物のように見える。
「ジュード! 今帰ってきたの?」
サラヤから今まで俺と話していた時とはあきらかに違うトーンの声が響く。
俺から手を放し、ジュードと呼ばれた若者に駆け寄って行く。
「サラヤ! 見てくれ。ラビットをやったんだ!」
嬉しそうに機械種:ラビットを両手で持ち上げてアピールする。
前足と頭の部分が半壊しているが、形は確かに兎のように見える。
え? アレが機械種ラビット?
確か、白兎もラビットだったよな?
全然似てないんだけど………、同じ機種名だけどあそこまで姿形が変わるモノなのか?
機体の色は白兎と違って真っ黒だし……
白兎とは似ても似つかない凶悪な面だし……
本当に、ソレ、機械種ラビットなのか?
若者が持つ機体を見つめながら、あまりの白兎との違いに疑問を抱く。
だが、周りの反応からも、その獲物が機械種ラビットであることは間違いないようだ。
子供たちは尊敬の目で若者を見つめ、
サラヤは少し怒ったような声でその若者を詰問。
「もう! ラビットなんて、危険種じゃない! 危ないことはあれだけ辞めてって言ったのに! どうして言うことを聞いてくれないの?」
「ごめん、ごめん。でもチャンスだったんだ。見つかる前に見つけることができて。でも銃を使ったからマテリアルをちょっと消費しちゃったけど」
「それくらいなら大丈夫よ。ジュードの体には代えられないんだから。でも、危ないことはやめてほしい。ジュードが『兎狩り』をしなくても、このまま『虫取り』や『草むしり』『砂さらい』で十分ノルマはこなせるから。それに、ほら、今日は新人も増えたのよ」
え、そこで俺に振りますか?
若者………ジュードがラビットを地面に置いて、俺の方に近づいてくる。
「君が新人かい。俺はジュード。ここでは『鼠狩り』をメインに仕事をしている。まあ、今回は運よくラビットが狩れたけど」
イケメンオーラを漂わせながら握手を求めてくる。
陽キャラは苦手なんだけれど……と思いながらも、握手に応じる。
「えっと、よろしく……、その……、俺は、ヒ……」
「こちらこそ、よろしく! 仲間が増えて嬉しいよ!」
なんとなく気圧されてしまい、
一言二言返すのがやっと。
しかも、最後の方は尻すぼみになり、聞こえないくらいの小声。
だからか、俺の名乗りを打ち消してしまうくらいの勢いで、ジュードの元気な声が鳴り響く。
爽やかな表情の中に嬉しそうな笑みを浮かべて、俺のチームへの参入を喜んでくれる模様。
「今日はいいことばかりね! 秘蔵のブロックを出しちゃおうかな」
俺とジュードとの挨拶が終わるとサラヤが皆の前に出てきて宣言。
サラヤの言葉に周りから歓声が上がる。
周りの子供たちは燥ぎながら大騒ぎ。
その様子にサラヤもジュードも満足そうに微笑みを見せる。
2人並んだ姿はとてもお似合い。
それがごく自然で当たり前のような雰囲気。
どこか俺一人、取り残された気分になり、
少しばかり憮然とした表情で立ち尽くしていると、
「あ、そう言えば………」
ふと、ジュードが何かに気づいたかのような反応を見せ、
呟くと同時にその顔をこちらに向けて俺へと質問。
「君の名前は?」
「あ、やだ。私、名前を聞くのを忘れてた。ごめん!」
ジュードの質問に、サラヤは『しまった!』というような表情を浮かべて俺へと謝罪。
何とも言えない空気の中、俺は改めて自己紹介。
今度はきっちりと聞こえるような声で発言。
「…………ヒロっていいます」
「ヒロ! これからよろしく」
「ヒロ! よろしくね!」
わざとらしい挨拶を受けるが、ここは空気を呼んで曖昧な笑みを浮かべるに留まる。
陽キャラ達の前では、陰キャラはどうしても霞みがちになってしまうのだ。
陽の光で消え去る影法師のように。
真昼の空に消える月のように。
まさに対極と言っても良い関係。
俺はこの中でやってけるのだろうか?
食事の用意をするのか、皆が準備を始めるため散っていく。
そんな中、ジュードとサラヤがまだ話を続けていたので、つい聞き耳を立ててしまった。
「ねえ。今夜いいだろう?」
「……うん。いつもの部屋で待っておくね。」
知ってた。可愛い子には大抵彼氏がいるって。
知ってた。ある程度の年齢の可愛い子はだいたい経験済みだって。
知ってた。異世界に来て、可愛くてすぐに俺のことを好きになってくれるヒロインなんて出会えるわけがないって。
チームに入るの辞めときゃ良かったかも(泣)。
この世界に来て一番落ち込んだ瞬間だった。




