にじゅうにこめ
「ね、ルウ、私の絵、見て」
「え、あ、うん…………」
イリスに掴まれた腕が引かれ、私たちは元いたところに戻る。
「どう?」
白と格闘した痕が残る私のキャンバス。
その隣には、イリスの絵がある。
その絵には、『黒』があった。
「す、すごい…………」
シルク先輩の絵とはまた違う、『黒』の世界がそこにはあった。
「ルウ、隣で描いてたのに気づかなかったの?」
「集中してた、から…………」
「マリア先輩のこと言えないね」
隣で喋るイリスの声を意識の外で聞く。私の意識は完全に、イリスの絵に呑まれていた。
「すごいよ、すごいよ、イリス」
黒だ。ねぇ、黒だよ。
「うん。何が描いてあるかわかる?」
もちろんだ。
「夜空の、月」
夜空を黒で表現するのは、まあ分かる。
が、月だ。
月なのだ。
月が、黒い。
この事実は、私に大きな衝撃を与えた。
「イリス。すごい。この絵、すごいよ」
月が黒くあることはあり得ない。あり得ないのだ。
なのに。
イリスの絵を見ると、そうは思えなくなる。
思考は揺るぎない事実を得ていても、感情が揺れ、惑い、そして焦がれてしまう。
リアルとイメージの狭間。
それを描けることがどんなに凄いことか。
きっと、私ですらもわかっていなかった。
「ありがとう。私、ルウみたいな絵を、描いてみたかったの」
その音を、言葉を、意を聞いたとき、私は奇妙な心地を覚えた。
温かい。暖かい。
みぞおちに火が灯って身を焼き焦がしそうなほどであるのに、不快ではない。喉まで昇った灯は、心地よい光になって、息に溶け込んだ。
熱の塊が体を巡り、巡り、そして、ほろりとくずれて。そして。
これはなんだろうと思う間もなく、消えてしまった。
「ありがとう。イリス。ありがとう」
嬉しい。うれしいな。
私も、あなたの絵が好きだよ。
あなたの、誰でもない、イリスの絵に、惹かれたよ。
きっとそれは、幼稚園の頃からずっとで。そう、ずっとなのだ。
ずっと、今まで。そして、きっとこれからも焦がれ続けるのだろうな、と思う。
だって、イリスの描いた「点」に魅入られるのだ。
ただの点だけにあれほど引き込まれるのだから、もうどうしようもない。
だから、私はあなたに言おう。
「私の絵も、見て?」




