第五十六話 籠の底
『助けて、紘斗』
____ああ、大声で叫べたらいいのに。私はお母さんの逆鱗に触れるようなことはしたくなかった。否、できなかった。もしかしたら紘斗まで巻き込んでしまうかもしれない、そう思うと酷く心が軋む。
この世に独り残され傷ついた彼を、これ以上傷つけるようなことは避けたい。しかし、自分を救ってほしい。この檻をうちやぶって、陽の光にも似たあの笑顔で『大丈夫だ』と抱きしめてほしい。
なんて愚かな二律背反。
複雑な思いに葛藤する私の側で、二人の会話は続いていた。
「それ、は、本当の事なんですか・・・・?」
衝撃を受けて動揺する紘斗の様子がたやすく目に浮かぶほど、大きく張り詰めた声だった。
ちがうよ。うそだよ、お願いだから信じないで。
「・・から、・・ごめん・・い・・帰って・・・けるか・・しら」
お母さんがまた何か言うと、紘斗は小さくなにか言って帰ってしまった。まさか、信じてしまったの?
光がどんどん遠ざかっていってしまう。
ああ。行かないで、離れないで、独りにしないで。
私は心が醜い、そうつくづく思うことがある。人に頼ることしかできない・・・自分はあまりにも臆病で無力だ。今も何もできずに人の助けをまっている。逃げ出すことだってできるのに、決心がつかないままだ。もし、家から出たとして私には何が残るのだろうか、何ができるのだろうか、お金も身寄りもなくただ汚い私を誰か救ってくれるのだろうかと考えてはよい結果に行きつかず振り出しに戻る、そのくりかしが目に見えているから結局は動くことさえしない。
環境が悪いのだと勝手に決め付けて、勇気をださずにうじうじと嘆いているこんな自分が嫌い。大嫌い。
人に誇れる自分になりたかった。自由になりたかった。人を笑顔にするぐらい綺麗に咲き誇っていたかった。
心の底がじわじわと薄暗くなって、どうしようもなくて、惨めになって。
そんなときに思い出すのはお母さんのあの言葉。絶対に忘れることのない・・・一生、いや永遠に刻み込まれた軽蔑的なあの響き。
『あなたは本当に、役に立たない汚物だわ』
もうやめてよ。わかったから、わかっているからこれ以上私を責めないで。
助けて、助けて紘斗。
いけないことだと頭で鳴っている警報を、私は聞かないことにした。理屈をいえば聞けなかった。
息が苦しくて、思考が上手くまわらない。
あついなにかが込みあげてきたことを感じたとき、私はただ必死に救いの手をもがき求めていた。
「怖いよぉぉぉ・・・。ひろと・っ・・・・ひろと」
薄暗い閉ざされた部屋で、淡々と花は枯れてゆく。




