第五十四話 再幕
何かが切れる音がした。
細い紐がぷちんと途切れるような、そんな音がした。
実際に聞こえたわけじゃないけど、確かに感じたんだ。
心の中で大切な糸が切れたのを。
二階の教室の窓から空を眺めていた俺は、ふとその音を聞いた。
音量が大きいというわけでもないのに変に耳に残る消滅の音。
どうにもならない胸騒ぎがして、不吉で奇妙な喪失感が心中を蝕んでいく。
爽快に晴れた空の下を不安の塊でできた灰色の雲が通り過ぎていった。
「紘斗」
突如聞こえた背後からの声に、びくっと肩を振動させる。
「!なんだ、鈴か・・・・・」
「もう。なんだじゃないよ・・・・。どうしたの?顔色悪いけど」
隣に並んで俺の顔を覗き込んできたのは、声の主の鈴であった。
俺と全く変わらない背丈なので顔がかなり近い。
ある視点から見たらよからぬ誤解をされそうで内心ひやひやした。
「あ・・・うん、大丈夫だから。平気平気」
身振り手振りで元気な調子を装い、ゆっくりと一歩後ずさる。
「ならいいけど・・」
言葉とは裏腹に鈴は神妙な顔つきをしていて、まだ気にしていることが丸わかりだった。呆然と空を眺める俺を心配して声をかけてくれたんだろう。
彼女は昔からこんなふうに、周りの人に気配りが出来る優しい子だっだ。
「一時限目が終わったのにまだ沙羅帰ってこないなぁ・・」
話を切り替えるように、窓枠から顔を出して地上を見渡した鈴は小さく呟いた。
外から流れ込む風に揺られて、肩まで伸びた綺麗な黒髪がたなびいている。
俺は物憂げな鈴の横顔をながめながら短い生返事を返して、そのまま話題の人物の話につなげた。
「沙羅ってあの転入生の子だろ?名字は確か・・・・南崎だっけ?」
「いや、違うよ。北條だよ。北條沙羅。まったく二人して・・・・」
後の言葉の意味はよく分からなかったが、くすくすと笑う様子を見ると何か面白い事でもあったのだろうと思った。なんとも惜しいようで惜しくない微妙な間違いをしてしまったと、一人小さく恥じる。
(北條沙羅・・・・か・・)
人懐っこい鈴のことだ。すぐに彼女と親しくなったのだろう。
ただの平凡な転入生だと思うのに、俺は今朝挨拶した二つ結びの彼女が少し気になっていた。気になっていたといっても、異性として好意を抱いた訳ではなく、一言二言交わしただけで彼女が纏っている空気が他の生徒と少々異なっていることに気付いただけなのだが。
(彼女とは普通の関係を結べそうにないな)
根拠もなく、不確かで突飛な・・・それでいて絶対的な確信に、己の行く先を思って苦笑いするしかなかった。
久しぶりの更新でしたが、短い文ですみません・・。




