第五十話 舞台の裏で・陸
伝承の側面解禁。“殺人事件と女と伝承”
「___どうして、私がこんな目に合わないといけないのだろうか」
(「第十一話 伝承と鍵」「第十八話 何者かの記述」より)
『君が十八歳になるまでは私が生活資金を渡すよ。
・・まぁ悪いが、仕事に就いたら自分で稼いでくれ』と言い残して、
五木さんは役場へと戻っていった。
視線を落としてみれば、手元には紘斗の生徒手帳。
前に来た時、この手帳が落ちていたのを五木さんが偶然にも拾ったらしい。
『彼に渡しておいてもらえないかな。君は彼と仲が良いのだろう』
『何故それを知っているんですか?』
『君の身に危険が迫っているって、わざわざ役場に駆けつけてきたんだ。
“早く!!急いで付いてきて!親友が殺されてしまう!!”みたいなことを
叫びながらな。そこで君と紘斗君が親しい関係だと知ったわけさ。
あの時は穏やかな咲が丘村じゃめったにみない緊迫した事態だったよ』
そうか、だから・・・。
推測しようと思えばできるはずなのに、その考えは無かった。
俺に外へと突き飛ばされた紘斗は、俺の身を案じて
役場まで息を詰まらせながら走ってくれたのか。
走るのをあまり好んでいなかった紘斗が・・・。
優しい面持ちになった俺とは対照的に
五木さんの表情は急に暗くなった。
声の調子を落として、話を続ける。
『それに・・・気の毒な事だが、彼の母親の辻玲子さんが
事故で亡くなられたことを彼に伝えたのも私だったから、
正直自分の方が驚いて何も言えなくなったんだ。
親友は離れた隣町に、実母はもうあの世に・・・・・。
途中で紘斗君からの応答が亡くなった時には
冷や汗が吹き出てくるようだった。
生きていてよかったが・・・彼、記憶喪失なんだってな。
敦君。君が彼の支えになってあげるんだよ。』
『・・・・もちろん、そうしたいです』
悲痛な思いが今になって引き出てくる。
偶然とはこんなにも頻繁に起きるものなのか。
五木さんと紘斗も繋がっていたなんて。
ましてやその理由が“俺を助ける為”と“辻玲子さんの死”だなんて
皮肉なものだ。
独りになって、記憶をなくした俺の親友。
俺が、あいつの記憶を戻すんだ。何が何でも、絶対に。
そして、落ちついたら今度は成瀬たちとも一緒に四人で遊びたいな・・。
・・・紘斗、ごめんな。
お前が辛いとき、傍で支えられなかった。
明日、お前に会いに行って謝るから
どうか、紘斗に戻ってくれ。
額に手を当て心から祈った。
しかし、人の事ばかりを気にしておいて
自分の問題を放っておくのは無責任にも程がある。
『君が十八歳になるまでは私が生活資金を渡すよ』
頼もしい五木さんの声が蘇ってきて、
嬉しさ半分、情けなさ半分だった。
・・・五木さん、ごめんなさい。自立もできないこんなガキで。
俺は、誰かの重荷や厄介物にしかなれないのか。
惨めな気持ちと自分への憤りが沸いてくる。
誰かの役に立つ事がしたい。
仕事で稼げればいいのだが、咲が丘村での規則で
仕事は十八からしか認められていないから
最低あと三、四年の月日を五木さんにお世話になる必要があるのだ。
そんなに長い間、親父のように何の苦労もせずお金をもらうのだけは
避けたい。
「何かないのか・・・俺ができること・・・」
役場の手伝いをするか?
・・・駄目だ。もともと勉学の成績は良くない。
体を動かすことなら大の得意だけど、
力を生かせる奉仕活動は役場にあるのか?
「わかんねぇな」
ぼさぼさの短い黒髪をさらにくしゃくしゃに掻き毟っていると、
さきほどの老人が隣に腰掛けてきた。
「隣、すまんなぁ。お前さん時間はあるかね」
いきなり話しかけられて少し緊張したが、
くっきりと刻まれた皺が柔らかく笑むのを見て
警戒心はすぐに取れた。
家に帰ってもすることが無いので「はい」と頷いた。
「わしには誰かに話したい事があってな。
ちょうどお前さんが悩みがありそうな顔だったもんで
声をかけたんじゃよ」
「・・と、いいますと?」
「悩みを解決する方法を、実は知っているんだ」
「!!へぇ・・・それってどうやればいいんですか」
「・・・・ほうほう。気になるようじゃな。
自分でどうにかするというよりは、ある種の術・・・に
ちかいのかも知れんが」
興味深々な俺の様子に老人はご満悦のようだ。
今日は何かと運がいい。
“今から話すことは誰にも漏らしてはならない秘密情報だから
決して口にしないこと”を条件として
俺は老人から長時間にわたる説明を受けた。
内容は、簡単にいえば夢の話のような現実離れしたものだった。
この村に代々伝わってきた、霞河神社内に咲く“桜”の伝承。
その奇妙で不気味な物語に関与する、桜の神の秘めた力について。
全てを語り終えた老人の声は、もとよりも枯れてしまっていた。
「・・・ただ、あとひとつ。分からない事があるんだ。
村を脅かした、あの事件の真相。
わしは若い頃から調査をして記録を綴っているのだが
いまだに究明できておらん。
・・少年よ、消えた女性は本当に罪を犯したと思うか?」
「う~ん。・・・・俺には、何も分かりません」
「もしかしたら、最後まで解けない事件かもしれんな」
老人は渋った表情になる。
謎に包まれた、殺人事件。
桜の神の力が働いていた事実は壮大で、恐怖さえ覚えた。
知識豊富な老人に比べて何もしらないちっぽけな俺が
真相をとける筈も無い。
だけど、どうしてかこの神社に謎を解く鍵がある気がした。
そんな気がしただけで確信は持てないので結局言葉には出さなかったが。
このままでは会話を終了できなさそうにないので、
俺から別れのあいさつを切り出す。
「悩みを解決する方法を教えもらったおかげで何とかなりそうです。
ありがとうございました」
老人に向かって一礼した。
「お前さんこそありがとう。
こんな老いぼれの話を最後まで聞いてくれたのはお前さんで二人目じゃ」
照れくさそうに笑う老人は、続けて話す。
「一週間前あたりから息子夫婦と孫娘が帰って来てな、
これからずっと一緒に暮すんだけれども
孫娘以外誰もわしの話を聞いてくれないんじゃよ。困った人たちだ」
不満そうな発言だが、嬉しさを隠せない声色だった。
家族か・・・・。
懐かしくもあり、憎しみもある関係。
俺から消滅してしまった絆。
でも、不思議と感傷に浸るまで哀しくは無かった。
今は前だけを見つめていればいい。
大切な人と、自分を支えてくれる人の為に生きていければいい。
それが、俺が俺を保ち、愛せる糧となるならば。
「・・・そうですか。
でも、家族の絆は鎖のように固く、硝子のように脆いものです。
是非、家族との時間を大切にして下さい」
俺の言ったことが意外だったのか、老人は面食らったような顔をして
再び深い皺がある口元をほころばせた。
「ああ。そうだな。有り難く、その言葉を受け取ることにするよ」
「・・あっ、生意気言ってすみません」
「いや、お前さんの言ってることが最もじゃ。
その言葉に繋がる経験でもしてきたのだろう」
立ち上がった老人は、遠い景色を見つめた後
俺の真正面を向いてさびしそうに言った。
「・・・・いつのまにか夕暮れ時になってしまったのう。
付き合ってくれてありがとう。またな、少年」
老人の背中が消えるその間際まで、俺はずっと見送っていた。
燃えるような赤色の空は、すでに藍色に侵蝕されてきている。
老人から聞いた、秘密の術。
魔法と類似したそれに期待を寄せて、桜の木のもとへと
歩いて行く。
高台にやって来てすぐに声を零した。
「すっげぇ・・・・」
あれほどの雨に耐えたのかと感心する。
木の下では、たくさんの花びらが地面に散って泥と混じっていたが、
木にはまだ残りの桜の花が美しく咲いていた。
風に乗ってはらはらと舞う花弁をどうにか一枚掴んで、
躊躇いながらも口に放った。
液体で流せればよいのだけど、水場まで離れているから
つばでのどへと送り込む。
「・・・・っん・・」
悩みの解決策、それは桜の神に願いを叶えてもらうことだった。
あの伝承を再現するといえば簡単だろう。
しかし俺みたいな一般人には桜の神が見えないので、まずはその問題を
解決しなくてはならなかった。
老人によれば“桜の木から直接舞い落ちてくる花弁を
一枚でも飲み込めばよい”らしく、
幹からはがれてすぐの花弁は“神の力を微量に受けている”という。
その根本的理由・・・もとい根拠は“何故、犯人として捕まった女性が
一般の人に見えるはずのない桜の神と干渉することが出来たのか”という謎を
解くことから始まった。
“当時捕まっていた女性は、飢えのあまり牢獄の格子から入り込んだ桜の花弁を
飲み込み、それで神が見えるようになった”と老人は推測したらしい。
傍から聞けばあり得ない仮説だが、もしその方法で成功するならば
試す価値はあるだろう。
『おじいさんは試してみたんですか?』と聞いたら、
『この仮説が立てられたのはつい最近だから、試すのには無理がある。
なにせ、私は老いぼれだ。
のどに詰まって窒息死してしまう可能性が否定出来んからな』
と苦笑されてしまった。
証拠も根拠もなく、前例も伝承以外にない。
あるのは、老人が長年にわたって立てた仮説のみ。
花弁を飲み込むと、のどを通っていく感覚が鮮明に伝わって
いささか気持ち悪かった。
「げぇほっ・・・ぅぇ」
むせながらも、必死に体内へと吸い込まれるのを待つ。
完全に体の中に入っていった瞬間、空気ががらりと変わったのが
俺の眼でも捉えられた。




