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第四十九話  舞台の裏で・伍

  「敦君、だね・・・。少しいいかな」

 体格の良い男性が、くぐもった低い声で話しかけてきた。

 誰だろう・・・。

 不審に思いつつも、害を加えそうには見えなかったので

 “はい”と答えてその人についていく。

 

  ここは霞河神社。雨で散ってしまった桜を見に来る人はいないと

 考えていたが、神社なので普段も人がお参りに来ることは当然といえば当然だ。

 しかし、元旦ではないので人数はあまりいない。

 

 周囲には、俺とこのおじさんと、向こうの長椅子に腰かけているおじいさんの

 三人しか目に入らなかった。

 老人は、何か熱心に執筆をしているようだ。

 そのおじいさんの前を通り過ぎて、ひとつ離れた長椅子に座る。

 となりにおじさんが座ると“ぎぎぃ”と木材が呻った。

 一息ついたおじさんが、目を伏せて話し始める。


 「はじめまして・・・・というべきか。私の名前は五木いつきだ。

  この村の役人をしている。

  ちょうど君に伝えなければならない事があってだな・・・」

 「・・・・はい」

 

 「実は、一昨日の朝に君のお父さんが病院で亡くなったそうだ」


 借金関係の話かと思っていた俺は、予想外の内容に驚いた。

 驚きはしたが、どこか冷静だった。

 見捨てた親父だからか、不思議と情はわかない。 

 どちらかといえば、その結末を心の奥底で望んでいたのかもな。

 穢れた心は、自分の悪事を正義として“報復”と称した。

 何が良くて何が悪いのか。

 誰が正義で誰が悪なのか。

 もう、どうでもいいけれど。


 「・・・・その様子じゃ、うすうすわかっていたのか。」

 五木さんは苦笑し、続けて独り言のようにぼそぼそと呟いた。

 「にしても、向こうの病院からの連絡を受け取ったのが俺でよかったよ」


 

 「・・・・・・・どういう事です?」

 「いやあね・・。

  連絡の内容は、君の父の死亡の事と敦君が脱走したことだったんだ。

  他の役員が聞いていたら間違いなく

  君は役所に連行されて問答されていただろう」


 やっぱりすぐにばれたんだと、少々汗をかいた。

 病院に引き戻される前に帰ってこられたのはこの人のおかげであったか・・・。

 影から支えてくれた事に感謝の念を抱くと同時に疑問も生じた。


 「何故、五木さんは俺の事を隠してくれたんですか?

  関わりなんてないのに・・・・」


 いっきに五木さんの表情がこわばった。

 何かまずいことを言ってしまったのかと恐縮する。

 

 「・・・それが、関わりがあるんだ。今までずっと隠していたけど。

  ・・・私は君の親族にあたる人間なんだ。

  あの男に金を貸したことも幾度かある」


 「!?・・親族なんて・・・・」

 「驚くのも無理は無い。君には何も教えていなかったからな」

 俺が驚くと、五木さんはどこか悲しそうに笑みを浮かべた。

 

 “親族”がこの村にいる。

 初めて知らされた真実に、耳を疑うしかなかった。

 ただの村の役員としか認識していなかった目の前の男性が

 自分の親族だったとは。

 親父以外にも繋がってる人がいた喜びと“借金”をした重荷が

 同時に胸をついてきた。


 ・・・せっかく身内がいるのに、平凡な関わりをもてないなんて。


 『すいません』という言葉を途中まで言いいかけるが

 「君は謝らなくていいんだよ」と制止された。


 「あの男は、変わってしまった。君の危険や孤独も分かっていた。

  だけど、私は何も救えなかったんだ。

  仕事に打ち込んでいた私は、家族を養うのに必死で

  幼い君を見て見ぬふりして捨てたんだ。

  他の町に住む親族も、あの男と関わりを持ちたくなくて

  君を引き取りたがらなかった。

  そう。謝るのは私や他の親族の方・・・・。

  だから、侘びとして隠した。

  あの男と君が病院に搬送されたこと。

  家庭の事情やあの日なにがあったのかということ。

  病院と話はつけてある。

  ここ数日間の治療費や入院費、葬儀代は私と他の親族で

  全て払うし、葬儀も村では行わない。

  村人には他の形で死亡の事を伝えておくよ。

  君は、もう何も背負わなくていい」


 五木さんの贖罪ともいえる告白は、淡々と静かに紡がれていった。

 最初はあまり呑み込めなかった話も、次第に大きな意味をもっていると感づき始める。

 頬に涙の筋ができた。

 俺から染みでる、最初で最後の心の涙。

 『もう何も背負わなくていい』

 力強く放たれたその言葉が、苦い記憶を浄化していく。

 数年にかけての地獄のような日々が消えることはないけど、

 重い鎖から解放された気持ちになった。


 ・・・ああ、俺だけが辛いんじゃなかった。

 この人も苦しんでいたんだ。

 直接血のつながりはないのに、気にかけてくれていた。

 そして、俺を救ってくれた。

 

 「・・・ありがとうございます」

 「いや、礼もいらないよ。君は耐えてきた。

  ・・・・幼いながらにも、強靭な精神力で。

  ・・・よく、がんばったな」


 堪えていたものが一気に溢れ出る。

 ぽろぽろと涙が零れ、服に染みを描いた。


 太陽が少し傾いて、優しい木漏れ日が差す。

 “俺の自由を祝福してくれている”

 そんな気がした。


 

  

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