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第四十五話  舞台の裏で

  悲しみに押しつぶされそうな小さい背中が離れていくのをただ眺める。

 “もう、二度と会えない大切な人”

 ・・・・・・・。

 大切な人?あいつがか?


 空洞化してしまったはずの心に灯りがついた。

 俺は何を忘れてしまっているんだ・・・。

 辻は俺の嫌いな奴で、汚くて、醜い、得体の知れない人物であったはずなのに。

 どうしてこんなにも胸が痛いんだよ。


 『生きていてくれ』

 あいつの真剣な顔が蘇る。ふつう中学生が訴えるようなものではない。

 事故や事件に巻き込まれて命の危機ならまだしも、そんな状況とは

 かけはなれているのに・・・・。


 _______そっか。


 「俺・・・もうすぐ死ぬんだっけ」

 あいつに言った覚えはないが、察したのかもな。

 

 

 ミーン、ミーン・・・。

 蝉が鳴きだした初夏。青い空に純白の白が流れていた。

 あの日と変わらない空。

 俺は、淡くて儚い春の三日間を思い起こす。




 

 *


 重い瞼を開いた。

 狭い視界に白い天井と壁が目に映り込み、独特な消毒液の匂いが鼻をつく。

 ここが病室だと気づくのにそう時間はかからなかった。

 「俺・・・どうして・・・」


 「!!目が覚めたんですね」

 看護婦らしき女の人が駆け寄り、もう少し休んでいて下さいとだけ言うと

 あわただしく病室を出て行ってしまった。


 四角い窓から外の様子を窺えば、色彩豊かな家の屋根が

 隙間なく地面を占めている。

 高さのある綺麗な建物。広告の看板がそこの雰囲気を盛り上げていた。

 咲が丘村ではない、知らない街にいることを知って

 さらに動揺してしまう。


 焦っていると、扉が横に引かれた。

 「新垣君。起きたようだね、調子はどうだい」

 落ちついた雰囲気を纏う細身の男性・・・医師が椅子に座って問いかけてきた。

 医師の後ろにはさっきの看護婦さんが暗い面持ちで立っている。


 いいえ、全く。と途中まで言いかけて、仕方なく首を縦に振った。

 「ならいい。今から少し話をしたいんだが・・・。心を強く持ってくれ」

 「・・・はい。」

 布団の端を握り締めて、かぼそい返事を返した。

 良い事でないのはもう分かっているのに、震えがとまらない。

 

 「咲が丘村の寮養所から要請があり“この施設では受け入れられない”

  ということでこの病院に急遽搬送されたんだ。

  君と、君のお父さんと一緒にな。

  君には目立った外傷が見当たらなかったんだが意識を失っていた。

  それからお父さんの方がかなり重症でね・・・・・。

  流血も多量だったんで一時はどうなるかと思ったよ」


 「生きているんですか」

 肯定してほしくないが、否定もしてほしくない。

 分かり切った答えを欲する俺は何と愚かだ。

 

 「心配せずとも生きているさ」

 たいていの人はこの言葉に歓喜の涙を流すだろう。

 よかった。生きていたって。

 でも、俺は喜べなかった。喜べなかったのに涙があふれた。

 「・・・・・」

 “殺さずに済んだ”安堵感からか、それとも。

 “殺しきれなかった”悔しさからか。

 少なくとも前者であることを願う。

 「・・っ・・・ぁ」


 「・・・泣いているところ悪いんだが。この話には続きがあってな。

  その・・・命は取り留めたものの、意識が戻ってこないんだ」

 気まずそうに医師が遮ってきた。

 「・っ・・・ぅぅ・?そ、れって・・いわゆ・・る・・・・」

 「植物人間状態、というべきか・・・」


 予想もしてなかった展開に思考が止まった。

 「しばらく安静に入院していればじきに戻ると思うよ」

 医師の発言に一抹の不安がよぎる。

 また恐怖の日々が始まるのか・・・・。

 いや、その前に_____

 「入院・・費や、治・・療費って・・・どう・・なる、んですか?」

 

 大人二人は驚いたかと思えば、顔を見合わせ頷き合い俺を見つめた。

 

 「保険に入ってないご家庭だったんでね・・・・。

  少しは村の資金が出されるとしても、全ての費用を計算すると_____」


 




 

 涙はついに出なくなった。

 もう、どうすりゃいいんだよ。

 わかんねぇよ。

 

 『借金しなくてはならないほど膨らんでいるんだ。

  それも、多少の金額を借りただけでは難しいな』

  

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