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第四十四話  贖罪

 

  草を踏む音のみが聞こえる。

 静かな校舎の裏は午後にならない限り光がさしてこないので、割と暗かった。

 青々と茂る樹の下で二人の少年は立ち止まり、そのうちの一人が口を開く。

 

 「・・・・俺、記憶が戻ったんだ」

 「・・・・」

 「・・それで、お前の事も思い出したけど考えたくなかった」

 背を向けている少年は、相変わらずの無表情で沈黙を貫いていた。

 「お前にすべてを押しつけて、のうのうと生きていたんだって思ったら

  苦しくて、悲しくて・・・・・・。でも、あの事も同時に考えちまってさ」

 震えそうな声に耳を痛くした少年。

 とっさに振り返ると、少年が頭を下げていた。茶髪が無造作に垂れ下がる。

 「ごめんな。肝心な時に頼りにならない俺で。

  お前の左手になるって大口叩いたくせに・・・責任放棄した」

 さまざまな想いが込められた謝罪を受けた少年は、ついに沈黙を破った。

 「・・・・・・紘斗。

  この間会った時に言ったよな。『村から出ていけ』って」

 返答されたのは拒絶の言葉。

 

 (ああ。もう、戻れないのか・・・・)

 頭を下げたまま、こぼれそうな嗚咽を押し込める。

 (俺が悪いんだ。泣く資格なんてみじんもありはしないのに)

 相手の表情は見えないけれど、たぶん睨みつけているのだと悟ることができた。

 己の犯した罪は、今となって己を孤独の鎖で縛りつける。

 怒りをあてつける的も、もはや自分しかいなかった。

 

 「ごめん、敦・・・・っ。ほんとにごめん」

 「一つ聞くけどよぉ。・・・・・『許す』って言ってほしいのか?」

 「!!」

 

 (だめだ。泣いたらだめだ。)

 じわじわと涙がにじんでくる。

 涙腺が一度壊れてしまってはきっと泣きやむことができない。

 

 「顔をあげろよ」

 「・・・・っ・・・」


 黒い短髪が風で微弱に揺れた。

 照れたように笑う敦の顔の面影がちらりと重なって余計にせつなくなる。

 光を失った二つの双眸が、自分を真っ直ぐに見つめていた。

 異様な雰囲気が漂う敦に、妙な違和感を感じる。

 (・・何だ、この感じ・・)

 色彩のない黒い瞳と似たような黒い靄が彼を覆っているようにみえたのだ。

 

 「別に許す許さないの問題でもないんだよ。

  おまえは関係ない。だから俺に関わるな」

 刺々しい物言いが、紘斗の精神を削っていく。

 「・・・関係、あるだろ・・・・?」

 (今までの俺達は何だったんだよ)

 あの穏やかな日々は白昼夢だったのか?

 春休みに釣りで競い合い、自宅で語り合い。

 母さんと一緒に誕生日を祝って、敦から贈り物も貰って・・・。


 敦の親父に殴られたあのときに桜の飴細工は粉々に砕けてしまった。

 俺の大切なものも、その時すでに亀裂が入っていたのかもしれない。

 

 


 少しの間があいて、敦は目を伏せた。

 (・・・・・あってほしかったのかもな)



 「知ったこっちゃねぇ」

 そう吐き捨てると踵を返して校舎の方に向かっていく。

 紘斗は縋るように敦の腕を掴んで引きとめた。

 「なんだよ」

 不快そうに眉根を寄せる彼を見上げて、深呼吸を二つ。

 『死』のにおいが纏わりついた敦がどうにも気にかかってしまった。

 (なんだか嫌な予感がするな・・)


 「これ以上お前の迷惑にはならないようにするから・・・・・

  だから、どうか生きていてくれ」


 『生きていて』・・・本心だった。

 力強く訴えると、紘斗はその場から逃げるように校舎へと駆けて行った。


 


四季編は、視点がころころと変わっていく予定ですが、

ときには今回のようになります。

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