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桜の記憶 ~二つの伝承~  作者: LEN
報復と穢れ
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断章  報復と穢れ

流血注意!ちょっぴりですが。

  はぁっ・・・はぁ。


 俺の家は複雑な部屋割りになっているので、廊下を使わなくても

 頭をひねれば裏口に出ることが出来る。

 しかし、道のりはある程度遠のくことになってしまうという短所もあった。

 

  ・・・っ・・はぁ・・・っ。


 お互いに息を切らして裏口を目指す。


 幸い、親父がすぐに追いついてこなかったおかげで

 時間に余裕も持てたのだ。

 ・・・まあ、歩いている余裕なんて微塵もありはしないが。

 親父に聞こえるとまずいので、なるべく小声で話しかける。

 「紘斗・・・もうすぐだ。寝室を抜けて物置部屋前までいけば

  ここから出られるぞ」

 「・・・・。敦ももちろん逃げるんだよな?」

 「・・ああ」

 しっかりと首を縦に振って答えた。

 その一言で、ようやく紘斗はこわばった表情を緩めたようだ。

 「ずっと腕つかんだまま走って悪かったな。痛かっただろ」

 「全然平気。それよりお前・・・左手の状態は・・」

 「あ~あ。そういえばそうだった。走ってたら痛みも忘れたよ」

 紘斗に言われて気がついたが、本当に痛みが和らいでいた。

 変な感覚が少し残ってはいたが不思議と気にもならなかった。


 寝室の障子を開き、右の廊下に出て少し走れば物置部屋の前についた。

 しばらく開けていなかった部屋の中が埃っぽくて、おもわずむせてしまう。

 「ごほっ・・・」

 「大丈夫か・・・・ってうわぁ」


 盛大に紘斗がこけてしまった。さらに埃が舞い上がる。

 たんぽぽの綿毛のように綺麗な白なら心も癒されるが、ただの汚れ。

 こっちが大丈夫かって聞きたいぞ。

 「いたた・・・。何これ?鉄の棒?」

 「家具の一つだったはず。悪い。立て掛けてたのが転がっちまったのかも」

 錆びて赤く変色したその棒を手にとって、再び棚の近くに立て掛けた。

 気を取り直して、裏口の戸の鍵の一つをはずす・・・・。

 かちゃり。

 二つ目の鍵は少し時間がかかるため、丁寧に解除するひつようがあった。

 鍵に手を伸ばす。

 あと一つ外せばずっと使われていないこの扉が開く。

 幼かったころに何度もここから外へでたので運よく外し方は覚えていた。

 

 解除に取りかかった途端

 ふいに部屋の中が明るくなる。

 俺らの方に光が差し込んできたのだ。

 「・・・?」

 電気はつけていないので、考えられるのはたった一つ。

 


 「・・・俺の勝ち、だな」

 嘲笑とともに下劣な声が重く響いた。

 

 「!!親父・・・・」「・・ぁ・・・」

「玄関の鍵はかけた。もうここから逃げられない」


 男は姿を現す。そのごつごつした手に包丁を握り締めて。

 鬼ごっこにしては度が過ぎているんじゃないか。

(・・・嘘だろ。ついに殺すのかよ)

 走っても逃げられそうにない。親父の運動神経は並はずれてるし、

 裏からでるのでしっかりした道もない。

 ・・・・他に助かる方法はないのか。

 余裕をもって解除する暇なんかないので、手順が間違わないようすばやく

 外さなくてはならない。



 急げ。急げ!!


 かちっと望んでいた音が出た。一気に希望が溢れたようだ。


 よし!!!!


 紘斗を庇いつつ、戸を激しく開く。

 「いまだ!外に出ろ」

 「敦!!お前も!!」

 

 影が徐々に徐々に大きく広く伸びていくのを感じた。

 迫ってくる。親父がくる。

 「・・・・・・」


 一歩、また一歩近づいてくる親父の顔は、もうあの親父ではなかった。

 俺のなかに眠る昔の記憶。

 桜の舞う中で、母親と三人で手をつないで笑いあった儚い日々。

 あの笑顔はもうどこを探してもなくなってしまったのだ。

 「・・・ぁぁ」


 こんな思い。二度とするもんか。

 戻ってこない思い出のよう・・・もう取り返しがつかなくなるその前に。


 こいつだけは・・紘斗だけは・・・。


 「______じゃあな、紘斗」


 助けるんだ。



 両手で紘斗を突き飛ばす。

 俺よりも背が低く、小柄なこいつは簡単に外へとはじき出された。


 

 「っ__!!まてよ、敦!つとむ」


 入ってこられないように、すぐに扉を閉めて鍵をかけ直す。

 どん、どん、と振動が来る扉を背にして、俺は親父と向き合った。

 「・・・そこまでガキの事が大切か?」

 「大切じゃなきゃこんな酷いことするわけないだろ?」


 皮肉っぽく笑って側に置いた鉄の棒を手に取る。


 瞬間、親父が刃を突き立てた。

 よけたつもりだったが、鋭い刃先が鼻を掠めていった。

 ひりひりした感覚。

 口の中に鉄の錆のような味が広がって、不快な気分になる。

 「とうとう物で手を出すようになったんだな」

 「とうとう?俺がいつあんたに手をだした。

  それに先に物で手をだしてきたのは俺じゃない」

 冷静に、慎重に反論していく。

 一歩間違えたら即死という緊迫した状況。

 

 紘斗は逃げれたか?


 扉の振動が無くなっている。

 少し、安心したが目の前の男はこの場にいないあいつを憎む。

 「・・・昔と変わってしまったな、おまえは。

  なあ、敦。そんな説教くさいこと言う性格じゃなかっただろう。

  ・・・・・そうか。悪いのは全部あのガキだ。ガキのせいでガキのせいで」

 「違う!!!!あいつは悪くない」

 「ガキのせいで・・・・!」

 理性のきかなくなった親父を、これ以上見たくないと、心が叫んでいた。

 悲鳴が警告のようにも思えた。

 



 ・・・疲れたよ。


 ・・・心が痛いよ。


 「殺してやる。あのガキ」

  

 男は振り返って、物置部屋を出ようとしていた。

 きっと玄関から出て、あいつを殺す気だ。

 「絶対に、殺す」


 死なせるものか!!

 (でも、どうすれば・・。)

 棒を眺めて唾をのむ。




 付きつけられた選択。二者択一。

 親友か、父であった男か。


 _______果たして、どっちの『生』を望むのか。


 


 「・・・どうして」

 俺、何か悪い事したかなぁ。

 そもそも生まれてこなければよかったのかなぁ。

 それなら痛い思いしなくてよかったのかなぁ。

 わかんない。


 何故、こんなことになったんだろう。

 歯車はどこで狂ったのだろう。


 母が死んだ時?それとも他に・・・・。


 心の悲鳴は鳴りやまぬことを知らずにいる。


 



 ・・・疲れたよ


 ・・・もういいんだ。

 


 「っ・・・うぁあああああああああああ」

 俺は、親父の頭をめがけて鉄の棒を振り下ろした。

 手加減など一切抜きに。


 


 横たわった男の頭から血がとどめなく流れ出る。

 頭の中は真っ白で、ただただ深呼吸を繰り返した。

 

 「はぁ・・・はぁ」

 目から流れる涙と切れた鼻から流れる血で

 俺の顔はぐちょぐちょになっていた。

 口の中は独特な錆の味としょっぱい塩の味で満たされている。


 穢れてしまった手を見つめ、俺はか細い声で囁いた。

 ここで終結した人生を少しでも慰める為に。


 

 「・・・・・これは、“報復”。罪を犯した男への、報復なんだ」

 

 

 

 

断章編、完結。

長かった・・・・・。

次回は学校編になる予定です。

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