断章 喜怒哀楽
紘斗は汚く破らないよう丁寧に、単純な柄の包装紙をはがした。
その中から姿を現した飴細工を手に取ると、頭上にかかげて見つめる。
(やっぱり、選択間違ったか・・・?)
心の中で呻るのと同時に、妙な緊張を覚えた。
「・・・綺麗だな」
視線を飴細工からそらさずに、紘斗は口を小さく動かして呟いた。
「気にいってくれたか?」
「もちろん」
偽りのない笑顔が、さわやかに輝く。
紘斗は、『大切にするよ』と付け加えて包装紙と一緒に卓袱台に置いたあと、
一度席を立って隣接する台所へ向かっていった。
(・・・・気に入ってくれた。)
おもわず微笑が漏れる。
数分が経ち、紘斗はお盆にのせた茶菓子を持ってきた。
「さっきはありがとな、敦。お礼と言っちゃなんだけど、
お前の好きな羊羹を切ってきたから食べてくれ」
目の前に差しだされたのは、透き通る魅惑的な色をした羊羹。
俺の大好物をわざわざもってきてくれたことに感謝する。
「逆に悪いな・・・。いただくぜ」
丁度八つ時だったので、俺達二人は菓子を食べながら
雑談を再び始めたのだった。
腹も満たされた頃、気がつけば話題は昔の話に切り替わっていた。
昔の話といっても、出会ったのが中学一年生だったので
そこまで古いものではない。
「早いもんだよな。中学に進学したのが最近のように
思えるのに、もう春休みが終われば中学三年生だぜ」
「本当にあっと言う間だな」
「思い出を一つ、って言われたらさ、俺は紘斗と出会ったことだな」
「ああ。確かに強く残っているよ」
心臓あたりを軽くぽんと叩いて、紘斗は目を伏せる。
なぜだか俺は、蘇る記憶を無性に口で紡ぎたくなった。
「あれは雨の日だったか・・。川でおぼれた俺を紘斗が助けてくれたな」
「・・・・・うん」
相槌の声色が憂いを帯びていて、心にひっかかるようにしみ込む。
きっと、俺の身を案じてくれているんだろう。
「その日も俺は・・・・「敦」
言葉を遮った声は酷く冷酷に聞こえた。
冷や汗が頬をつたう。
今俺の正面に座っている紘斗の顔には、
『よせ、お前が傷つくだけ。もういい』という言葉が明確に示されていた。
「心配はいらない、紘斗。言わせてくれ」
意志を貫くように、含みをもった声で返すと紘斗は何も言わなくなった。
理解してくれたのだろう。
「その日も俺は、親父に虐待されて体が今にも崩壊しそうだった。
家をとび出して無我夢中で走っていたら、
雨でぬかるんだ道に足を滑らせて、川へ転がり落ちたんだ。
もう死ぬと思った。死にたいとも思った。
・・・だけど、お前が・・紘斗が助けてくれた。
出会いは奇跡なんだっておもいしらされたのもそれがあったから。」
「俺も、お前に会えて良かった。
もっとたくさん遊びたいし、話したい。
・・・・・なあ、実は俺が敦に言おうとした事ってこれなんだ。
お前の心が、体が朽ち果ててしまわないか心配で・・・。
敦の親父の件、もう一度深く考えようぜ」
一瞬、どきりとした。
心はまだ大丈夫だが、体のことに触れられるとどうしても抵抗がある。
思わず、自分の左手を確認してしまうほどに。
紘斗には、まだ言っていない。今が潮時だ。
「あのさ、紘斗。言いづらいことなんだが・・・」
紘斗の眉毛が訝しげに下がる。不安を感じているようだ。
「俺の左手、もしかしたら使えなくなるかもしれない」
言った。生唾を飲み込んで、返事を待つ。
「・・・・・どうして」
「ここ最近、動きが鈍いんだ」
「・・・・・原因は、親父か」
「まあなっ」
錆びたような雰囲気を元の和やかな雰囲気に戻すため
軽く返答したら、紘斗は俺の想像以上に激怒した。
「どうして何も言わなかったんだ!!!!!!
こんな俺でも相談してくれよ!
何か対処があったかもしれないんだぞ!!
使えなくなるかもってどういうことだ!?
なんで、なんで・・・っ・・・」
怒鳴ったあとは急激に様子が変わり、幼児のように泣きだした。
頭が混乱中です・・・。




