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桜の記憶 ~二つの伝承~  作者: LEN
報復と穢れ
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断章  ねじれ

断章。時は少し遡って、辻の母が亡くなるちょっと前の春休み(だいたい三月)の話になります。



 春のまどろみが、眠気をつれてやってきた。

 誰もが待ち望んでいたこの季節。

 心機一転、新しい生活を送ろうとする人々。

 意気揚々と活動し始める動植物たち。



 目まぐるしく移りゆく今と切り離された俺は、

 その日も普段と変わらない一日を、『春休み』という題名で送っていた。

 なごみの春に違和感を放つ、全身の痛み、薄暗い部屋。

 きりきりと痛む腕に、青紫色に変色した背中と足の痣。

 口になかには生臭い鉄の味がひろがっている。


 「・・・ったく!どうしておまえはそういつもいつも反抗ばかりするのか」

 前髪をかき分けて、落ち着きなくうろうろしているこの男。

 俺は、この男のたった一人の息子であり、玩具であった。

 「俺がどれだけ迷惑しているのか考えたこともないんだろうな」

 苦虫を潰したような顔をして、荒々しく毒づく。

 「おい!聞いているのかつとむ!!!」


 ええ、聞いてますとも。

 痛みをこらえ、座り込んでいた体制からゆっくりと立ち上がる。

 反抗しようと顔をあげて少し背の高い親父を睨みつけた。

 「なんだその目は」

 よっぽど俺の目つきが悪かったんだろう、苛立ちが酷くなっていく。

 言っとくが、この三白眼はお前ゆずりだぜ、親父。

 すると、心の声が漏れてしまったのか、親父は俺の胸倉をつかんで

 そのまま床に叩きつけた。


 「っぐあぁぁっ」


 痛い痛い痛い。

 血が湧き出るように熱くなる。

 体のあちこちが、『助けてくれ』と悲鳴を上げているようだ。

 残念だが、今の親父を止められるすべは無い。

 これ以上機嫌を損ねたら・・・今度こそ・・・殺されちまうだろうな。

 そんなことも分かるまでになってしまった。

 もう、慣れすぎたのだ。

 この日常に。異様な生活に。父親の虐待に。


 俺がまだ小学生のころに母親が死んで、どこか狂ってしまった親父は、

 毎日俺に手を上げるようになった。

 親父は、すぐに仕事をやめ、借金も背負っていた。

 借金取りが来れば、『明日、必ず返しますのでどうか・・・』と

 情けをもらってその場から逃げ、遠い親せきに力を借りて

 どうにかこうにか返している。

 不安や哀惜は、のちのち焦りや憤怒に変化し、暴力という形で

 理不尽に俺にあてられた。


 ・・・悔しい。


 毎度殴られるのも悔しいが、それ以上に屑な親父を

 『親父』と呼んで離れない自分の甘ったれた感情が悔しい。


 どこか遠くに逃げてしまおう。

 ふと、突拍子もない衝動に駆られるが、何故か体が思うようにいかない。

 ただの気持ちだけなら、まだ良かった。


 実際に、俺の左腕は少し動きが鈍くなっている。

 親父が狙っているのか、癖なのか知らんこっちゃないが、

 高確率で左腕を殴るので、後遺症が残った。


 むろん、金なんてないからそのまま放置している。

 

 

 

 床に倒れたまま顔を上げ、親父の顔色を窺うと、

 気分が幾分晴れたているように見えた。

「俺はしばらく家を空けるから、あとのことは自分でなんとかしろ」


 捨て台詞を吐きだし、荷造りを始める。

 気に食わないことがあったら、癇癪起こしてすぐ家出か。

 どっちが子供だかわかんねぇな。

 「・・・・・」


 ピシャン。

 挨拶を交わすこともなく、家の扉は激しく閉められた。

 「・・っゴホッ・・・。こ・・れで・・

  しばらく、・・・自由に・・なれるぞ・・・・・・!!」

 床を這いずって、壁に背をもたれる。疲れが溜まっていたからか、

 何かをする気にはならなかった。

 「そうだ、明日はあいつと遊ぶ約束をしていたんだっけな」

 幸運なことに、親父は一時帰ってこない。

 「夕暮れまでずっと遊び続けてやる」

 ずっと望んでいた、門限も暴力もない楽しい春休み。

 明日から、望みが叶うというのだ。


 胸が躍ってやまなかった。


 

断章編、スタートです。

この章の主人公は、あの新垣敦となりました。

敦が登場した前の話のはじまりに至るまでを書いていきます。

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