第三十九話 思い込み
題名重要です。
母が死んだと、そう聞いたのは夕飯を食べ終わってすぐの事だった。
外では雷が絶えず落ちていて、とても墓参りには向かない日だが
この先も晴れることは無いだろうからってあわただしく支度をしていた。
夫である、辻光司の墓に行くために・・・・・。
母さんが家を出る少し前の時間に巻き戻す。
『雨がすごいわ・・・・。紘斗は家にいてね。すぐに帰ってくるから』
窓から外をのぞく母さん。
心配そうに俺の顔を見つめて、留守番を頼んできた。
『うん、分かった。いってらっしゃい』
特に不安も感じず、何気なく放った言葉・・。
これが最後のあいさつになるとも知らずに。
『いってきます』
がらがら。独特な音を立てて戸が開く。
母さんは、小さな風呂敷と新聞紙で包んだ花束を抱え
傘をさして家を出ていった。
これが、最後に見た母の姿。
もしも、引き止めていたら・・・・・。
あの時、“行かないで・・”と言えたのならば。
「ああぁあっぁぁぁあああああああああ」
悔やんでも、もう遅い。死んでしまったんだ。
母さんが墓参りに行ってからまもなくして、黒電話が鳴った。
「はい、辻です」
電話の向こうの人は、役場の男性。
くぐもった低い声が、間接的に鼓膜に届く。
“・・・辻紘斗君で間違いないかな。わたしは、咲が丘村役場の五木だ。
・・非常に申しにくいんだが・・・・
玲子さんが不慮の事故に遭い、先ほどお亡くなりになられた。
即死ということだそうだ。”
時がぴたり、と流れを止めた。
俺の中での何かが消えた瞬間であった。
受話器を握っている手が力なく下がる。
理解できない・・・・。
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だうそだうだ。
“紘斗君・・・!?聞こえているなら返答してくれ!
おい・・・おい!!!”
これは夢_____!?
そうだ、そうに決まっている。
もう一度眠ってみよう。
明日になって、俺が起きたらきっと居間には母さんがいる。
おはようって言ってくれるはず。
全身の力がすっと抜けて、玩具のように無造作に床に倒れると、
その衝撃で受話器がとんでいった。
“おい、・・おい!” 焦りを交えた声が遠く響く。
おやすみなさい。
口から漏れる息は、形をつくらずに空気へと混じり消えていく。
ゆっくりと瞼を閉じれば、俺の意識も深い靄の中に溶けていった。
・・・これまでが、俺が記憶を無くした経緯。
大きな喪失感をかかえたまま、俺は再び目をさましたんだ。
だいたい六十年が過ぎた咲が丘村の長寿の桜のもと、
紘斗という人間ではなく、辻という桜の神として_________。




