第三十八話 それは、偶然か必然か。
朝食が済んだ後、食器をあらって一休みした。
今日の目標は中学校に登校できるように準備をある程度進めること。
机に置いてあった鞄に、蘭たちからきいた必需品を探して
つめるだけの作業だが。
疲れも程良くとれたので俺は準備を始めた。
筆箱、教科書・・・・資料に制服・・・・・。
上履き、用具入れ・・・・。
「あとはこれだけか」
用紙に書いた項目を手でなぞる。
「生徒手帳・・・・・・」
だいたいの物は、目につく所にあって見つけるのに苦労はなかったが
ただひとつ、生徒手帳が見つからなかった。
この田舎でそんなものが必要なのかと言われても分からない。
小学校から高校まで同じ木造の校舎で学習をする咲が丘学校の詳細は
通っていればじきに知れることだろう。
とりあえず、探すことに専念する。
「・・・・ここにはなさそうだ。物置か?」
畳をみしみしと渡り、隣接する部屋の障子をあけた。
長く閉め切られていたのか、こもった臭いが鼻にまとわりつく。
われていない座布団、ぼろぼろの風呂敷。
いかにも古そうな家具が視界をさえぎっていた。
「あるといいんだけど・・・・」
狭い隙間を通り抜け、置いてありそうな棚の引き出しを開閉する。
折れて錆びた画鋲に、使い古された万年筆が無造作に埋まっていた。
その隣で、厚みのある手帳のようなものを発見した。
ぱらぱらとめくって目を通す。生徒手帳ではないようだ。
どうやら書き手は辻紘斗の母親、辻玲子のようである。
読んでもいいのだろうか?
気になってそわそわしてしまう。
「・・・・・いいかなぁ?」
時間は十分にあったけど、生徒手帳探しに結構かかりそうなので
とりあえず最後あたりを拝見させてもらうこととした。
「失礼します」
“×月×日 今日は紘斗の誕生日。もう十五歳になったんだね。
おめでとう。
これからも、私とあなたで明るく元気に暮らしていこう。”
“×月×日 ここ最近、大雨が続いている。
春だというのになんだか妙な天気だわ。
それに、なんだか紘斗の様子がおかしい。
一体どうしたのかしら。”
“×月×日 紘斗から話を聞いた。私はただただ泣くことか、
相槌を打つことしかできなかった。情けなくてごめんなさい。”
“×月×日 久しぶりに、紘斗と一日家で過ごした。
仲のいい蘭ちゃんと鈴ちゃんは用事があるらしい。
初めて作った夕食の卵焼きが、紘斗に好評で嬉しかった。”
“×月×日 明日は光司さんの命日。
光司さんがこの世をたってから、もうこんなに立つんだね。
今も、天から私たち二人を見守ってくれていますか。”
“×月×日 今から光司さんの墓参りにいってくるわ。
雨は相変わらず降り続けているけど、今日行っておかないと
当分止まないと思うから・・・・。
紘斗にはお留守番を頼んでおいた。しっかりしているから大丈夫”
・・・・・ここで日記は止まっている。
後は全部空欄だった。読んだどの文章も心に残って離れない。
終わり方を不自然に思い、最後までめくってみると
まだ新しい写真が一枚挟まっていた。
おそるおそる、まるで危険物でも扱うかのように慎重に手にとって眺める。
「家族写真・・それに_______!」
どくん。
鼓動が速くなる。
世界が傾き始めたような気がした。
写真に刻まれた黒い文字。
その言葉から思い出すのは、夢の中で聞いた、
時を制止させる悲壮な声______。
『・か・、・・く・い・し・______。』
目に浮かぶ、懐かしき日の思い出。
鮮やかな色合いの、手毬
ぼろぼろに崩れた、桜の花の飴細工
甘くてふわふわの、卵焼き
轟音を放つ、稲光
村を呑みこんでしまいそうな、激しい雨
部屋に響いた、黒電話の呼び出し音
「・・・・ぅぅ・・っ」
溢れだす涙は、写真に落ちて、滴をつくる。
どさっ、と鈍い音をたてて日記が落ちた。
埃が舞うなかで、力なく座り込む。
ああ、なんで。
『だから、早く思い出して______。』
紘斗。
俺の心に、訴えかけるその声の主は、まぎれもない・・・・
「・・・っ・・母さん」
思い出した、思い出したよ・・・俺。
なんで忘れてたんだろう。
どうして思い出せなかったんだろう。
馬鹿だなぁ・・・・。
「あああっ・・・・あああ」
最愛の母、俺にとってたった一人の家族。
残された俺は、とうとう独りになった。
さびしいよ。
ねぇ、母さん。おいてかないで。
「・・・っ・・死んじゃった・・・・母さんっ・・・ぁ・・」
意味わからないですよね・・・はい。




