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第三十七話  怪我

  『早く、思い出して・・・・紘斗』




 「!?・・・、っが・・・はぁ」

 時刻は、丑三つ時。

 反射的に身体を起こし、乱れた息を整える。

 額を触るとべたべたした。汗、というやつかな。


 「____なんだったんだ今の・・・・これが夢か?」

 暗い部屋の中へと吸い込まれる俺のかすれた声。

 どくどく、どくどく。

 心臓の音が耳に障る。


 

  初めて夢というものをみた。

 しかしその内容は、新しい冒険などの胸がたかなるようなものではなく、

 女性の温もりある声が冷たい雨の中でとどろくものだった。

 その声の主は、いったい“誰”に対して語りかけていたのだろう。

 俺自身なのか・・・・、辻紘斗なのか・・・・。


 とりあえず明りをつけようと、布団をはがして立ち上がり、紐を引っ張る。

 カチッと音が鳴り、部屋の様子がはっきり見えた。目が慣れなくて眩しい。

 

  机に置いていた手拭いで汗を拭きとってから、水道水を飲んだ。

 冷たくておいしい、新鮮な味。

 この村の人たちは皆、綺麗な川から水をひいているらしい。

 もう一杯注いでそれも飲み干すと、俺は再び寝床についた。



  その後は夢を見なかった。


  

  朝を迎えて、鳥のさえずりで目を覚ます。

 「もう朝か・・・」

 窓の外には薄く雲が流れていた。


  軽く身体をのばし、分厚い布団を畳んで押し入れにしまう。

 背伸びをしなければ入れられない位置にあるので、

 初めの頃は綺麗に片づけられなかった。


 廊下にでて右の方にある洗面台へと向かう。

 じゃぁああ・・・

 蛇口をひねるとひんやりした感覚が手に伝わるのがわかった。

 指の間を透き通った冷水がこぼれおちる。

 顔を洗ってふかふかの手拭いに顔をうずめると、

 眠気が吹き飛んでいった。ほんわかした感触がなんだか気持ちいい。


 水を十分に拭き取ってから、俺が部屋として使わせてもらっている

 家の奥の個室へと移って着替えをすました。


 衣服はこの家の人のもので、勝手に着用してしまっている。

 許諾をとりたくても、本人や家族がもういないのが現実だ。

 本物の辻紘斗の魂は、どこに消えてしまったのだろう。

 ときどき、そう思いつめることがある。


  戻ってくるのだろうか・・?


  もし、戻ってきたら俺はどうなるのだろうか・・・・?


  全身を映す鏡に手を重ねた。瞳に入るのは、辻紘斗の体。

 今考えても、しかたがない。

 部屋の扉を閉めて居間とつながる台所へ向かった。

 しばらく経っても、その疑問と不安は頭にひっかかって外れない。

 違和感がなくなった人間としての生活は、少し怖かった。

 桜の神だった俺は、今では普通の人間になったのだ。

 辻紘斗という名を借りた、少年に。



  元に戻ることは・・・・・・・。






 

  「・・・・っ___!」


  痛みを感じて目を大きく見開く。

 切りかけの野菜と右手に持った包丁。

 指から溢れてくる血を見て我に返った俺は、

 朝食をつくっている最中なのを思い出した。

 深く切ってしまったのか、血が止まる様子は無い。

 包丁を置いて、急いで絆創膏を探す。


 俺はどうにも血が苦手・・いや嫌いだった。

 血を見ると焦燥して冷や汗が出てくる。

 滴る血が頭から離れない。嫌だ。気持ち悪い。


 探し始めて数分、居間にある棚の引き出しの奥に絆創膏を見つけた。

 ちょうどよく二、三枚残っていたので取り出し、

 左手の人差指に張り付けようとするが手が震えてなかなか上手くいかない。

 もどかしさから、苛立ちはじめる。


  「なんで出来ないんだ・・・・。

   他の事ならだいたいできるようになったのに・・・」

 張り終えたのは十分ぐらいが過ぎてからだった。血がだいぶ流れた。

 気を取り直して台所に戻り、包丁を握る。

 何度も貼りなおした絆創膏は、不格好に巻かれていた。


 溜息と共に流れる、自分の意思で吐く言葉。

 「_________。」

 口から洩れたその言葉があとから俺を突き落とす凶器となることを、

 まだ俺は知らない。



 

フラグ増量セール・・・・。

回収が追いつくのか不安です。

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