第三十四話 衝動
ぴたり、と敦から放たれた拳が停止する。
こいつはしまったというように顔をしかめ、俺をつきとばした。
「っ成瀬蘭。何だ、俺に用か?」
せわしなく足をゆすり、絆創膏をいじくる。
「あなたに用は無いわ。私は紘斗に似た声が聞こえたから
まさかって思ってここへ来たの」
対する蘭は、敦を睨みつけて俺のところに駆け寄ってくれた。
「紘斗・・・大丈夫?」
同じぐらいの背丈なので顔がとても近い。
顔が熱くなるのが自分でもわかった。
「・・・・うん、大丈夫」
「っ・・・さっきまではあんなに痛がってたのに強がってんのかよ」
しばらく落ち込んでいた敦が間をはさんだ。
怒りの矛先は俺で決定。目力が鬼を思わせた。
蘭が耳を疑う。
「痛がってた・・・?あなた手を出したの!?」
それから勇み足で敦に詰め寄ると、頭一つ分高いあいつに向かって
平手打ちを送った。
「あなた、最低ね。あの事故のときといい、今回といい・・・」
唖然とする俺と敦。
叩かれた頬がじわじわと赤く腫れている。
悔しい気持ちを抑えられないのか、敦は蘭にか細い声で伝えた。
「なあ、ちゃんと聞いてくれよ・・・・・・」
「聞かないわ。紘斗に謝って」
「だって・・俺は・・・。俺は・・・・」
いっしゅん悲しげな表情をしたが、すぐに顔を赤く染め上げて
口をもぞもぞ動かす。
「________っ」
敦は言葉にならない声を出し、その場から離れた。
沈んだ思い空気が漂う。
「・・・蘭、ありがと・・」
「ううん、いいのよ。・・・・私もさ、最低だよね。
感情任せに相手を叩いちゃった。
相手の伝えたいこともさえぎって『謝って』だって。
実際に見てもいないのにね」
『悪いことしちゃったな』
笑顔を歪ませ、蘭がしゃがみ込み俯く。
「紘斗が苦しんでいるって思ったら、感情が制御できなくて___」
そこまで言うと、首を振って『言い訳がましいね、ごめん』と付け足した。
「蘭・・・」
俺はすごく申し訳なくなって、ただ名前を呼ぶことしかできなかった。
蘭が悲しむ原因をつくってしまった俺がどうしようもなく憎くて・・・。
俯いていた顔を上げ、蘭は俺に訊ねた。
「紘斗・・・変な事言われたりしてない?昔からあの人は変わらないら・・・」
「何にも・・言われてないよ」
これ以上蘭を困らせたくない。
今できる俺の精一杯の返答。
うまく笑顔をつくられているだろうか。
手当を。と蘭は気を使って保健室へ連れて行こうとしてくれたが、
今の状態で人前に出たくない俺は配慮を断り、そのまま帰宅した。
“辻”と掘られた表札の家の扉を開ける。
畳に身を投げ出して、ぼんやりと窓の外を眺めた。
だるさが少し取れたら、汚れた服を洗いに洗面所へ向かう。
狭い廊下を進み、洗い場に設置されている長方形の鏡の前に立った。
歪んで疲れた顔。乱れた茶色の髪。
敦から言われた事が根をはって俺の心にへばりついていた。
『村で浮いた存在。謎の生物』
この“紘斗”という少年はそういう存在扱いだったのがろうか。
蹴られた痛みは少ししたら消えた。
しかし、心のとげはこれからも残り続ける。
人間だからこそ、受け止めればならない『痛み』
桜の神であった俺は、五感も感情もあったが、
身体に受ける痛みは何もなかった。
ひとつ、学んだ事。
人には様々な感情がある。
今日発見した感情は、理不尽な暴力に対する怒り、苦しみ、悔しさ。
そして、自分を思って行動してくれる思いやり、優しさ。
改めて蘭に感謝する。もう一度。
「ありがとう・・・・・蘭」




