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第三十二話  皐月

  

  

  この時代へやってきて、早くも一月が過ぎた。

 艶やかな青葉を茂らす木に、もう微塵も桜の面影は無くなっている。

 一か月というのは俺にとって短い時間だったが、その期間で

 俺にはいくつの不安を持ってしまった。

 ひとつは神楽のいる元の時代のこと。

 もしも、同じように時間が過ぎているのなら、消えた俺のことを

 心配してくれているのかもしれない。

 そして、楓の行方のことも気にかかる。あれから戻れたのだろうか。

 ・・・または今もあの桜の木の中・・・異空間にいるのか。

 安否もわからないのだ。


  もう一つの不安は、自分のことだ。

 “紘斗”として生活しているこの時代に、本来の姿の俺を知る者はいない。

  人間生活も気に入っているが、懐かしいあの場所へ戻りたいとも思う。

  そう考えるときはいつも・・・・。


 はあ、と溜息をもらす。

 窓から漏れる光が、机の上の写真を照らしていた。

 その中の女性が優しげな笑みを浮かべている。

 女性といっても、身体の持ち主の母らしき人物である。

 栗色の長い髪を一つにまとめ、幼児を抱いていた。

 俺は、この人を見ると涙がでそうになる。


    他人だけれども、実際にあってみたい。

 どんな声で、どんな性格をしているのだろう・・と気にかかる。


 「・・蘭・・鈴・・・」

 ふいに、鈴と蘭に会いたくなった。二人は今頃学校に行っているのか。

 桜の巫女だけど、時期を過ぎると普通の村民の子供たちと

 変わらない生活を送っているんだな。


  「天気もいいし、咲が丘中学校に行こう」


 この時代に来て混乱し、気持ちの整理もつかないまま写真の女性の葬儀に出た。

 一人の遺族として書類の整頓や荷物整理におわれ、

 あわただしい日々を送った俺は昔の村の施設などを

 じっくり見学する暇もなかった。


  学校の後、村を廻ろう。

 

    靴紐を結び、高まる胸を抑えて外へ出た。


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