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第三十一話  消えた楔

  「辻さんに・・・・?」

『うん。次に紘斗の紹介をするね。さっきも言ったけれど、紘斗は人間で、

この咲が丘村に生まれたの。父親、母親、紘斗の家族三人。

 両親は紘斗を産む前に遠い地域から移住してきて、親族はいなかった。

 お父さんは病気のため紘斗が生まれてすぐに逝ってしまって、

 お母さんも紘斗が十五歳のときに村の事故で死んでしまった。

 ・・・・それが原因で、記憶喪失になったんだよ。』


   楓は、天涯孤独という言葉が頭に浮かんできた。

 ただ一人の母親が死んだ。

 最後の肉親を失った彼の虚無感は、計り知れないものだろう。

 自分とあまり年の変わらない少年が経験した不幸。

 胸がひしひしと痛んだ。


 横を振り向けば、涙目になりながら笑っている幼い辻がいる。

 できることなら“辛かったね。・・・大丈夫だよ。僕が一緒にいるよ”

 そんなふうに励ましたかった。しかし、これは過去の幻。

 現実いまを生きている楓が干渉できることは無い。

 『しばらくしたら元気を取り戻したの。毎日三人で楽しく過ごした。

  あの悲劇が起きるまでは・・・・・。』

 鈴は言葉を濁した。まるで思い出したくないと拒絶するかのように。


  彼女と繋がる声は、集中して聴かないと聴き取れないほどに

 遠く、小さくなっていく。

 もう少しすれば、たぶん自分は記憶を思い出すのだろうと楓は悟った。


 『楓・・・ごめん。ここは詳しく言えないや。

  その悲劇の後、紘斗は桜の神になったんだ。神になって、

  記憶は消えてしまったみたい。自分のことも、私のことも、

  そして・・・紘斗が救いたかった私の姉、蘭のことも・・ね。』


  咲いて間もないの桜の花弁が、ひらりと一枚頭に降ってきた。

 手でつかむことは叶わなかったが、楓はあたかもつかんでいるように

 花弁を儚く見つめる。


  繋がりの楔は外れかかっているが、少女の感情が楓の心に

 真っ直ぐに突き刺さっていた。

 瞼を閉じれば、“記憶”の一部が浮かびあがる。

 鈴と繋がっていることで、自分に残された前世の記憶。

 「ありがとう。僕、少しずつだけど、思い出してきた。

  ・・ところで一つ、質問していい?」

 『ええ、どうぞ。何がききたいの?』

 「僕の姉ちゃんもどうやら同じような記憶があるらしいんだ。

  たぶん僕よりも詳しいものが、随分前から・・・・。

  それって、やっぱり鈴と関係あるんだよね?」


 鈴が大きく目を見開いた。

 少し茶色い瞳が激しく左右に揺れる。


   『・・・・・っ・・・!!』


 これは関係が大ありだ。

 そう断言できるほどに動揺と焦燥がとってみえた。


 独り言をぼそぼそと呟くそうに鈴が語る。

                 ・・・・

 『蘭はなにをしたの・・・まさか、あの伝承を再現した___?』

 「鈴、落ち着いて!僕が迂闊に・・好奇心で聞いてしまってごめん」


  楓が謝ってなだめていると、少し、落ち着きを取り戻したようだ。

 鈴は拳を握りしめて、同じ顔の少年を真っ直ぐに見つめた。

 『もう平気。心配掛けてごめんね。

  ・・・・・。私にはしなければならない事がまだ一つ残っていたわ。

  今の私にしかできない、大きな仕事が。

  楓、もう一つ頼みごと、いいかな。

  元の時代に戻ったら、私の気持ちよりも先に次の事を伝えて。

  あなたがこの時代で見たもの。

  私と出会った事。

 『神楽はもう、本当の神楽だよ』という言葉。

  この三つ。・・・・・・こんな形で来世にまで迷惑かけるなんてね。

  強制的で申し訳ないけど、よろしくお願いします』

  威勢良く頭を垂れて、艶のよい長い髪を揺らした。


 

   「わかった」


  短い一言だが、重みのある声だった。

 楓に全てを理解することは難題。しかし、彼は受け入れた。

 姿勢をもどした鈴が、はたと思い出して慌てる。


 『はっ・・!質問に答えてなかった!・・・答えは、その通りだよ。

  楓のお姉さんと私には重大な関係があるわ』

 「そうか、ありがとう」


 ___記憶の破片が一つ、一つ、集まって、大きなをつくる。


 『いいえ、私こそありがとう。・・・もう、声が途切れそうだね。

  じゃあ、最後の別れに・・・。この言葉を。

  “また、逢えるよ。別れはさびしいけどさ。だって俺らは・・・

  絆で繋がっている、そうだろ?

  ほら。______振り向かないで走れ!”』


 最後の隙間が埋まった。かちんと心地の良い音をたて、すべてが繋がる。

 色あせていた静止画は、淡く色づいて動き始めた。

 霞は晴れ、すべてが透明になっていく。


   成瀬、鈴。 僕の前世。 


   辻、紘斗。 鈴の好きだった人。かつては人間で、現在は桜の神。


   成瀬、蘭。 鈴の姉で・・・僕の姉ちゃん、神楽の前世。


 鈴は僕に、辻さんは桜の神に、蘭は姉ちゃんになって、巡り会えた。

 昔の記憶から、それまでの記憶が流れていく。


 楽しかった事、悲しかった事、悔しかったこと。

 そして_________鈴が口を開かなかった、あの悲劇も。

 身体が凍りついた。見えたのは、鮮明な赤。


 声が枯れるまで、叫んだ。

 なんて言っているか自分でも分からなかった。


 叫びとともに聞こえるのは、桜の木の下で笑い合っている

 純粋で無垢な少年少女たちの声。



   もう、鈴の声は聞こえない。

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