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第三十話  楔打つ少女の想い

  

  楓は、一部始終を呆然と眺めていた。

 自分が突然転移した昔の霞河神社。そこにいる少年少女たち。記憶喪失らしいの少年に双子の巫女。どうやら映像で見た少女たちのようだった。楓と瓜二つの顔をしたあの謎の少女にそっくりである。涙を流し、互いに励ましあっているその姿は微笑ましい。ほのぼのとした空気にまどろんでいると、違和感が生じた。

「誰も僕に気付かないってことは、あっちからは見えていないんだ・・・・」

手をのばせばすぐに届く近距離。試しに片腕を掴もうとするが、すり抜けてしまった。


 まるで、透明人間になったような感じだ・・・。

 真正面に立っている茶髪の少年の顔をよく観察する。

「辻さんと瓜二つ_____。本人だったりして。ま、そんなわけないか・・」

 隙をついたように、唐突にあの少女の声が返ってくる。

『正解だよ、すごいね楓。この人は紘斗っていう名前なの。辻、紘斗___。懐 かしい響きね』

 姿は見えないが、声だけは心へと届いていた。

 “辻 紘斗”温もりのある響き。


  だが、予想もしていなかった返答に戸惑いが隠せない。

「!?嘘?だって辻さんは桜の神だから・・」

『今は、でしょ。ここは昔・・だいたい六十数年前の咲が丘村なの。紘斗は人間 だった。まだ少し幼いね。』


 人間から、桜の神へ?思考回路が途切れそうになった。

「ごめん。内容が頭に入ってこないから、一から説明をお願いしてもいい?」

 少女は二つ返事で許諾した。



 『あなたに話したいことがたくさんあるの。私の正体と存在理由について、

  そして、紘斗とその家族や私との関係について。ほんとにたっくさん。

  じゃあね、さっそく。・・・名乗るのが遅くなってごめんなさい、

  私の名前は成瀬鈴なるせりん。呼び捨てでいいよ。

  うすうす分かっていたようだけど

  あそこにいる双子の巫女の一人は私なんだ。

  でも、今あなたと会話しているのは違う私。えっとね・・

  つまり、この世界にいる人間の私は普通に生活していて、

  今の私はこの世界に関わることができないの。ここまではいい?』


 「うん。簡単にいえばあっちの鈴は昔の鈴で、見えないこっちの鈴は

  現在の鈴ってことでいいんだよね。」

 どこを向いて話せばいいのか定まらない楓は、とりあえず空を見上げた。

 元いた世界の空と変わりない澄み切った蒼に淡い雲がゆっくりと流れている。


 『そう。したがってあなたに私の姿が見えないのもその所為なの。

  ・・・・・・

  同じ魂の生体が同じ空間・・世界に二つあることは厳禁だからね。

  次に、私とあなたの関係性について。楓、あなたは____来世の私よ』

  何かが繋がった。

  がんじがらめになった紐の塊から、するすると糸がほどけてゆく。


 「君は前世の僕・・・・・・・」

 辻の推測は見事に当たったのだった。

 二人は風雅や鈴の力で長寿の桜の中へ入り込み、

 そこからさらに時代を遡ってこの時代へと放り出された。


 『心で会話が出来るのは、あなたと私がまだ繋がっているからなんだ。

  繋がりの楔が消え去った時、きっとあなたは私のことを忘れるの。

  でもそれが普通・・・。

  私の想いが形となってあなたを引きつけ、記憶という形で縛りつけている。

  その想いを消すために、どうか私の願いを叶えて欲しい。

  身勝手なのは分かっているよ・・・・・』


 幻想的な空想だ、と嗤う者もいるだろう。

 法螺話なんでしょ、と非難する者もいるだろう。

 しかし、楓はどれにも当てはまらない。

 「分かった。僕は出来る限りの事をする。願いは何?」

 芯のある眼差しを受けて鈴は柔らかい笑顔を見せた。


 『ありがとう・・・。私の願いはね、この気持ちを紘斗に伝えて欲しいの。

  私は紘斗が好きだった。だけど、最期の最後まで想いを伝えられなかった。

  この時代から再び元の時代へ戻った時に、どうか紘斗に伝えてほしいの。紘  斗は、もう私の事を覚えていないだろうし、見えないから・・・・』


  愛おしくて切ないような声が、優しく鈍く響く。楓は少し照れた。

 前世から惹きつけるほどの少女の溢れる恋心。それを世の人は“愛”と呼ぶのだろうか。少女の年相応な願いを、どうか叶えたいと決意する。

「ここを出てからでいいんだね。任せて」

 『えへへ。なんだか恥ずかしいな・・・・。』


  くすぐったい気持ちが胸一杯に広がる。

 しかし、少し複雑な気分であった。


  ぼくから言うとなれば・・・。

 「辻さん、前世の僕___名前は鈴っていうんですけど、

  その子が辻さんの事を好きだったようです」


  こんな感じか?

 昔の自分、まあ前世といえば前世だが・・・・複雑だ。

 気がつけば、鈴の声が小さくなっているようだった。

 (なぜだ?)

 その疑問を払拭するかのように鈴が続ける。


 『あなたが記憶を辿り、思い出すほどに私は離れていく。

  だけど、まだ声が届いているから・・あなたはすべてを思い出していない。

  風雅が説明しようとした失った記憶というのは、あなたの前世・・

  つまり私のことなの。

  普通はそういう記憶って無いのが当たり前なんだけどね。

  失われた記憶”の真意は・・紘斗に関わるんだよ』



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