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第二十九話  波乱の予兆

   「・・・死んだ?」

 言葉の意味は理解できるが、頭に入ってこない。

 ひとまず状況確認をしよう。


 “今現在、桜の神から人間へと移り変わっている”

 “少女らは面識があるらしい”


 この身体は元々生きていた“紘斗”という名前の人のものだろうな。

 “その人の母親が死んだ”

 “今、その人の意識は消えている”


  ここ数日、事態が目まぐるしく変わって追いつけない。


  「そうよ。あなたにとって最後の・・・」

 蘭がぽろぽろと涙を流す。

 きっと、続くべき言葉はこうだろう。

 『家族がいなくなった』

 話しているなかに、母以外の名前はあがらなかった。

 彼女の表情、物言いからするとそう考えられる。




 俺とは無関係であるはずなのに、何故だか目頭が熱くなってきた。

 溢れてくるものが零れ、頬をそっと撫でる。

 口の中に、しょっぱい何かが広がった。




 「紘斗、泣かないで。大丈夫だから」

 「私たちがずっと傍にいるから」

 どうやら、俺は『泣いている』らしい。涙って、こんな味がするんだな。

 鈴もつられて泣きだしてしまったようだ。


 「泣かないでぇ・・・・」

 どう対応すればいいのだろうか。

 「ううっ・・ひっく・・・」


 俺の心を置き去りにして、時間は流れていく。

 俺自身ではないが、この紘斗という少年を思い

 泣いている彼女らを眺めていて、心にぽっと灯りがともった。


  


  きっと、この三人はいい関係だったんだなと俺は羨む。

 この中に、本当の俺も入ることができたらな・・・。

 初めて人間に生まれてみたいと思った。

 不便なことも多いけど、沢山の経験や出会いがある。

 桜の神として、長い間見てきたこの世界。

 人の人生ほど興味深いものはないだろう。


  もしかしたら、どこかにいってしまった風雅が

 その経験を俺にさせてくれたのかもしれない。


  

  風雅は、この木にいる。

 「見えない・・・」

 ぼそりと呟いた。

 生身となった以上、長寿の桜にいる風雅の姿は見えないから、

 問うこともできなかった。

 元の世界に戻れる方法が見つかるまで、しばしこの時代を楽しむのも

 ありだよな。


 袖で涙を拭い、泣いている二人に話しかける。

 「迷惑かけてごめんな。まだ混乱しているけど、しばらくの間よろしく」

 蘭も鈴もこくんと頷き、たちまち笑顔になって潤んだ声で返してくれた。

 「うん!!しばらくじゃなくてずっと、でしょ」

 「迷惑だなんて思ってないから!ずっとずっと一緒にいようね」


  心地よい風が吹く。つぼみが一つ、花開いた。


  後に俺は、「ずっと」とつけなかった事を恨むようになる。


  

ものっすごく短い・・。

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