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第二十八話  転移

  その場に倒れた辻と楓は、霧のかかった先の見えない空間へと

 吸い込まれていった。

 空間の中、楓は幻覚を見ている。

 手を伸ばせば掴めそうな距離にいるのは、あの少女だった。

 なめらかな黒髪が、頬をなでる。少しくすぐったく感じた。

 紅色の髪飾りに触れながら、少女はせつなそうに微笑む。

 綺麗に輝くその小さな髪飾りには桜の花模様が装飾されていた。

 少女は楓を見つめ、愛らしい笑顔でこう告げる。


  『ありがとう、楓』

 それから一瞬にして、少女は儚く消えた。

 眩しい光に目を晦ませる。

 光りが収まり、手を顔から離すと楓は目を見開いた。

 目の前に広がるのは、風雅という神が見せたあの映像と似ている

 昔の咲が丘村であった。


 




  *



  


  辻は、ただ呆然とそこに立っていた。

 目の前には昔の霞河神社の長寿の桜がある。

 その木の下で双子らしき巫女が談話していた。


  肩につくぐらいの長さで綺麗に切りそろえられた漆黒の髪が

 温かい日差しを受けて輝いている。

 左の方の少女が辻を見つめ、

 「さっきからやっぱりおかしいよ紘斗(ひろと)・・・」

 と不安そうに言った。


 転々と変わる事態に頭が追いつかない辻。

 ここ数日、似たようなことばかりが起きていた。


 「ここは______。・・何がどうなっている?なあ君たち。

  紘斗って、俺の名前?」

 質問をすると、少女らの顔がみるみるうちに青ざめていく。

 「っどうしよう、蘭!紘斗が記憶喪失になっちゃったよ!!」

 「鈴、落ち着いて・・・・。・・ねぇ紘斗・・ほんとに記憶がないの?

  私たちより先にここに着いたみたいだけど、

  そのときから様子がおかしかったわ・・・」


  どうやら左の少女は蘭、右の少女は鈴という名前のようだ。

 動揺しているのか、混乱しているのかどちらも声が震えている。

 まぁ、もっとも混乱しているのは辻であるが。

 「俺、なんでこんなとこにいるんだろう・・・」


 曇った声で、蘭が呟く。

  「・・・それも忘れちゃったのね。

   ここは紘斗と私たちが初めて出逢った場所なんだよ。

   今ではすっかり待ち合わせ場所や遊ぶ場所になったけど。」

 「へぇ・・・・」


  辻は思った。全く身に覚えがない、と。




   彼にはひとつ、気にかかることがあった。

 「紘斗」・・・そう呼ばれているが桜の神には呼び名が一つだけと

 決まっているから、辻という事でいい。

 なのに少女らは別名をあたかも普通だ、と肯定しているように連呼する。

 違和感はこれだけではない。妙に五感がおかしい。

 いつもなら嫌気がさすぐらいはっきりと感じていたはずである。鈍いのだ。


  もしやと思い蘭と呼ばれた少女の手を掴む。

 「!!!!紘斗、いきなりどうしたの??」

 彼女はとても驚いたように目をぱちくりさせていた。


  黒い瞳が綺麗だな、と思いながら「っえ・・・?・・なんで!?」と

 辻は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。



  掴めた。掴んでしまった。予想が的中したのである。

 他にも触ってみる。自分の腕、身体、顔はもちろんのこと

 近くにある倉庫、そして収納されていた道具までもが触れた。

 「生身の体だ・・・・」

 少しずつ落ち着きをとりもどしていく。

 「どっちかさ、鏡をもってない?」

 「私持ってるよ!どうぞ」

 「ありがとう」

 鈴から渡された綺麗な手鏡を握り締める。

 楕円の形をした鏡に映し出された姿に驚愕した。

 「これ・・・・」


  髪の色も眼の色も変わっている。どこにも薄紅色や桜の要素は無かった。

 栗色の髪に色素の薄い茶色の眼。

 服だって、着物ではなく普通のものだ。

 つまり今の彼は“紘斗”という名の人間になっているらしい。

 顔つきや身長は少し幼い気がするも、本来の自分とそっくりである。


 頭痛がきてから気絶、そして昔へと転移。

 ありえない。まったくもってありえない。

 そう拒絶できればすっきりできるのだが、長寿の桜の中へ入り込んだり、

 こうやって経験してる以上無理である。


  「これからどうすればいいんだよ・・」


  溜息が洩れた。楓の姿も見えなくて、先が思いやられる。

 それを見てか、少女たちは優しく言葉をかけた。



 「混乱するのも仕方がないよ」

 「そうだね、まさか・・・・。」

 「とりあえず自分の家へ帰って休むといいわ。明日またここでお話しよう」

 鈴が詰まらせた言葉が気になった。


  「・・・どうしたんだ?何かあったのか?」


 特に考えもせず質問をぶつける。

 双子は顔を見合わせて頷き、鈴がゆっくりと語りだした。

 「落ち着いて聞いて・・・。これが記憶喪失の原因かもしれない。

  えっと、紘斗のお母さんは昨日事故に巻き込まれて亡くなったんだよ」



  

話が良く分からないですね、はい。

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