第二十五話 失った記憶
「失った記憶・・・・・・?」
辻と楓の声が重なって響く。
「そう。まあこの幕を見ていてくれ」
風雅は大きく頷くと、中心に浮かぶ白い幕へ手を伸ばした。
その幕に映ったのは___昔の咲が丘村の様子であった。
今とそれほど変わらない景色。
桜が妖艶に舞う霞河神社など、どれも鮮明に見える。
「これは俺が長寿の桜の神だった頃・・・。だいたい六十年前の映像だ。
まあ、まだ“長寿”ではないがな。
結構歳をとっていたから、あと数年で枯れる予定だった。
なのに、どうしてか枯れなかった。分かるか?辻」
辻へ質問をした風雅は肩を少し上げると、首を斜めに傾ける仕草をした。
少しの沈黙。考えが浮かんだのか、真剣な顔で辻は答えた。
「・・・。寿命が尽きる前に俺が長寿の桜へついたから
なんじゃないかと思います。記憶にはありませんが」
口端をぐぃっと上げた風雅は手を叩き、賞賛する。
「おお、正解。推理力があるな・・・。と、悪い。
急な用事を思い出した。後でまた来るから、そこの坊やと映像を
鑑賞していてくれ」
惜しそうに話を止めた。どこか不自然であったが、たいして気に留めず
分かりました、と相槌をうつ。
向こうへ走り去っていく影を見送り、幕へ目を移した。
それから、隣で食い入るように映像を見ている楓に訊ねる。
「なぁ、楓・・・・。“失った記憶”って六十年ぐらい前のなら、
楓にあるのはおかしいと思わないか?」
幕から浴びせられるまぶしい光が辻の精悍な顔を照らす。
少年のあどけなさを感じるも、神の衣装を纏う姿は凛々しかった。
神秘的な雰囲気に楓は魅せられたようだ。
「辻さんのあの推測・・・・当たってるかもしれません」
顎に手をあて、自分の靴を見つめる。
誕生日に買って貰った、お気に入りの靴。
たとえ、姉や自分に手をあげる親でも、貰ったものは嬉しかった。
慌てて頭を振る。今考えるべきことは、そんな呑気なことではない。
「ほら、あの推測ですよ。
思い出せそうで思い出せない、僕のなかにあるもう一つの記憶。
辻さんが閃いた、“前世の記憶”というやつです」
もう一人、少女がいたならば、真実を教えてくれたのかもしれない。
楓が気付いた時には、少女の姿はどこにも見当たらなかった。
辻はああ、と納得する。
「だったら、辻褄が合うな・・・・・」
二人は映像の流れる幕を見つめた。
「楓の前世の記憶・・・・。どうしてそれが“失った記憶”なんだろう。
ふつうは無いのが当り前なのに。」
楓は言おうとしたが言えなかった。口が開かない。
「楓の記憶」と言っているが、確か風雅という桜の神は
「おまえたちの」と言っていた。妙にひっかかる。
もしかしたら_______。
少し経つと、映像の場面は霞河神社の敷地内へ移った。
昔は少し配置が違うらしい。
長寿の桜が見える・・この頃はまだ並大抵の大きさだった。
そこに現れた二人の少女、双子らしきその巫女は、祈りを捧げる。
しばらくの間、会話もなしに時は過ぎた。
どうしてか映像から目が離せない。
「なんかこの巫女、姉ちゃんに似ている気がします」
沈黙を破る暖かな笑い声が響く。楓は横にいる辻の様子を窺った。
そして、笑い声は闇に溶けていったのである。
鈍い音を立て、辻が崩れた。




