第8話 父を待つ箱が、ありました
セナは、腕輪へ手を伸ばしかけて止まった。
「これ、父のものに似てる」
赤い紐へ、銀の輪が三つ。
内側には、短い字が彫られていた。
彼女が卓の灯りを借り、文字を確かめる。
指が、途中で止まった。
「私の名前だ」
俺は何も言えなかった。
彼女の父がなぜここへいるのか、いないのか、わからない。
似ているから無事だと、言っていいものでもない。
カランが、棚の下の平たい箱を出した。
口で持ち上げ、卓へ載せる。
蓋には、読めない文字の札。
セナが留め具へ触れると、カランが前足を置いた。
止めるつもりかと思ったが、違った。
その手を、そっと横へ寄せる。
札が、明るくなった。
セナは、もう一度、自分の名前を言った。
「セナ。ディーンの娘です」
光が、文字の端へ集まった。
箱が開いた。
中には、丈夫な上着と、折り畳まれた手紙があった。
彼女は椅子へ座った。
手紙の一番上を読み、口を押さえた。
――セナへ。今度こそ、祭りの日に帰る。
それだけで、誰の筆跡かわかったのだろう。
俺は水を出し、卓の端へ置いた。
手紙は途中で終わっていた。
帰るときの土産のこと。新しい靴を買ってやりたいこと。
最後の行には、明日の道は、とだけあった。
「十二年前、父はここへ入った」
セナが言った。
「私は九歳で、入口へ迎えに行くつもりだった。母に、危ないから待ちなさいって言われた」
俺は、棚を見た。
長く残された荷物。
名前のわからない持ち主。
その一つに、今、待っていた人が触れている。
セナは手紙を折り直した。
すぐに駆け出すことはしなかった。
腕輪を胸へ当て、一度、目を閉じた。
「これを、持ち帰りたい。勝手に持っていっていいかは、確かめたい」
カランは蓋を閉じ、箱を彼女へ押した。
俺にも、一度、前足を載せた。
たぶん、持ち主へ渡せたと伝えたいのだ。
でも、決めつけずに、ギルドへ相談することにした。
帰る前、セナが壁の古い地図へ目を向けた。
腕輪の台の文字と、同じ形の記号があった。
深い層の、細い回廊へつながっている。
「そこまで行けば、何があったかわかるかもしれない」
俺は板へ、その形を写した。
「一人では行かない」
彼女は俺を見て、短く答えた。
「うん。今度は、ちゃんと帰り道を作ってから行きたい」
カランが二人の間へ入り、蓋を鳴らした。
迷宮に置かれた手紙には、続きを探す人が、二人できた。




